第15話 思わぬハプニング
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今年の一年生で最も注目を浴びている二人が同じ班に立っていた。
会場では、妙な静けさが充満し、今出場していない生徒達はひっそりとこのレースを見守る。
緊張と不安、彼女達と同じレースにいる出場者達は、勝てる気さえ起きない。
「さっきは、油断してしまったけど、今度こそ貴方に勝って見せます!!」
耐久レースでコンマ数秒の差でアティラに負けてしまったニーナは、今度は勝つと宣言する。
「お手柔らかにお願いします、ニーナさん」
お互い全力で頑張ろうというよな表情を浮かべながらアティラは笑顔で返す。
しかし――
(アティラさんのあの余裕ある表情、私をなめていらっしゃいますね、今度は絶対に勝ちますから!!)
ニーナの闘志を燃やす。
オールブライト家は、代々名門の貴族の名を背負っている。
勉学に関しても、運動に対しても、全てに於いて誰にでも誇れる成績をとり続かなければ鳴らない。
それが指し示す意味は、常に頂点に君臨するという事である。
だから、それらを高みへと導くこの学園は、オールブライト家当主――ニーナの父のアルベルト=オールブライトが願い求めてきた究極の学び舎。
ニーナが滞在して、自分の実力を試せる素晴らしい学園だと信じて、彼女を通わせた。
その目論見通り、ニーナはあらゆる分野の勉学、スポーツ、音楽や芸術に関する全ての教科に於いて、彼女に勝る生徒は、一年の中には存在しなかった。
最初、アティラが転校してきた頃、見向きもしなかったのは、彼女があまりにもこの学園に不向きであると判断したからだ。
運動以外の事は全くの無知。
彼女に劣る自分が想像ができないぐらいに。
だが、たった二週間でニーナは自分の後ろを見渡すとアティラの姿を確認できた。
そして、夏休み明けの四週試験の最終週に彼女に負けてしまった。
アティラが劣っていた筈の勉学で――
(屈辱です!!この私が、あんな娘に負けてしまうなんて!!)
ニーナは、確かに悔しい思いを持っていた。
だが、それは、アティラに対してではなく、自分の見誤りに呆れたからである。
アティラが勉学に関して、何の脅威はない。
そう思った自分に呆れ、日々勉強に明け暮れた。
次は、彼女に勝つ、その一心の思いを胸に。
そして、迎えたこの小テスト。
最初の競技では負けてしまったが、今度のレースは、決まった四百メートル。
アティラは、スターティングが苦手だ。
それは、つまりチャンスである。
出だしに大きな差を付ければ勝機はある。
ニーナは、アティラの様子を人目見て確認する。
彼女の呼吸、姿勢、どの足で踏み込むか、前を向いているのか……
できるだけ多くの情報を焼き付けて、今度は、自分の全てに集中する。
得意な地面から三十度の姿勢、利き足である右を前に、視線を下に向けながら、審判のコールを待つ。
「位置について、よーい――」
バンッ!!
銃声が鳴り響き、一斉に出場者達は走り出す。
勢いよく、前に進む。
肝心のニーナとアティラは、何と最下位に!!
それに驚いた他の出場者達。
優勝候補として扱われているあの二人が後ろにいるとは信じられない。
(アティラさんは、出だしに弱い……けど、そのまま勝っても意味がない)
ニーナは敢えて、アティラと同じペースに合わせて走り出した。
結果、一番後ろになってしまったが、追い上げには問題ない。
百メートルを過ぎた頃、ようやくアティラにエンジンがかかり、どんどんスピードを上げていく。
(同じ条件で勝つ!!一番かっこよく、納得いける勝ち方、それが私が求めるアティラとの再戦です!!)
ニーナも同じくペースをどんどん追い上げ、出場者を次から次へと追い越す。
「そ、そんな~……はぁはぁ……」
息を切らしながら追い越された出場者達は、抜かれた瞬間速度が落ちていった。
全速力で、しかも優勝候補者二人の前を走っている、自信が漲りこれまで以上にないぐらい優越感に浸っていた。
だが、追い越された事でその錯覚が消え、肉体と精神のバランスが崩れる。
結果、急激な疲れが襲い掛かり減速する。
だが、彼女達の事を無視して、ただ全力で走るアティラとニーナは、後二人を前に残すのみ。
――残り距離、百メートル。
前の一人目を軽々と追い越し、先頭との差僅か七メートルとなった。
接線の戦いにお互い譲らず横並びになっている二人、五メートルまで差し迫った二人は先頭にいる出場者は、焦り始めた。
このままでは負けてします、と。
こういう時であろう、人が魔が差す瞬間とは。
勝ちたい一心で心にもない行動を取ってしまう。
潜在意識に澄む願望を叶えるためにその組織が働き、思わぬ判断をしてしまう。
だからこれは、ただ『魔が差した』と言い訳する。
先頭に走っていた出場者は、一メートルまで迫ったアティラとニーナを恐れ、急ブレーキを足に掛け、後ろに押し返した。
丁度、真後ろにいたニーナを目掛けての背後からの突進。
ニーナがそれに気づくのは少し遅れてしまった。
――ドンッ!!
ぶつかった。
(何ですか、これは!?)
ニーナは、自分の状況を把握しきれずただ、立ち尽くしていた。
「アティラ……さん?」
人間の走る速度は最高で時速八十㎞を走れる事がある。
だが、高校女子の場合だと、時速五十五から六十㎞がベストだろう。
しかし、その勢いのままぶつかれば、その衝撃でかなりのダメージを受ける事もあり、大怪我にも繋がる。
だから、僅か二秒も経たない内にアティラがニーナの危険を察知し、彼女を庇うように目の前の出場者に飛び込み、ニーナに当たらないように仕向けたのは奇跡に等しい。
ニーナは、倒れ込んだアティラを見て、呆然と眺めていた。
会場にいる先生方も即刻行動し、アティラの様子を見る。
「アティラさん、しっかりして下さい!!アティラさん!!」
だが、一番に駆けつけたのは血相を変えた仁だった。




