第10話 トラブル・イン・ザ・ハウス
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引越しは極めてスムーズに進んだ。
「今日からお世話になります、明日香さん、良太君」
アティラと同居する事になった春香――監視も兼ねて――は、じーッと仁を睨み付ける。
「な、何よ」
まるで性犯罪者を見るような目で睨まれ、本当にこの世界での自分の評価はどうなっているのか、神様にでも聞いてみたい気分で仁は、春香の視線から自分のを逸らす。
アティラの世話をするのは、大変だったけどそれなりに慣れて来て、そして案外楽しく暮らし始めた仁と熊野家全員に春香の乱入に、仁のみが新たな苦悩を抱える事となる。
明日香は、歓迎も兼ねて、今夜はパーティーだ!!と良太と共に大はしゃぎ。
連続で同居人が増えるとテンションが上がる明日香だが、仁は内心でよく春香の両親がそんなあっさりとこの引越しを認めたというものだ。
長い付き合いだけあって、信頼を得ている証拠で嬉しいという気持ちは隠さないが、高校生の娘がいきなり、友達の家に住むと言い出して、普通許可するかって話だ。
想像もつかないやり取りをやったのか、或いは親を何らかの方法で脅したのかのいずれであろう。
これ以上追求したら危険を感じる仁である。
キラーン、とよく部屋が整った時に発生するあの現象で引越しの準備完了の印で親指を立てる春香は、その後アティラとハイタッチする。
今後、未定の期間でこの部屋に住む事になった春香は改めて明日香に例を申し上げ、夕食の準備を手伝う事のなった。
「しかし、久しぶりだね春香ちゃん、何年振りかしら」
「小学四年生以来ですね……だから、一、二、三――六年振りですね」
そんなに経つのかと関心しながら、明日香は仕込みを始めながら春香と語る。
台所の奥の部屋、仁は蹲って隅っこで落ち込みオーラを放っていた。
その後ろで背中を撫で下ろすアティラと良太。
「大丈夫ですか、熊さん?」
「大丈夫か、仁兄?」
仁の様子をため息を吐きながら春香は左右に首を振る。
情けない男だ、とそう思いながら。
「昔は、もっと……のに」
ごにょごにょ、と何かを囁く。
意味深な笑みをしながら明日香は、春香の隣でにこにこしながらことことと煮込まれるトマトソースをかき混ぜる。
「賑やか、上等!」
一気に二人分の量が増えた事で、作る分量を増やし、毎日のちょっとしたホームパーティーを味わいながら幸せに料理をする。
その晩、仁は部屋でドッと疲れを感じベッドの中へと滑るように潜り込んだ。
「はぁ~、今日は、本当に疲れた……って、いててて」
焦げ臭い匂いを漂わせながら、痛みに抗うようにそのまま深い眠りに落ちようとしていた。
夕食時、怪物並みの食欲を持つ二人を見ながら春香は、度肝うを抜かれる。
「す、凄い食欲だね」
驚くも無理もない。
仁も同じ反応だったからな。
アティラの格好から思いもよらないが、二歳の頃以来見なかった良太も猛獣の如く鶏肉を頬張る姿も驚愕してもおかしくない。
仁と春香は割りと軽食でこの格差を見せ付けられると、見るだけでお腹一杯になりそうだ。
少ししか食べていないのに妙に吐き気がしてならないのだが、やはりアティラと良太で全ての料理を終わらせる。
汚れた食器を片付け、台所に入れない仁は、机を拭く雑巾をトイレの中から取りだそうと歩き出した。
――が。
廊下に歩き出していた所を皿を持ち出していた春香と肩をぶつけ――
「おっととと――って、わわわわわ」
慌て始める仁の顔。
彼が転げ落ちそうな矛先には例のあれがある。
「あああ、助け――」
――パチパチ
電撃の準備が整えられ、解き放たれた。
「ギャアアアアアーーーーー!!」
仁専用電撃防止装置が発動される。
そのまま数時間気絶はしたものの、事故とはいえ放って置く家族も家族。
アティラと春香だけが心配して濡れたタオルやら、薬草を探し出すやらで慌しく振舞う。
だが、明日香は二人の手を取り、首を横に振る。
「いいのよ、そのままで。そういう風に作らせたから」
仁が母親のそんな言葉を聞いたら絶対泣くであろうが幸い気絶している。
そのまま起きて、寝ぼけて『部屋に戻る』と一言言って姿を消した。
(はぁ~――俺、これからどうなるんだ~)




