第09話 またまた増える、熊さんに苦労人生
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《昼休み》
屋上に集まった望、柔悟と春香は、仁とアティラの事情を聞く事になっていた。
それは、途方もない夢物語を聞かされているみたいで、実際には御伽噺に過ぎないとさえ思う筈だ。
しかし、現状では、アティラの全ての発言、行動がこの世界での常識を全て無視する様子を実際に体験していた訳で、非常に悩む所である。
その後も、泊まれる場所もなく町を彷徨わせる訳にもいかず、アパートの部屋一個分余っていた熊野家――仁の一人暮らし用――は、その部屋をアティラが使うようにした。
幼馴染である望と春香は、仁がそれ程の財力があった事に驚きつつも、話を完全に信じ込む事も難しい、と三人が賛同した。
それよりも、と望が仁に突っかかる。
「仁、テメェ、そんだけ金持ちなら、うちの店のラーメン払えや、コラァ!」
長期間、金欠状態の仁に何度も何度もラーメンを奢っていた望が咆える。
「今は、そんな話をしている場合じゃないよ、望――それで、アティラさんは、えっとー、違う世界から来たって話だけど、その世界はどんな感じなの?」
さっき信じないと意見が一致したのにも関わらず、それでも興味が沸いた春香は、望の事情なんてどうでもいいと言わんばかりに彼の言葉を遮る。
「そうですね、私がいた世界では、動物が溢れかえっていて、花が一杯咲く時期と、雪が降る時期、この二つの時期を繰り返す世界でした……ただ、不思議に思った事が、私以外の人がいませんでしたね……」
不思議そうに思うアティラだが、他の四人は、顔を見合わせて同時に顔をしかめていた。
彼女の話が正しければ、それは即ち、人との交流をした事がないという事になる。
そこで、疑問点が一つ生まれる。
「アティラさん、何故、日本語を喋れるんですか?」
アティラは、首を傾げ、意味の判らない質問に『ただ喋っているだけです』と答える。
原理はわからないが、それはつまり、と思う四人。
「「「「すっごく便利じゃん!!」」」」
まさにその通り。
それはつまり、どの国へ行っても、アティラがいうただ喋るだけで、言葉が通じ、言葉の壁にぶつからないの同義語である。
言葉を制するものにこの世界では大いなる価値になりえる。
例えるなら、グローバル化による影響で現在では何十カ国語の通訳が必要だろうか。
ただそこにも欠点も存在する。
それは、言葉がある以上、その全ての言葉を理解するにはかなり難しい。
訳せない言葉もそうであるように、国それぞれにも特徴的である言葉も存在する。
それを、異世界から来たアティラに取っての難解であろう。
もう一つの欠点が文字が読めない事である。
大仕事の場合、大抵仕事の内容をより理解できるためにそれに関する資料を渡されるが、勿論読めなかったら意味はない。
だが、彼女がそういった仕事に就けば何とも不思議な感覚に襲われようか。
違う言語で話している者同士でもアティラの視点では、二人共同じように聞こえ、それが何故、互いに理解できないのかという矛盾を感じる。
――とまあ、色々考えられた可能性を余所に本題に入る。
「まあ、アティラちゃんが異世界から来たって話は、少し信じてもいい気がするのだが……」
同意する仁、春香と柔悟。
なんという話を聞いてしまったんだろうと、少し悔やみながら、首を左右に振り、春香は一つ提案する。
「この事は、内密にした方が良さそうだな」
「ああ、この事が広がれれば、あらゆる組織とか出てきそうだしな、迂闊に喋らない方が全員のためになる」
異世界からやってきた人間がこの世界に現れたと注目を浴びるだけでなく、研究者に取ってこれ程の研究対象は存在しないだろう。
アティラは、現在、地球外生命体として、認識されその身体を実験や何やらで弄り回され、仕舞いには何されるか堪ったものではない。
仁は、この三人に話すまではこれ程大事になり得るとも知らずに世界規模の秘密を匿っていた事になる。
幸い、見た目に関しては美人なだけに他に目立つような格好もない訳だが、これからもアティラにはこの世界での生活の仕方を教える必要性があるようだ。
まだ短い人生の中で仁が誰かに生活の仕方を教える事になろうとは思いもしなかったであろう。
本当に人生は何を待ち受けているのか全く見当もつかない、と改めて思った。
事情を全て理解した上で、春香は、まだ納得していない様子で仁に指差す。
「仁、アティラさんの事は、わかったわ――」
良かったと内心ホッとする仁。
「しかし、貴方と一つ屋根の下で暮らすのは、納得いきません!!」
「誤解だ、隣だ元は俺が住んでいた部屋に住んでいる、そこんとこ忘れんな、春香」
弁解する仁に『でも同じフロアだから同じ屋根の下だろ』と望の横槍にグサッと刺さるような感触で黙り込む仁だが、春香はバン、と床に手を叩きつけ、もう一つ提案を述べる。
「ですから、今度、私もアティラさんと一緒に住む事にするから」
言葉を失った仁は、何とか抵抗して、言葉を探りながら弁論する。
「だけど、春香の親は許可するのか」
「許可ならもう取ってある」
春香は、自分のスマートフォンから母親からのOKメールを仁に見せ付ける。
(いつの間に?!)
話し合いの中でいつそんな余裕があったのか分かたないが、事実携帯には確かな証拠が残ってある。
そして、何とか回避しようと、今度は、自分の母に電話して交渉する。
迷惑だろうし、とか何とか言い訳を言いながら断るように母に促すが、結果として母――明日香から春香への伝言で。
『これからも、宜しくね、春香ちゃん♪』
何の躊躇もなく仁の努力は無に帰る。




