第08話 秘密の拡散
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(ば、ばれてたぁぁぁぁ!!)
唐突に発言した春香の言葉。
アティラが自分の家に入る姿まで見られていた事は、単純にかなりやばい落ち度だ。
誰かが尾行してくるとそこまで考える人がどこにいるだろうか?
(マジで、勘弁してくれ!!)
後ろで聞いていた柔悟と望もそれに驚き、視線だけをアティラに向ける。
アティラが何食わぬ顔で首を傾げ、彼女に聞いてもちゃんとした事情も判らないだろうなと気づく二人である。
詳しい事情を知るにはやはり仁に直接聞いた方が誤解が少なく済む。
取り敢えず、一番にすべき事はというと――
「「じっくりとここで見守る」」
助ける気など毛頭なく、むしろ、この状況をどこかで面白がっているみたいだった。
《妄想【望の場合】》
望は、自分を仁に見立てて、春香に説教されている。
叱られる喜びを全身で感じながら、春香が向ける軽蔑の瞳で見詰められ、罵倒の言葉をまるで名曲の音色のように聞く。
望らしい感覚で楽しむ。
「これだから、男はままならないんだ!!私を弄んで楽しいの、このバカ!」
春香の台詞を望語に置き換えると。
「これだから、男って使えないわね!!何、今度は、私を弄ぼうって言うの、身の程を知れ、この駄犬が!!」
「はひ!!すいませんでした」
床に頭を擦り付けがら土下座をする望。
絶対支配者の前に屈服する自分の姿を浮かべ、興奮を覚える。
《妄想交代【柔悟の場合】》
柔悟は、屈服している姿の仁を想像する。
春香に一方的に責められ、それに何の反論を言い渡せる事なく、ただただ謝る事しかできない仁は、とうとう土下座までして頭を床に擦り付ける。
それを見ながら喜ぶ自分の姿。
それだけで満足気な笑みをして、仁の情けない姿を見る。
《妄想終了》
実際には、柔悟の妄想は強ち間違っておらず、仁は春香に言い放った言葉をどう打ち返すのかを考えていた。
(見られてしまった、見られてしまった!!)
こんがらがる思考でどうにか口実を作り上げていたのだが、上手く頭が回らず身体は固まったままだ。
問題は、後ろにいる望と柔悟が話を聞いているのかどうか。
寝ていた二人がもしこの話を聞いてしまったらいよいよ言い逃れできなくなる。
仁は、そっと後ろに振り向くと。
(ガン見してる~!!助ける所かこの状況をマジマジ見ちゃってる~!!)
キャラ崩壊寸前の仁は、どこか救いの手はないのかと周りを見渡す。
「ちょっと、仁!!ちゃんと話し聞いてる?!アティラさんと何で一緒にたのよ!!」
説明を要求する春香に更にプレッシャーを掛ける。
「熊さん、彼女をあんまり困らせちゃ駄目ですよ」
(困っているのはむしろこっち、アティラさん)
思わぬ横槍にがら空きの懐に攻撃を刺される感覚を味わいながら、仁は今まさに前後左右からの逃げ道を失っていた。
でも、アティラの真実を果たして、受入れられるのか?
自分でもまだ疑っているというのに、などと思考を巡回させていたが、やはりいつかは限界が訪れるというもの。
遂に、仁は音を上げる。
「わかった、春香、お前の勝ちだ!!」
流石にアティラと一緒に住んでいるとまでは公表しなかっただけましだと考えた方が百倍楽だ。
春香と望と柔悟に事情を判ってもらえれば、これからもこの学園での負担ががっくんと下がるのも確実だ。
だが、問題は、受入れなかったら、アティラはどうなる?
その不安と戦いながら、アティラの方を見詰める。
果たして、話していいのか?
アティラに負担を掛けるだけではないのか?
幾つものネガティブな思いが頭の中を巡回する。
「アティラさん、俺は別に春香を困らせたい訳ではありません……でもそうですね、おそらく俺は、君に少し迷惑を掛けるかも知れません」
冷静さだけは欠かせず、落ち着いてアティラに尋ねる。
「アティラさん、少し君を頼ってもいいかな?」
「勿論です」
何の躊躇もなく、自分が迷惑が掛かるかもしてないのに、それでも即答して返してきた。
彼女の優しさを利用しているみたいで少しは、気を引いた仁だが、改めて深呼吸した後に望と柔悟呼び出す。
「今日の昼休み屋上で知っている全てを話すよ」
覚悟を決めた目で一同を見回る。
自分の判断が果たして正しのかも判らず。
「ええ~、今じゃ駄目なのかよ、まだ登校時間まで一時間以上もあるのに」
望のツッコミに一瞬決意が揺らいだが、敢えて一言で簡潔に終わらせる。
「心の準備が必要だからだ!!」
情けない裏返った声で言い放つ。
「すまないが、ちょっとアティラと話があるから、また授業で会おう」
アティラにはちゃんと事の重大さをきちんと説明する必要がある。
だから、昼休みまでに全てを話し相談し、そして、本当に彼女が了承してくれるかを話さねばならない。
「良からぬ事せんでおくれよ、旦那」
また望の悪乗りの冗談で、うるせ、と一言だけを言って、アティラと共に姿を消した。
「何よ、一方的に言いたい放題言いやがって、あのバカ」
春香も黙って聞いていたものの何処か納得できず、少し拗ねている様子。
(さっきまで、あんたが一方的だったけどな)
――、と心の中で柔悟が彼女を見て思った。
「まあまあ、春香ちゃん、そう拗ねるなって、あいつも昼休みに事情を説明してくれるって言っている訳だし、もっと元気だしなよ」
「ちゃんを付けないでっていつも言っているだろう、望!!私は、拗ねてなんかいないわ、いい加減な事は言わないでくれる!!」
慰めるつもりが、逆に怒らせてしまった望だが、元気は出たようだ。
「おう、元気になったみたいで何よりだ」
半分嫌がらせで声を掛け続ける望に怒り、春香は後ろから振り向く勢いを利用して一発望の顔面にお見舞いする。
「ぶはっ!はぁ~」
最後には彼の悲痛の声が和らいだ事に気がついた柔悟だが、無視して置いた。
春香は、そのまま自分の教室に戻った。
激怒りのままで。
「さっきにはお前の所為だ」
「なんのなんの」
割と平気そうな望であった。
一方その頃アティラと仁は、屋上で話し合っていた。
「アティラさん、すみませんでした!」
いや、仁はその頃、アティラさんに謝っていた。
「何故、謝るのですか?」
まるで理解できない様子を見せるアティラは、その訳を尋ねる。
「さっきは、ああ言うしかなかったから」
「ですから、何を気にしているのですか?」
まだ判らないと主張するアティラに仁は、改めて言う」
「君に迷惑を掛けるかもしれない事をです」
全てを話せばどのように話を捉えられるのか判らない。
もし、異世界人だと知られて、変な研究所に連れ出されたらと思うと――
「私は、何も気にしていませんですよ。迷惑を掛けているのはむしろ私の方なのでは?……熊さんには、いつも私を助けてくれています。それだけで充分なのです」
「アティラさん……」
「ですから、私に出きる事ならじゃんじゃん迷惑を掛けてください。私にはそれでしか貴方に恩、返せませんから」
――バキューン!!
(やべぇー、マジで惚れちまいそうだ、アティラさん……君は天使ですか、と思わず口走っちゃいそうだ)
そんな言葉を掛けられたら、と胸に抱くこの感情は一体なんだろう?
心臓に何か討たれたかのような甘い痛みが走る。
これで心が決まった。
――全てを話そう。もし、受入れられなくても、俺がアティラさんを守っていけばいい。
男の、いや、仁の人生最大の覚悟を見せる瞬間だった。




