第06話 曇り時々晴れのち曇り
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仁の予想していた通り、騒動は少しずつ減り、しかし、一通の手紙だけは送り続けられていた。
中身を確認すると、それは毎回同じ人が書いているのだとすぐわかった。
字の形や書き方に工夫が見られるが、根は変わらないもので、句読点までは、注意していなかったらしい。
句点には、螺旋状になる以前に、書き始めた線から少し中側にずれている。
読点については、普通よりも長く書いてあった。
勿論、それでも特定の誰かだと判断するのも難しいのは事実。
犯人自身が出るまで待つか、遭遇すれば尚よし。
だけど、色々と消耗してしまった仁は、何のやる気もなく上の空になっている事が多くなっていた。
精神面ではズタボロ状態なのだろうか?
それは本人でもわからない。
そんな様子を隣で見ていたアティラ、望、そして、柔悟は、三人で相談しあっていた。
「なあ、あいつ、どうしたんだ?最近、あんな調子だけど」
「ま~、仁は昔からトラブルに愛されてきたからな、悩み出すとウゼーぐらいに長いんだ!」
「そうなんですか?熊さん、一体何を悩んでいるだろう?」
そう尋ねるアティラに望と柔悟は、その原因である彼女を見やる。
((おそらく、アティラの事だろうな))
同調しあっていた二人である。
「おそらく、一番の問題は、あの手紙何じゃねぇか?」
「手紙?!そんなもん、まだ続いてたっけ?」
柔悟が仁の隣の下駄箱だから気づく事が多いが、手紙騒動が落ち着いてから、必ず一通だけが送られている事を二人に話す。
「だから、毎回あの手紙を見ると妙にテンションが下がんだよ」
「その手紙に一体なにが書いているのでしょう?私、熊さんに聞いてきますね」
「あ、ちょっ、アティラちゃん」
呼び止める間もなくアティラが一直線仁の元へ駆けつける。
デリケートな部分なのにそれでも容赦なく聞きにいくアティラの姿を見て、望と柔悟は関心を持つ。
「凄いな、アティラちゃん」
「そうだな……度胸はあるな」
でも、二人がまだ知らない、アティラの行為が大胆さから来るのではなく、単に彼女の思考が知らないなら知ろうと思う気持ちからきている事。
そして、アティラは以前仁から言われていた事があった。
『判らない事があったら何でも聞いてもいいですよ』
彼の言葉を素直に応えているだけ。
知らないなら聞いてもいい、そう言ってくれたからこそ、迷わずストレートに、それがデリケートな事でも聞きにいく。
「熊さん、その手紙は何ですか?」
けれど、言葉の選び方もまだ知らず、威風堂々とドストライクに質問をする。
「あ~あ、アティラさんですか……手紙って、これの事ですか?前にも言いませんでしたっけ、これは悪戯ですよ、イ・タ・ズ・ラ」
そう言われて、アティラは首を傾げる。
「違いますよ、熊さん。悪戯なのは、机の落書きでしたよ」
あまりにも気が滅入っているのか、アティラと会話した内容がこんがらがっていた。
そして、手紙の事に関しては、アティラが一切聞いていない事に気がつく。
「あ、そうでしたね、すいません。ちょっと寝ぼけていたようで」
「体調でも悪いのですか?……ん~ん、熱はないみたいですね」
アティラは、そっと額に手を添え、仁に熱があるのかどうかを見計らう。
教室内は、一遍にその光景に黙り込んだまま見やる。
人の熱を人前で測られると恥ずかしいものだ。
やる方もやられる方も同様である。
しかし、アティラはそんな常識も恥も気にせず、それを行う。
一方、仁がやられている方では、かなりの気まずさ。
だが妄想の狭間で彷徨っている彼はそれには気づかず、成すがままでいた。
ようやく注目が薄れてきたばかりの彼に、騒動の原因がまた騒動を巻き起こしている所だった。
教室の重っ苦しい空気のお陰でボーッとしていた仁は、はっ、と我に返る。
(俺は、一体何をしていたっけ?)
誰かと会話していたような気がする……と妄想と現実の間を彷徨っていた仁は、額の柔らかくて生暖かい感触を感じながら状況確認をしよう――
――生暖かい?!
感触を確認するように、自分の手を額に添える。
「あの~、アティラさん、この手は一体……といいますか、この状況を聞いてもよろしいでしょうか?」
「今、熱を測っています……昔、動物が病気になった時にこうしてやっていました」
理屈は通っている。
あまりにも呆けていた仁が仲間の動物が病気していた事を思い出し、まず熱を測っていた。
アティラは、自分の体質の所為かお陰か、病には掛かる事はなかった。
だから、彼女にその病気を移す心配もない動物は気楽にアティラに診察されていた。
薬もないその世界でアティラは薬草の事を知り、その効能を知り、その時その時の一番効き目のある薬草を区別できるようになっていた。
「いや、そうじゃなくってですね……その~――皆が見ている前ではちょっと……」
「私は、構いませんよ。熊さんの方こそ、じっとしていて下さい!!」
「は、はい!!」
あれっ!?と思いながらも、アティラに初めて怒鳴られたのかもしれない事に驚愕しながら、仁は何とか口を開く事ができた。
「……って、いいですよ。俺は、大丈夫!!」
この状況を何とかしようと素早くアティラの手を退かす。
「うん、熱はないみたいだね、良かった」
今度飛び交う言葉は。
『何、アティラさんに甘やかされているんだ』
『しかも、彼女の好意を無理矢理退かすなんて』
密やかに飛ぶ同級生の言葉。
(聞こえているっつーの)
そのまま放置していても、掛ける言葉が違えど同じ意味合いで飛んでくる。
それを避けるや、今度はアティラの好意を邪魔した扱い。
八方塞がりのこの学園生活。
仁の中では、おそらく全校生徒からは、嫌われ者の烙印が押されているだろう。
はぁ~、とため息を吐き、望と柔悟を呼び出す。
「何だ、やっと話す気になったのか?」
呆れ顔で望がやれやれと頭を左右に振る。
そして、仁は先ほど手にしていた手紙を取り出し、三人に内密に話し掛ける。
「実は――」
仁は、手紙の内容を三人に語り出した。




