第02話 転入の一波乱
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できる事はやった。
アティラに基礎であるひらがなとカタカナを教え、驚愕するぐらいアティラの理解力は、群を抜いていた。
外国人ですら二ヶ月掛かるものをアティラはたったの二時間で覚えた。
漢字も習い始め、簡単な漢字なら既に得とく済み。
これなら安心だと、仁は思った。
《星ノ宮学園》
早くも転入生の噂が広まっていた。
『おい、聞いたかよ、転入生の話』
『とびっきりの優等生らしいぞ』
『俺は、女子が来るって聞いたぜ』
『えっ、マジで!!』
『うひょ~、ラッキーだぜ!!』
『うちらのクラスになるといいなぁ』
等々の噂が今の学園の話題である。
始業のベルが鳴り、当然登校している仁を余所に、アティラは、ショクインシツという部屋でセンセイたる者から様々な注意点、これからやる事、時期違いでの勉学の遅れについて聞かされていた。
長々とした話を真剣に聞いていたアティラを見ていた先生は、関心を持って頷いていた。
自分の話をこうも真剣に聞く生徒は珍しいらしい。
教室への道中。
アティラは、行き通う声や物音、そして、授業が始まった学校の神秘的にも感じ取れる静けさ。
勉学に励む生徒達の活き活きとした態度、先生の問いに答えを言う生徒達。
そして、何より広い校舎。
デパートとは違う、密閉した空間なのに、何故か広く感じる廊下。
壁際にある幾つもの扉の中に計三十人もの生徒が同じものを勉強している。
その全てが新しく新鮮味があって、アティラは大に興奮を覚えていた。
これから共に学ぶ仲間達と一緒に楽しい新たな冒険を。
着いた一年三組、丁度校舎の一階の中央に位置する辺りに先生がアティラを連れていた。
先生が先に入り、呼ばれるまで待っていろという言葉を受け、アティラは、一人広く感じる廊下に立っていた。
陽光が僅かに差し込み真夏に見られる積乱雲が築く景色というのもなかなかどうして、美しい光景である。
記憶しようと窓際までに近づき、ずーっと眺めるだけ。
それだけでなんたる幸せか。
自分の世界にはない景色、それを目の当たりにするのは何たる幸運、何たる奇跡。
多くを与えられ、何も返せていないアティラは、少し後ろめたい気持ちにもなるが、いつかきっと返せると信じて、これからもずっと考えていく。
何をお返ししたら良いのか、何をやれば喜ぶのかを。
それを延々と考える。
時間だけならたっぷりとあるから……
「あーあ、アティラさん、入ってきてください」
しかし、誰か入ってくる気配がない。
先生が呼び出した転入生がすぐに入ってこないなんて、前代未聞、先生に対する辱めに等しい。
(アティラさん……)
頭を抱える仁が教室ないにいた。
それは、登校する前、仁がアティラに幾つかの注意するべき点を語っていた。
「いいか、アティラさん、学校についたら職員室で先生から色々と説明されるから、それをよく聞いて、それから教室に移動すると思う。だからその時に俺が教室にいたら絶対に知らない振りをして下さいね。知り合いだとばれると、色々と面倒だから」
「はい、わかりました。知らない振りをしればいいんですね」
長々とした説明に聞き分けのいい返事、仁は少しは疑ったが、とりあえずそれでよしとした。
「あっ、後、先生の言う事はちゃんと聞く事、いいですね?」
「はい!」
やはりまだ不安を拭いきれない仁だが、そこで校門前でアティラと別れた。
幾つかの生徒が通り過ぎた事は、まあ、そっとしておく。
先生の声を無視して、何処をほっつき歩いているアティラに仁のいる教室がざわめく。
「先生、先生の授業がつまらないからって、さすがにこの冗談は無茶ありますよ」
一人の男子生徒が、ぽつりと場の空気を読めず言い放つ。
転入生の話は最早学園中に広まっていた。
しかし、不可思議な事にどのクラスに来るのかだけは全校生徒は知らない、それは仁もそうだった。
冗談を言う先生だと判るからこそ、仁は、先生のいう転入生がこのクラスに来ると言ったら、それは真実。
つまり、すぐ外にいるのは――
(アティラさん……早く入って!!)
転入早々の第一波乱の始まりだった。




