第14話 歓迎の宴
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買い物から帰ると、仁の家の中は真っ暗になっていた。
しかし、仁は表情を変えず、アティラの家の鍵を開ける。
パンッパンッパン
と、小さな爆発音が家の明かりが点ると同時に聞こえる。
「アティラちゃん、我が家へようこそ!!」
「アティラお姉ちゃん、家にようこそ!!」
出迎えてくれたのは、何と、明日香と良太だった。
部屋は、色とりどりに飾られ、部屋の奥には大きな紙で『アティラ、我が家へようこそ!!~アティラの歓迎パーティー~』と書かれていた。
しかしながら、アティラは、字が読めない。
けど、書いている意味は、何となく判ったような気がした。
「これは……?」
言葉にでないサプライズ。
今まで祝い事をした事がないアティラに取っては、嬉しいハプニングだ。
「へへへ、実を言うと買い物は、これを準備する口実でもあったんです」
昨日の晩、明日香が仁の部屋に相談しに行っていた。
折角新しい住人が入った事で賑やかになりそうという趣旨でこの計画が提示された。
ただ与えられているだけのアティラは、ここまでしてくれるとは予想もつけなかっただろう。
七色の紙を鎖型に編み、壁の端から端まで繋ぎ合せ、それを天井の中央に浮かばせる形に飾っていた。
天井の中心に黄色のくす玉が吊るし上げられていた。
机の上には、朝食とは比べ物にならない豪華な料理が並び、ローストチキン、餃子、色鮮やかなサラダ、何種の刺身にその他諸々。
軽いホームパーティーにするに値する量だ。
それを四人で食べるのかと思うと、必ず余るだろう、と仁は踏んでいた。
しかし、朝食の良太とアティラが食い入る様を見ていたから、もしかして――
(ないない、こればかりは――それに、今回は、朝食の三倍の量だ。無理に決まっている)
そう決め付けていた仁だったが、見る見る減っていく料理を刮目した。
「おいおい、嘘だろ……」
「何をボケーッとしているんだい、仁。貴方も早く食べないとなくなるぞ!」
何杯目かのお代わりを頼む、良太、そして、アティラ。
今朝、あんなに食べたのに、まだ食べられるとは……末恐ろしい限りだ。
朝食だけで、今日一日分は、食べた気分になろう者に、目の前――今朝の三倍の量――の料理を見れば、普通の反応は――
(気持ち悪くなってきた)
――にもなりそうだが、さて、どうしたものか、あの良太とアティラは食べる速度が全く衰えず、パクパクと食べ続けている。
そして、お互いはスレンダーボディ。
まさに、世界は理不尽でできていた。
僅か四十分足らずで、机の料理がペロリと平らげられていた。
(母さんもよく食べる方だとは、思っていたけど、良太とアティラさん――狙えるんじゃねぇの世界大食い大会)
冗談は余所に、食卓の上をそわそわしながら良太がくす玉を凝視していた。
明日香からの許可を得て、ルンルン気分で紐を引っ張る。
パカッ、と開いたくす玉の中身がパーと辺りに散らばり、大きく書いた『おめでとう!!』の文字が並ぶ。
「「おめでとう!!」」
パチパチと繰り出される拍手。
拍手も収まりがついた瞬間に、良太が叫びだすような声で。
「プレゼントタイム!」
その発言を聞いたアティラは、
「プレ、ゼント?」
と、意味不明な言葉を受けて、首を傾げる。
「贈り物の事だよ」
そう説明する仁は、少しの間立ち上がり、置くの部屋へ姿を消す。
「アティラちゃん!」
勢いのいい声で明日香がアティラの注意を集める。
「ほれ、受け取りな」
小さな包み箱をアティラに渡す。
「これは、一体何ですか?」
その問いに明日香は、ふふふ、と笑い。
「――開けてみな」
シンプルな言葉でアティラの問いを促す。
箱の結び目を取り外し、あけ口を探す。
探すこと五分、わからない人でもそうは掛からない時間が経った頃、アティラは、箱の中身を見やる。
小さな白い玉が連なって一つの輪を作り上げていた。
「これは、一体……?」
同じ問いが降りかかる。
「ネックレスだよ」
「ネック、レス?」
やはりと言える、アティラの問い顔。
「そう、ネックレス……こうして、首の周りにつけて、おしゃれする為の道具。アティラちゃんみたいな可愛い子には、不可欠なアイテムだよ」
ネックレスが何かを説明しながらアティラの首付ける明日香。
そのすぐ後に、良太も両手を隠しながら近づく。
「はい、これ」
取り出したのは、少し傷の入った熊のぬいぐるみだった。
「アティラお姉ちゃん、いつも仁兄の事熊さんって呼ぶから、もしかして熊さん好きなのかなって……」
熊のぬいぐるみを受け取ったアティラは、これまでにない微笑みを見せる。
「ありがとう――良太君、大切にするね」
まだ小学校三年生の良太が、恋というものに近しい感覚を錯覚させられそうになる。
それ程までに、アティラの表情が豊かで、美しいという単語さえ表すのに不十分だった。
大事そうにそのぬいぐるみを抱えるアティラ。
見た目は、違えどグリズリーの事を思い出す。
彼女がグリズリーの事を思い出すのは自分自身の記憶しかなかった。
しかし、このぬいぐるみのお陰で、容易に思い出せる気がした。
沢山を与えられたアティラの胸が満たされていた。
その後、少し慌てた様子で寄ってくる。
「アティラさん、これを」
同じく小さな箱を仁がアティラに渡す。
そして、同じく結び目を解き、箱を開ける。
「銀色の物?」
「時計ですよ」
「トケ、イ?」
再び繰り出す何回目かの問い顔にはぁ~とため息を漏らす仁。
全てを知るのに、時間が足りず、やはり少しずつ教えていくしかない。
「これは、時を知らせてくれる道具、そして、自分達が歩んでいる時の流れを教えてくれる物だ」
キラキラと光る金属の腕輪。
その中央に仁のいう時を知らせる二つの針。
アティラは時計を延々と眺めるが、明日香は再びふふと笑う。
「アティラちゃん驚くのにはまだ早いよ」
自慢げに話す明日香は、更に驚くような発表を言い渡す。
「アティラちゃんは、来週から高校に行くんだ!既に入学手続きは済ませてあるから心配しないで――後、制服もほら」
じゃーんと見せびらかす学校の制服。
それが、仁の通う高校の同じ制服だった。




