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もしも、完璧世間知らず娘が現世に召喚されたら  作者: 神田優輝
漂流編 ~右も左も判らなかった件~
15/70

第13話 買い物デート? 後編 ~少しは、買い物デートになったのだろうか?~

  15


 唯一の男性の悲鳴に店内にいる全ての人から注目される。

 すぐさま、声を抑えるが、仁はかつてない窮地に立っている。

 女の子とほぼ無縁の彼に突然アティラと出会い、一緒に暮らす事になった。

(同じ屋根ではないけど)

 しかし、まだ一日すら経っていない付き合いに、いきなりのこのシチュエーション。


 ――アティラの下着選び。


 悲鳴の後に固まるのは、もはや必然的ではないでしょうか。


(え、これって何処のリア充?……えっ?リア充?何それ、おいしいの?ははは……)


 仁の意識が、いや、魂が身体から離れる光景が見えてきそうになる。

 パニックやカオスですら彼の心境を表現し切れない境地にまで至っていた。

 目が泳ぐ仁を呼び戻そうするアティラは、少し、顔を俯ける。


「いいんだよ、別に無理しなくても、ごめんなさい……」


(違うんだ、俺が怯えた所為でアティラさんを悲しませる訳にはいかない)


 仁は、息をスーッと吸い込み、はーっと息を吐き出す。

 覚悟を固め、真っ直ぐアティラの目を見る。


「無理は、しているかもしれない……こういうシチュには、慣れてなくて緊張し過ぎて悲鳴を上げたり、身体が固まったりして――」


「それじゃあ――」


 無理をしているなら、待っててもいいのにと、アティラが言おうとする。

 しかし、仁は右手をアティラの左肩に置きながら首を左右に振る。


「無理しているけど、決めたんだ!君が頼ってくれるなら、何だってやろう、て」


 仁が語りながら、アティラは気づく。

 触れられている彼の右手が、震えている事に。

 不安はあろう、恐怖もあろう、緊張もあろう。

 困難も、混乱も、色々あろう。

 その全ての感情を抱えて、尚前進する事を選ぶ。


「良いんですか?」


 そう尋ねるアティラに仁は言いたい事を言ったお陰で少し落ち着きを取り戻し、顔を和らぎ、にしにしと笑いながら応える。


「いいんだよ!」


 とはいえ、これで完全に緊張が消えた訳ではなく未だに全身が震えてる。

 お互いが下着に関する知識がない者同士、一体何を基準に選べばいいのか判らず、しばらくの間、身動きを取れずに固まってします。


「これからどうしますか?」


 不意に問いかけるアティラに対して。


「取り敢えず、店員さんに聞いてみましょう」

 ――、と仁が応えた。


 知らないなら聞けばいい、その為の店員ですから。

 などの言い分で早速店員に聞いてみる事に。

 勿論、仁から聞くのも変だから、アティラが覚えたての言葉を暗記して、店員に聞く。


「あの、すいません」

「はい、何でしょう?」


 営業スマイルで即対応する店員。


「私、ぶ、ブラジャーとパッツンを着るのが初めてでどうやって選べばいいのでしょうか?」


(ブラジャーまでは、良かったよ、アティラさん――けど、パンツね、パンツ)


 影で応援をする仁。

 パンツを言い間違えるアティラも自身満々で言うものだから、店員も若干首を傾げる。

 ブラジャーの方が間違えやすいと、思っていた仁なのであったが、そこは敢えてスルー。


「ブラジャーとパンツ(・・・)……下着ですね。お客様は――初めてと仰いましたね、ではこいうのはいかがでしょう?」


 一瞬アティラの胸を見る店員。

 アティラには、多少なり胸はある方。

 巨乳と呼ぶには無理はあろうが、それなりに胸はある。

 だから店員がアティラの言動に少し不審がっても無理はない。

 この年までノーブラでいたとは信じがたいのだろう。

 ましてや、下着類を扱う店なら特に。

 急成長した、という無理矢理納得した店員が勧め出したのは、ホルターネックのブラジャーと紐パン。

 どっちもふりふりスタイルの下着で胸や腰の大きさを誤魔化すデザイン。

 しかし、不思議な光景だ。

 店員がアティラに下着を進めている隣で仁が見ているという光景。

 まさしく異質である。

 目を離そうとする仁だが、目線が無理矢理離れようとしない。

 男の本能とは、恐ろしいものだ。


(駄目だ、これ以上は、見てられない!!あれ(・・)が、あれが発動してしまう!!)


 抗える力もなく、仁がいう『あれ』のスイッチがオンに切り替わる。


《妄想》


 熊野家、その夜。

 コンコンとなる(じぶん)の部屋の扉を開けると。

 アティラが、恥ずかしそうに胴体を隠せるぐらいの枕を抱きかかえていた。


「一緒に寝てもいいですか?」


 暗い夜、嵐も降り雷が怖いとアピールするアティラ。

 その愛らしさに抗えず、仁はアティラをベッドへ誘い込む。

 意識しないようにアティラを視界に入れず、壁際に向けて視線を向ける。

 しかし、意識しないのは無理なようだ。

 鼓動が激しく脈打つ音をはっきりと聞こえる。

 例え見えなくとも、隣にいるという意識を持てば、色々と想像がつく。

 それ故に、ある意味もっとドキドキする。


「眠れないのか?」


 だから、ここに来たのだろうという単純な思考はしないのだろうか?

 だけど、それは別にどうでもいい事だ。

 会話をする必要があるから何でもいいのだ。

 理由は簡単。

 沈黙が仁の理性を壊してしまうから。

 それ以外にない。


「ちょっと……雷が苦手で……」


 怖がる理由としてベタだが、それは人それぞれ。


 ドォーン


 いきなりの雷鳴にびっくりしたアティラは、仁の背中にに引っ付く。


 むにゅ


 意外な柔らかな感触。


(こ、これは……まさかぁぁ!!)


 柔らかいの変わりないが、ちょっと違和感を感じる。


「アティラさん、君ってもしかして、パジャマ――」


 スースー、と息遣いが聞こえる。

 どうやらアティラは、仁を抱き締める形で寝るとぐっすりと寝れるらしい。

 そして、仁は、不本意とはいえ、アティラの寝姿を見てしまった。

 連想するのは、あの店で見ていた下着。

 それを着ているアティラの姿だった。


(ストライクゥゥ!!)


 似合わない訳がなく、仁の好みど真ん中であった。

 そのまま仁は、鼻血を噴いて気絶する。


《妄想終了》


 へへ、へへ、と一見気持ち悪い笑い方をする仁をじーッと眺めるアティラの姿が。


「あの、熊さん、これが気に入りましたのでこれを何着かお願いします」


 仁が気づいた時には、既にアティラが店員に案内され、試着まで済ましていたようだ。

 妄想したばかりに、一番おいしいシーンを見逃してしまった。

 妄想は妄想でそれなりに楽しめたとはいえ、かなりの犠牲を払う事になる。


「よ、4万5千円!!」


 下着、ブラジャーとパンツ含む、計五着ずつ。

 かなりの出費である。

 五着ずつなら安いと思われなくもない金額、しかし学生の身分でこの金額は、かなりの大金。

 折角溜め込んだ貯金も見る影もなく細くなっているのであろう。

 諭吉(ゆきち)の数が一気に五枚も減る。



 大量の買い物を担ぐのに疲労が見えてきた仁は、デパートの奥にあるカフェに二人で行くことにした。

 風情があるクラシックなカフェ。

 全ての家具が木材でできていて、店中が豊満なコーヒーの香りに包まれている。

 カウンター側の席に座り、隣に大荷物を置く。

 そして、仁は右手を前に翳しアティラに謝りながら言う。


「ごめん、アティラさん、ちょっとトイレに行って来る」


 席を外し店の外へ姿を消した。

 一人残されたアティラは、まず辺りを見回す。

 完全に一人になったのは、随分と久しぶりに思えてくる。

 ドクン、ドクン――

 胸の辺りが痛み始める。

 苦しくて、辛くて、嫌な感覚が胸一杯に広まる。


(何だろうこの感覚?)


 今まで味わった事のない感覚。

 その正体も判らず顔を机に密着させる。

 ひんやりと感じる机に顔を擦り付けながら目を閉じる。


(あーあ、これ何か落ち着きます)


 かなりの時間が過ぎた頃、まだ仁の様子も見られず、アティラは心配になる。

 何かあったのではないのか?

 そして、アティラは、ため息を吐けて、ぽつりと口を開けた。


「熊さん、遅いです」


 この待ち時間、アティラの本能が告げていた。

 嫌な予感を。

 そして、この感覚も以前、元の世界でも感じた事があった。


 ■■■■


 それは、元の世界の冬の季節。

 本来なら冬眠するグリズリー――別れたグリズリーの祖父に当たる――だが、アティラとその子がお腹を空かせ、川に魚を取りに出かけた。

 しかし、何時間経っても帰ってこないグリズリーにアティラとその子が様子を見に、洞窟から外に出て、グリズリーを探した。

 雪が降っていた所為(せい)で足元がなくなり、探す足がかりを失ってしまう。

 二手に分かれると考えたが、迷ったら元も子もないので一緒に探す事になるが、捜索範囲が極限に狭くなるのはかなり痛い。

 一刻も争う状況なのは頭では理解してもどうしようもなかった。

 数時間後、二人は、雪に埋まっているグリズリーを発見する。


「グリズリー!!グリズリー!!」

「パパァ、パパァ!!」


 グリズリーを呼ぶ二人。

 しかし、彼の身体も冷え切っていて、目を覚ます気配もなかった。

 身体を雪から掘り出すと、お腹に大事そうに抱えていた二匹の魚があった。

 自然とグリズリーが魚を抱えながら帰る所を連想する。


「これを食べさせて、元気になって、一緒に春まで頑張ろう!」


 しかし、思っていた以上に雪が激しく、川の水に濡れた身体は、一気に体温を奪い、彼の命を削り尽くした。


 ■■■■


 気がつくと、アティラは涙を流していた。

 自分のわがままで亡くしてしまった一匹の命。

 大事に育ててくれた者に対して恥ずかしく思える行為だった。

 この感覚を思い出したアティラは、すぐさま店を飛び出そうと思った瞬間。


 カランカラン


 と、店に入る仁の姿を捉える。

 しかし、飛び出す勢いのまま、彼に飛びつく。

 仁が無事でいてくれた事が何より嬉しかった。

 そして、アティラは、自分が胸の苦しみが去っている事に気づかずでいた。



「よし、そろそろ帰ろうか」


 カフェなのに牛乳だけを飲んだ二人は、荷物をまとめて持ち帰り、駅に向かって歩き始めた。

 大変な一日の末、何とか全ての日常品を買い終え、後は、家に辿り着くまでのごく簡単な課題。

 幸い、電車の中は、行きしなよりだいぶ、人の出入りが少ない。

 難なく席に座り、荷物は、床と膝の上に載せた。

 三駅、十二分。

 この時間、アティラは、初めての買い物に疲れてかうとうとしながら半分眠った状態で、ついに仁の肩の上で寝てしまう。


「よっぽど疲れていたんだな~」


 自分も欠伸をしながら、完全に眠らないように、とんとんとん、と手の平で左太ももを叩く。


 ピンポンパンポン


 そして、降りる駅に到着し、一直線家へと帰った。

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