第11話 買い物デート? 前編 ~そこまでの道のりが遠すぎた件~
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「日常品と言っても、何を買えばいいのやら?」
週末の早朝、仁が珍しく早起きしてしまった。
緊張とわくわくの微妙な組み合わせで目を覚ますと目の下に大きな隈ができいた。
実に、朝六時に起床する前、最低でも五回ぐらい夜に目を覚まし寝るを繰り返した結果、このように目の隈が出来てしまった。
――けれど、疲れは見られず、ご覧の通りアティラとの買い物で何を買うのかを考えている。
出かける時間は、大体九時から十時頃、何故一時間の差だと考えると、仁とアティラが隣り合わせで住んでいるから、合流する場所の必要性がないからである。
強いて言うなれば、朝食の後出かける予定だったから。
そして、九時から十時の間なのかは、ズバリ母、明日香の起床時間が曖昧からでもある。
なら、何故自分達で朝食を作らないかというと。
原因は、きっちりと二つに分かれる。
一つ目は、勿論アティラには、火を扱うのは、無理無謀。
二つ目は、仁が料理において、ドが付く程の料理音痴だからである。
初めての家庭科の授業で仁が自分の班に振舞った結果、全員――自分を含めて――が病院送りとなった。
それ以来、明日香は仁を台所に立たせる事を禁じた。
「まあ、自分でも自覚してた事だけど、まさか仁専用電撃防止装置まで作るとは……どんだけ警戒されているのやら」
以来、仁が料理に手を出す事はなくなった。
そして、今発言した仁専用電撃防止装置とは、台所の全ての入り口に仁の侵入をセンサーが確認した瞬間に死なない程度の電流が彼に襲い掛かる仕組みの事である。
決して、彼を電撃で守るではなく、台所を彼から守るという代物だ。
「でもそのお陰で、好きな時に飲み物やちょっとしたスナックも誰かに頼まない限り取れなくなってしまったもんな」
はぁ~、とため息を吐きながら、何故今頃あんな嫌な思い出でが浮かんでくるのだろうと落ち込む。
早起きしたものの、この数時間どうやって過ごすのかも判らず、途方にくれる。
その上、明日香の起床時間は、かなり遅く、学校の時も、ぎりぎりまで朝食を作り、遅刻との戦いの日々。
だから、一人暮らしになってから、自分で台所が使える、という理由があった。
けれど、どれだけ練習を重ねても上達せず、ただただ料理ができる毎日。
それもあって、ゴミ収集車が困ったものだ。
地区に決まった人が来るらしいが、仁の住む地区には、毎回違う人が来るとか。
まあ、これ以上話さなくても、察しがつきよう。
二時間が経った頃。
ようやく、明日香が目を覚まし、朝食の準備に取り掛かっていた。
「仁、すぐに朝ご飯の準備するから、アティラちゃんに知らせておいで」
勿論、昨日今日で仁がアティラを襲ったりなんかしないと踏んだ母だが、彼女には、切り札のあれを持っている。
迂闊に動けない仁に取っては、正しく自由を奪われた鳥が如し状態。
とはいえ、アティラも異世界から来たという真実を知った――信じる信じないを余所に――仁は、彼女のあらゆる行動や発言に対して納得を試みる。
(異世界から来たって言っても、そう簡単には……)
早々信じられる案件ではない。
話が少し変わるが、仁が服選びに迷った結果、緋色のパーカーと普通のジーパンに決まった。
こんな真夏日によくもそのような服装でいられるな、と思うしかあるまいが、彼がパーカーを着る理由は一つある。
が、しかし、この話はもう少し先まで待っておいてくれ。
それよりも――
「アティラさん、そろそろ朝ご飯ができるから、起きて下さい」
部屋に入った仁は、とんでもない光景を目の当たりにする。
「何だこれは!?泥棒でも入られたのか!?いや、でも隣に住んでいる俺達まで気づくはずがないし……一体?」
ソファ、机、椅子、空っぽの棚、全てが引っくり返り、災害が通った後の現場のようだ。
まさかと思い、仁は、アティラの寝室に入るが、マットレスやデスクの椅子さえも居間同様の惨状だ。
気がかりな事に、アティラの姿が見当たらない。
「もしかして、誘拐!?」
いよいよ心配になった仁は、必死に家中を探し回る。
《妄想》
――夜。
ベッドで気持ちよく寝ていたアティラの横に不審な影が立っていた。
隙を見て、アティラの口許を塞ぎ、連れ去ろうとしていた。
護身術をみにつけているとはいえ、流石に奇襲を掛けられれば、護身術といえど対応しきれない。
犯人とアティラの衝突の際に、この部屋の現状が説明がいく。
そして、二人が居間でも衝突続け、やがてアティラの体力が尽き、浚われた。
《妄想終了》
青く染まった表情でもう一段階早く捜索に打ち込み、ついにアティラを見つけ出した。
冷え切った体温も、常温に戻り、呆れた様子でとんとん、とアティラの手を叩く。
「朝だぞ~、起きて、アティラさん……何でトイレで寝ているのですか~?」
これが、仁が正常に戻った原因だ。
何故、ベッドで寝ていた彼女が次の朝、トイレに寝っ転がっているのか、意味不明な光景、どういう顔をすればいいのか迷ってしまうのは、果たしておかしな事だろうか?
アティラが目を覚ますと、立ち上がり、欠伸をしながら全身を伸ばす。
「ふん~ん」
冬眠から覚めた熊のように気持ちよさそうな表情で、まだ半目だが目を開ける。
仁が隣にいるのに気づき、半分肌蹴そうな桜色のパジャマに構わず挨拶をする。
「あ、熊さん。おはようございます」
まだ眠たそうな顔で仁を見詰める。
胸が見えそうな位置に立っていたジンは、すぐさま目線を天井に向ける。
「おはよう、アティラさん。朝ご飯がもうすぐできますって母さんが」
(いつになったら、ちゃんと名前で呼んでくれるのやら)
朝食の準備をしてくれるなんて、何とも親切な方々だろうと、アティラは半目のまま両手を合わせる。
「何か手伝いできる事はないですか?」
お世話になっている身、甘えてばかりではいられないアティラは、手伝いを申し込む。
「いや、別にいらないよ。母さんは自分一人でやる方がすきみたいだから」
だが、仁は頭を横に振り、着替え終わったら来るように指示した。
一人残されたアティラは、自分の部屋に戻り、箪笥に入っている数着の服――明日香から譲り受けた――の一番涼しそうなのを選んだ。
「よし、これにしよっと♪」
嬉しそうに、見た事もない素材の着物をいつまでも楽しそうに眺め、試着する。
朝食の準備が完了し、アティラも丁度その頃に仁達がいる部屋へ移動していた。
「おはようございます、明日香さん」
すっかりと目を覚まし、元気のいい挨拶。
「おはよう、ってわ~、似合っているじゃない!!」
明日香がアティラの姿を見て、褒め称える。
それも無理もない、やはりこれがアティラが一番似合う服装なのかもしれない、とふと思う仁。
淡い青、空色に近しいノースリーブのワンピース。
涼しさを感じさせるその格好に見る側もまるで風鈴で涼しさを感じるみたいに錯覚を覚える。
「おはよう、アティラのお姉ちゃん」
元気がいいのがもう一人隣に座っているのを思い出す。
「おはようございます。良太君」
(こいつには、ちゃんと名前で呼ばれるんだな、同じ熊なのに)
弟を妬む日が来ようとは、人生なにが起きるのかわからない。
情けない兄には、ならないで欲しい。
食卓に並ぶ豪勢な朝食。
起きた割には、この量の料理を完成するには、相当な時間が掛かりそうなものの、流石は母さんと、仁はいつもご飯を見る時の癖が付いていた。
味噌汁に目玉焼きベーコン入り、三種のレタスの野菜ミックスサラダ、鳥のから揚げに、焼き魚で食卓にはすでにご飯で埋め尽くされていた。
「母さん、今日やけに張り切っているじゃないの……こんなに食えないぞ」
「ご飯一杯!!」
「わ~、こんなに食料が!!」
感激するのが二人、文句を言うのが一人。
「何言ってんの!今日は、沢山体力をつけなきゃでしょ、仁。貴方、荷物係なんだからしっかりと食べなさいよ――勿論、良太とアティラちゃんもじゃんじゃん食べていってね♪」
「「はい!!」」
今日一番のいい返事で良太とアティラが、朝食に食い付く。
良太は、小さいながらも、胃袋は大人にも負けない。
しかし、どれだけ食おうとも、至って普通のその年頃体型、むしろ少し細すぎる方だ。
アティラに至っても、食い入るようには、見えないが、食料と呼ぶ彼女の周りのご飯がだんだんと消えていく。
(あのお腹の中にどんだけの食べ物が入るんだ、二人共)
常人ペースで食べる仁とはかなり個性が目立つアティラと良太。
朝食を終え、仁とアティラは、出かける準備に掛かる。
「気をつけていくんだよ……そして、仁、くれぐれもアティラちゃんを守って上げてね」
明日香は二人を――息子より若干、アティラの方――心配する。
何が起きてもわからない、このご時世、心配しない親が何処にいるというものだろう。
アティラも、グリズリーが見送る姿を明日香と重ねていた。
何処へいくとしても、心配する者がいる。
(本当にこの家族は、優しいな)
親の子へ思いも愛情もどんな生き物にもある、とそう思えてくる。
「わかったよ、気をつけるし、そんなに心配しなくてもアティラさんの事は、任しておきな」
仁がそう言うと、アティラの手を掴みながら、数歩歩いた先に足を止め。
「行ってきます」
「行ってきます♪」
仁を真似て、アティラも明日香に挨拶を済ませる。
三駅先のデパートで買い物を済ませるのが今回、仁が与えられたミッション。
日常品と言っても、普通に歯ブラシ、タオル類、シャンプやリンス、そして、今回の難問が衣類だ。
それらを全て揃えているデパートこそが迷える子羊を導く聖地。
しかし、仁はこの後――かつてない程の困難に立ち向かうのだった。




