好き② side佳澄(かずみ)
楽しんでいただければ幸いです。
週末の深夜。
普段仕事がが忙しすぎて自分の時間もろくに持てない俺にとって、休み前の貴重な時間でもある。
まあ…、それがたかがゲームをしている時間でも、大事な息抜きなんだよ、うん。
別に誰に言い訳してるってつもりもないが、約一名うるさいやつがいるんだよ。
そういうのって誰にでも心当たりはあるだろ?
「なあ」
「………」
「なあってば!」
「………」
…ほら、始まった。
マジうぜえ。
俺はゲームに没頭してんだ、見りゃわかんだろ。
お前の相手はさっきまで散々してやったろうが。
あれだけあんあん言わせてやったのに、お前元気だよなあ…。
つーか俺の邪魔すんじゃねえよ。
「なあ、聞いてんのかよ!」
「うっせえな…今いいとこなんだよ、邪魔すんなバカ」
ちょマジでうぜえんだけど。
そう言ってやりたいのは山々だが、これを言うと更にめんどくせえ事になるのは目に見えている。
頼むからゲームしてる間は俺を放っておいてくれ。
何時間もやるわけじゃなし、何度言えばお前は理解すんだ?
イラっとしながらも慣れた手つきでこのコースの難所である、ヘアピンカーブをクリアしたところで内心グッジョブ俺!と思ってたら。
「なあ、佳澄、俺のこと好き?」
………は?
何だって?
一瞬思考が停止し危うくコントロールをし損なうところだったが、何とか難を逃れる事が出来たというのに。
折角人が態勢を立て直した努力を更に台無しにしてくれるとは思わなかった…。
「ああ?! おい触んな、バカ!! ………あ」
「あ」
振り返りもしない俺に焦れたんだろう。
俺にはそんな馬鹿げた質問に答えてやる気なんか毛頭なかったが、今日はいやにしつこいとは思っていた。
俺の腕を自分の方に強引に引っ張るという暴挙に出た結果。
無残にも俺が操作していた車はクラッシュし黒煙を吐き、ゲームオーバーの文字がテレビの画面に浮かんでいた。
せめて一段落ついた頃に話しかけるとかそういう配慮はできねえのか?
しかも言うに事欠いて「俺のこと好き?」とはなんなんだよ。
「裕…」
「っ…」
怒りよりも呆れの方が強すぎて、俺には溜息を吐かざるを得なかった。
さっきまで握り締めていたコントローラーを投げ捨て、じろりと睨んでやると少し罰の悪そうな表情をして見せた。
今更遅いんだよ、このバカが。
「…やめやめ。お前が後ろでぎゃーぎゃー騒ぐから負けちったじゃねえか」
「なんだよ、ただのゲームじゃん…」
そうだよ、ただのゲームだよ。
だからなんだよ。
過去何回このことでケンカしてんだよ。
お前には記憶力ってもんがねえのかよ。
「大体なんなんだよ、いきなりくっだらねえこと言いやがって」
「…くだらなくなんか、ない」
「ああ?」
「いつも思ってたんだよ。お前俺のこと好きじゃないんじゃないかって」
「………」
ったく…。
何でこいつは時々女々しい事を言いやがるんだ。
いつも思ってたっていつから思ってたのか知らねえが、何でそれを言うのが今なんだ?
全く以って理解できねえ。
まあ俺にはその質問に答えるつもりはねえし。
俺はさっきまで吸っていた煙草の箱を取り、中から一本抜いて口に咥える。
つきが悪いと思っていたライターはとうとうガスが無くなったらしい。
何度か試すがやはり火が点く事はなく、舌打ちの代わりにライターをゴミ箱の中に乱暴に放り投げてやった。
少しびくん、とあいつの体が揺れたような気がしたが、そんな事はどうでもいい。
そういや帰りに買ってきたライターがあったな。
俺は恨めしそうな視線を感じている方には一切目もくれず、ソファーに掛けてあった上着のポケットから新しいライターを取ると、口に咥えたままの煙草に火を点けた。
煙を肺に深く吸い込み吐き出す、ただ単純な作業。
会話を続ける気は無かったから、威圧感も与えるために俺は立ったまま、無言でやつを眺めていた。
指をもじもじと絡ませ、時折溜め息になりそこなった息を吐く。
まったく、何を考えてるんだか…。
「どうなんだよ、佳澄…」
「裕がそう思ってんならそうなんじゃねえの」
つか、そんなこと聞いてどうすんだ?
俺が答えるとでも?
お前さあ、俺と2年も一緒に暮らしてて、俺のこと何にもわかっちゃいねえのな。
裕の方こそ同じセリフを吐きそうだが、俺は違うぞ。
たまに斜め上のネガティブ思考についていけねえ時もあるが、(特に今)まあ概ねそういうところも可愛いと思ってることは、勿論1度も言った事はない。
「…どういう意味だよ」
「そういうことだろ。てか言わせて満足すんのか?」
「え」
「言わせた感満載でお前は満足するのかって聞いてんだよ」
え、じゃねえ。
何だその顔。
これ以上俺が何か言えば泣きそうな顔しやがって。
何を企んでるのかは知らねえが、俺はそのくらいで折れる男じゃねえのはわかってるよな?
俺最初に言ったのになあ…。
俺はお前の望む言葉をやれないだろうって。
やっぱどんだけどMな裕でも、さすがにしんどいってことなのか。
うーん。
鞭だらけで飴の要素ねえしな、俺。
「だって…」
だってもくそもねえっつうの。
まあ、こうしてうじうじグダグダしてる様も面白いし、可愛いっちゃそうなんだけどよ。
今日のそれはちょっといつものと違う気がする。
俺の咥えたままの短くなった煙草から立ち上る煙が顔にかかるのが鬱陶しい。
非喫煙者はこの煙を毛嫌いするが、喫煙者だってこの煙が目に入るとすげえ痛いんだよ。
手でいちいち払うのもめんどくせえから、少し顔を避けてはみたがあまり効果がなかった。
なるべく目に入らないように目を薄く細めてみる。
その俺の様子がこいつには自分が鬱陶しがられてるように見えるんだろう。
まあこんな話してる最中だし、俺の顔はそこそこ整ってると言われるだけに怖いと評されることも多い。
益々顔は泣き出す一歩手前ってところまで歪められ、俺の視線に耐えかねたのか項垂れてしまった。
…ったく、マジめんどくせえ。
灰皿に煙草を揉み消すと、その辺に脱ぎ捨ててあった自分の服を拾い、身に着けた。
帰ってきてすぐシャワー浴びてそのまますぐベッドになだれ込んだから、俺たちはずっと下着一枚で部屋をうろうろしていたわけだ。
俺はさっきタバコの自販機に行くためにGパンだけ穿いて外に出たが、上はそのままだ。
大体な、事が済んだ後に「俺のこと好き?」って普通聞くか?
性欲処理するためだったら他のやつ相手にするか、1人で済ますだろう。
俺が何のためにめんどくせえお前の相手すると思ってんだ。
こう見えて俺はどSだが、裕に対して暴力はただの一度も振るった事はないし、ベッドの中でもちょっと色々言わすくらいだし?
毎回ぐずぐずになるほどに甘やかして、もう許してって言うほどに気持ちよくしてやってんのに、なんでわかんねえかな…。
天然恐るべし。
…まあ、あれだ。
そういうことだよ。
それより。
いつまでも俺をアホ面して眺めてるこいつにも、服を着せなきゃなんねえし。
「ったく…。お前がイライラさせること言うから腹減ってきたじゃねえか。おら、飯食いに行くぞ。服着ろ」
「えっ…」
ぶ。
アホ面が更に間抜けな面に…。
鳩が豆鉄砲ってのはこういう時に使うんだろうな。
吹き出しそうになるのを必死で俺は堪え、俺の服と一緒にとっ散らかっていた服を投げた。
んー、靴下片方ねえなあ。
お互い少し皺が寄っているのは仕方がない。
まあ…そうしたのは俺だが。
「腹が減ってっから余計なこと考えんだよ。さっさと着ろ」
「えっ…あっ…」
人間腹が減ってるとろくなことないからな。
三大欲求は謂わば本能だし、そのうちの一つはもう満たした後だし。
次は飯だろ。
お、こんなとこに落ちてやがった。
行方不明だった靴下の片割れを裕を見もせず、居るだろう方向に放り投げた。
「どこにすっかな。こんな時間だしファミレスか牛丼だな」
「……」
敢えて俺は気にも留めない振りを続けながら、その辺に散らばっている物を漁り始める。
項垂れたままで居る裕を呆れながら見遣ると、最後に投げた靴下が見事に頭に乗っていた。
呪いで頭の上に乗せるのは草鞋だったか、はたまた葉っぱだったろうか。
「おい、靴下乗ってんぞ」
相変わらず動じることなく固まっている。
何が地雷なのかマジ今日はわかりづれえ。
ま、後で聞けばいい話だが、こいつがまともに話すかどうか…。
とりあえず外に出る用意だけするか。
携帯と財布、それと煙草。
鍵は裕に持たせればいいか。
ああ、腹減ったと思ったら余計腹が減ってきた。
着替えたのかと思って振り向いて見れば、漸く頭の靴下を取りのろのろとシャツに袖を通したりしている。
俺は急かす気にもなれず、もう一本と煙草の箱に手を伸ばした。
それが視界に入っていたんだろう。
ふ、と俺に視線を走らせ何か言いたげな表情で見ていたが、また俯いてシャツのボタンを嵌めている。
ちらりと壁の時計に目を遣れば、3時を回っていた。
俺は煙草を灰皿に押し付けると、玄関へと向かった。
きっとあいつは今後ろ向きな暗い思考に嵌まっているんだろう。
可愛い顔してなかなかに気が強いくせに、反面恋愛に於いては結構なネガティブ野郎で自分に自信がないらしい。
俺と付き合う前も碌でもない相手にばかり惚れたり、惚れられたりという話も聞いている。
俺も裕にとってはその碌でもない相手と大差ないかもしれない。
不安ばかり煽られて、聞きたかった答えも聞けず、はぐらかされて。
俺からすればめちゃくちゃ可愛がってるつもりでも、裕にはどうやってもそうは思えないだろうし、マジめんどくせえよな…。
ぼんやりと玄関のライトを目を細めて眺めていたら、やっと着替え終わったのかこっちにやって来た。
やはり何か言われるのを恐れているようにも見えるし、何かを言いたいけど躊躇しているようでもある。
狭い玄関に男2人は無理だから俺は先に扉を開け、靴を履いて出てくるのを待った。
ゆっくりと出てきて後ろ手に静かに扉を閉めたのを見て、鍵の有無を問うた。
「鍵は?」
「ある。…ポケットの、中」
一瞬縋る様な視線を向けてきたが、俺は無言で施錠を促した。
振り返り普段の倍の時間を掛けて施錠する背中を黙って俺は眺めていた。
がちゃり、と鍵の回る音が聞こえるのを待ってから、言葉でもう一度確認をする。
「鍵かけたか?」
まだ鍵が挿し込まれたままのドアノブを握り締め、さっきとは打って変わって沈んだ声音で答えた。
「…うん」
わかりやすいのかそうでないのか。
変なヤツだよなあ。
ずっと俺の顔が見られないらしく、視線は地面の方へと縫い付けられている。
それに気付いてはいても、俺には掛ける言葉を持ち合わせていない。
俺に気の利いた台詞なんか期待する方がだめなんだよ。
そういうのも全部お前はわかってたんじゃねえのか?
「んじゃ行くか」
合図で促したところでこいつが素直についてくるとは俺も思ってなかった。
この調子じゃたかだか5分程度の距離が何分かかることやら。
めんどくせえとは思うさ、実際な?
めんどくせえけどしょうがねえだろ?
俺はお前を離してやる気なんか毛頭ねえんだからよ。
勝手なのは重々自覚してるが、お前ももう少し自信を持て。
案の定何の反応も示さないこいつの手を取って、俺は何事もなかったように歩き出した。
手が触れた時の驚きの衝撃が俺にまで伝わってくるのが、予想通り過ぎて何と言ったらいいのか…。
気付かれないように笑いをかみ殺すのが精一杯だ。
まるで初恋の相手に一喜一憂でもしてる中学生の乙女の如く。
俺が普段鬼みたいじゃねえか、これじゃ。(当たらずとも遠からず)
「何食いたい?」
「………」
「米もいいけどラーメンでもいいなあ」
「………」
平静を装うのも楽じゃねえ。
まあそれはお互い様だろう。
だって、とかそんな、嘘、とか裕本人にもわかっていないだろう言葉になりきれない吐息のような、それでいて何気に聞こえてくるテンパった独り言。
それは段々震えてきて、繋いだ手から力が抜けてくるのを感じ、離れていかないよう握りなおしてやる。
「おい何とか言えよ…って……」
ああ、やっぱりか。
振り返れば顔をぐしゃぐしゃにして泣いてやがった。
「何で泣いてんだよ…」
俺が覗き込んだ時に視線が合ったような気がしたが、見事にまあ涙が滝の如く流れてて、おそらくほぼ滲んで見えてないだろう。
でも俺はこういう時にでも気の利いた事は言えねえから。
さっきまで普通に握っていた手を、掌を合わせ指を組む形に直した。
すると更に涙が溢れたのか、とうとう堪えきれなくなった嗚咽が漏れ始めた。
しゃくりあげる声と同時に繋いでいた手に力がこもる。
空いていた方の手の甲でまだ流れ続ける涙を拭い、それでも拭いきれず後から後から落ちて行った。
どんだけ泣くんだよ。
ガキじゃあるまいし、そこまで泣けるのもすげえよな。
目と鼻は真っ赤でお世辞にも褒められた顔ではない。
惚れた欲目を差し引いても余りあるものがあるだろう。
まあ誰だって泣けばこんな顔になるが…。
「あー…、お前部屋で待ってろ。俺がなんか買ってくっから。 そんな顔じゃ店にも入れねえしな…」
俺の方が周りの目が気になって飯どころじゃねえ。
何か言いたげだったが、声にならないのか肩で息をしながら俺をじっと見つめている。
まあこんな時間に道端で大の男が2人突っ立ってるのもおかしいだろ。
さっさと行ってくっか。
「んじゃ行ってくっから」
合図をするように一回軽くきゅっと握ってから、その手を離した。
何を思いながら泣いているのか。
離した手で顔を覆い俯いているその姿は、普段より更に俺より小さくなっている。
もう戻ってろという意味でその頭を軽く撫でた。
コンビニでついでに酒も買ってこようとか考えながら、行きかけた俺の服を引っ張るやつがいた。
「え、何? 何か欲しいもんあんのか?」
そういう意味じゃないのは俺だってわかってる。
でも咄嗟に出てきた言葉はそれだった。
さすがに少々罪悪感らしき物も感じるが。
千切れんばかりに俺の服を握り締め、固まったまま微動だにしない。
またさっきの質問が出てきたらどうすっかと本気で俺は悩んでいたが、俯いたまま何も答えない顔を下から覗くと、意を決したかのように息を大きく吸い込む音が聞こえて来た。
「………好き…」
は…。
何を言われるのかと思えば…。
拍子抜けとはこういう事か。
俺に言わせたかった言葉を自分で言っちまうなんてな。
ったく、こいつはホントに…。
涙で震える声は聞き取るのがやっとだった。
そういうやつだから俺はお前に惚れてんだけどな。
でもまだ言ってやんねえよ、まだな。
時が止まったような状態のその頭を俺は抱き寄せて、洗いざらしで少々ボサボサの前髪をかき上げ、お互いの額を軽く合わせた。
頭突きとまでは言わないが、こつ、と軽い音がお互いの額に響いて、相手の体温をそこで感じた。
ぶつかった視線は久々のような気がした。
泣き過ぎて腫れあがった瞼。
男の癖に妙に長い睫毛が濡れて嵩が増えたようにも見え、瞬きをするとバサバサと音がしそうだ。
既に泣いたせいで赤い顔は照れているのか、怒っているのか微妙な所だったが、その瞳は俺の答えを待っていた。
そんなことな、お前に言われなくたって俺は。
「…知ってる」
俺の言葉が想像通りだったからなのか。
それとも想像してた答えじゃなかったからなのか。
一瞬驚いたようにその瞳を大きく見開いた。
そして、本当に嬉しそうに笑いながら、また涙を流した。
多分この先俺がその言葉を言うかはわからねえけど。
また同じ様なくっだらねえケンカを何回もするんだろうけど。
そしてお前はこうして泣いて、俺にいいように振り回されて、結局俺を許すんだろう。
裕のそういうところが俺にはとても敵わねえと思う。
だからお前が望む限り、俺はお前の傍にずっといるから。
お読みくださりありがとうございます。
続きが気になる方がいらっしゃれば、この2人の妄想を捻り出します(笑