氷の覇王の試練
王とディーナが婚約者になってからそれなりの時が経った。だが。
「何の進展もないとはどういうことですか!!!」
マルドアはパアンッと書類を床にたたきつける。
「どうしたマルドア。疲れているのか?」
マルドアの奇行に王は表には出さず、内心かなり動揺していた。
「ええ疲れてますよ!いつもいつもお互い『話たいけど仕事が・・・』みたいな感じで伺いあってるお二人見てるともやもやするんです!むしろイチャついてくれって思いますよ!っていうか何でイチャつかないんですか!!」
いつもいつもお互いがお互いを遠巻きに見て、声をかけようとしてやめるような様をマルドアは何度も見ている。最初の頃はお互い仕事のことを気にしているのだから仕方ないと思っていたが、ずっとなのだ。今までと何が変わっているのか。
「仕事が・・・「分かってますけど少しぐらいイチャついてください!!!」
息を切らすほど叫んだマルドアに拍手が起こる。
「いやー色々溜まってんなぁ。マル坊「貴様も俺の心労の原因だ」
最近執務室に入り浸るようになったギドにマルドアはもう諦めに達している。大した邪魔をしてくる訳ではないが修羅場時に「マル坊ここもここも間違ってんぞー。ドジっ子だなー」とか言われると本気で殺したくなる。
マルドアは息を整えいつもの調子で問う。
「第一婚約を交わしておいて何故寝室も今までどおり別室なのですか?隣同士とはいえ・・・」
「俺の就寝、起床時間はディーナと随分異なる。気を遣わせることになるだろう」
「ちなみに本音は?」
ギドの問いに王は沈黙した。それを見たマルドアがすぐに動き始める。
「今からお部屋は同室にするようメイド達に指示を出します」
「だが・・・「ディーナがいいと言えばもう断る理由などありませんよね!ギド団長!今すぐここにディーナを!!」
「こんな時だけ団長呼びかー。いいけど」
ギドはすぐにディーナを呼びに行き、数分後ディーナはギドと共に執務室を訪れた。
「お呼びでしょうか?」
「ディーナ。今日から寝室を王とご一緒にするが構わないな?」
「え!?」
思い切り驚くディーナにマルドアの方が驚く。対して王の表情にも不安が滲んでいるのを感じた。正直変化はないため感じる程度だが。
「何か不都合があるのか?」
「ふ、不都合と言いますか・・・」
ディーナはもじもじとしながらチラリと王を見る。
「何でも言ってみろ。勿論嫌なら別室で構わない」
言い出した当人が正直落ち込んでいた。そんな中ディーナが身を乗り出す。
「嫌じゃありません!」
皆ディーナの勢いに少し呑まれたが、その後続く言葉に耳を傾ける。
「ただ・・・だらしない姿を見せてしまい陛下に幻滅されないか不安で・・・」
カアアと顔を赤くしながらうつむくディーナの言葉は語尾が消えていった。しかし、その反応はむしろ王にとってプラスだ。
「マルドア。すぐに同室にするよう準備をしてくれ」
「かしこまりました!」
「マル坊活き活きしてんなー」
ギドはハハッと笑う。ディーナは王の指示の早さと、マルドアの行動の速さに驚く。
「え!きょ、今日からですか!?」
「ああ」
「こ、心の準備が・・・」
「する必要などない。慣れていけばいい」
王はディーナの前に立ち、そっと頬を撫でた。
「何があろうとも俺がお前に幻滅することなどない。寧ろお前の全てを見たい」
そっとディーナの額にキスを落とすとディーナは照れて赤くなりながら幸せそうに笑った。その様子を見ていたギドは早く結婚すりゃいいのに・・・と心から思った。
その夜。
マルドアの計らいで王はディーナに合わせて就寝することになった。そして同室になったのはいいがなんとベットはダブルベット。つまり大きな一つのベットしか置かれておらず、ディーナはポカンとしていた。
「べ、ベットが・・・」
「ああ。安心しろ。正式に結婚するまで決して手は出さん」
「いえ、それは・・・別に・・・あの・・・」
最初は当然のように答えていたディーナだったが、段々言ったことの意味を理解し、もごもごと真っ赤になりうつむく。それを見ていた王は片手で顔を覆って天を仰ぎ、本能を懸命に抑えた。
「では何が問題なのだ?」
二人では寝にくいなど不安があるならばベットを分けるしかないかと王は残念に思いながら考えた。
「そ、その・・・ドキドキして眠れないよう・・・な・・・」
王は壁に額をぶつける。この生き物は何なのか。自分の理性を破壊することを目的に派遣されたのか。試されているのか。試練なのか。王は与えらた衝撃を誤魔化すように自身に問いかけた。
「す、すみません!私ばかり意識してしまって・・・。折角マルドアさんが陛下が早く眠れるように配慮してくださいましたし眠りましょう」
そう言ってベットに向かおうとするディーナを王は抱き寄せた。
「へい・・・か・・・?」
「意識しているのがお前だけだと思ったか?」
その問いにふと王の胸に当てた耳から響く心臓の鼓動が早いように思え顔を上げる。すると、王の顔が少し緊張しているように見え、一国の王がこんな小娘と一晩過ごすだけなのに緊張されているのだと思うと余計に自身の緊張が高まるのと同時に愛しさも溢れた。
「俺にとってお前の全てが幸せに繋がる。今触れているこの感触も、香りも、声も、仕草も、表情も。お前という全てが愛おしく、俺を幸福にさせる。いてくれるだけでいいというのに・・・共にいれるとなれば緊張もする」
「私は・・・緊張もしてますが、何より陛下と一緒にいれるのが嬉しいです」
照れながら笑う可愛い生き物を王は本能から守るために強く抱きしめた。この衝動はどうにかしなければ理性を攻撃し始める。
お互いひとまずベットに入ろうということで落ち着き、ベットにもぐりこむ。お互い少し距離を空け向かいあって横たわっているが、何だか照れくさくなり視線をそらす。
「・・・共に一夜を明かしたことがない訳ではないというのにな・・・」
「でもあの時はこんな風に視線を交わしてから眠った訳ではありませんでしたから・・・」
暫し沈黙が二人を包む。
「あの・・・」
ディーナの方から声をかけ、王がどうした?と問う。
「もっと傍に・・・行ってもいいですか・・・?」
おずおずと問われ、迷う理由など何もなかった。
「勿論だ」
王が両手を広げればディーナはその腕の中に納まった。
「緊張してドキドキしてるのに・・・落ち着きます」
「俺もだ」
「あ、歌は・・・」
「今夜はいい。お前がいるだけで十分だ」
「・・・はい」
お互いがお互いの体温を感じ幸せだと実感している間にいつの間にか寝入ってしまっていた。
翌日ギドは少しは進展あっただろーとワクワクしながらディーナに声をかけた。
「昨夜はどうだった?嬢ちゃん」
「え!?えと・・・その・・・」
真っ赤になるディーナを見てこれはもしや・・・っ!と待ち構える。
「凄く・・・幸せでした・・・」
「痛くなかったのか?」
「痛く?陛下の腕の中で眠らせていただけて安心はできましたが・・・」
あ、これ本気で何もないやつだ。とギドは悟った。
好きで思いも交わした女と同じベットの中で、しかも腕の中ってことは体も密着していたことだろう。そんな中耐え抜いた王の精神に感服した。
「嬢ちゃんはいいパートナー見つけたな」
「はい!!」
迷いなく大きく頷く少女を見てギドは笑った。
一方王にはマルドアが伺った。
「昨夜はどうとお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。素晴らしい時間だった」
「と言いますと?」
「幸せだった」
表情は変わっていないが、放たれるオーラから感じる幸せにマルドアは満足そうに頷く。だが、ただ・・・と続き首をかしげる。
「試練だとも感じた・・・」
「試練!?」
「俺は・・・結婚まで耐えられるだろうか・・・っ」
切実に悩んでいる王に早く既成事実を作って結婚してくださればいいのにとマルドアは強く思ったのだった。