少年と王女の運命
「・・・少し見なかっただけで・・・随分大人になったんだね。ベルダ」
ナルシスは静かに涙を流す妹に声をかける。
「いいえ。全然敵いませんわ。お兄様も気に入るあの方には」
「ベルダは世界一可愛いよ。僕が認めるんだ。本当さ」
ナルシスはそっとベルダの頭にキスをした。
「・・・迷惑だって分かってましたよ。押しかけて、好きだって言って・・・。相手も愛してくれたらベルは幸せになれるんじゃないかとそう思えました。でも、ベルの愛は形だけで、相手を私が満足するための道具としか考えていなかったんです。でも・・・逆にベルの方があの方を深く愛してしまいました・・・っ」
優しくて、頼りになって、たまに見せる幼い笑顔がとても好きだと思った。
「あの方に妻になるまで国には帰らないと言いましたが、これでは一生帰れそうもありませんでしたわ」
ベルダがそう自嘲気味に呟いたその時。
「ベルダーーーー!!!」
外から聞こえた声に覚えがあった。窓から身を乗り出し、走ってくるその人の姿を見つけた。
「止めて!!!」
ベルダが叫べばすぐに馬車が止まり、ベルダは馬車を飛び出す。
「どうなさったのですか!?シュアン様!」
馬車を追いかけてきていたのはシンだった。シンはゼーゼーと荒い息を必死に整え、伝う汗を手の甲で拭う。そして、俯いたまま途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「俺は・・・絶対にお前を・・・嫁にできない・・・」
その言葉はベルダの胸を刺した。泣かないように堪え、笑って見せる。
「分かってますわ・・・」
「俺は・・・多分ずっとディーナを思い続ける」
「ええ。分かってます」
だって私はあの方に敵わない。
「お前が隣にいても・・・多分ディーナを大切に思う心は変わらない」
「はい・・・」
堪えている笑顔が壊れそうだった。そんな時シンが顔を上げた。
「お前を傷つけるから嫁には出来ない。そう思った。ディーナを思いながらお前を思うなんて器用な真似は出来ない。そんな中途半端な気持ちで向き合うなんてお前にも失礼だと思った。けど・・・」
不意にシンはベルダの腕を引き抱き締めた。
「このままお前と一生会えなくなるのは嫌だと思った・・・っ。お前が・・・誰かの嫁になるって考えても・・・嫌になった・・・っ」
ベルダはゆっくりと目を見開く。
「散々お前を傷つけた。そんな俺が言っても説得力がないけど・・・俺もお前をいつの間にか好きになってた」
耳元で聞こえる声は一つずつ理解できた。
「ごめんな・・・」
「いいえ・・・っ。いいえ・・・っ!」
ベルダは強くシンを抱き締め返す。
「絶対に幸せにするなんて断言できねぇし。泣かせることだってあると思う。正直・・・お前は俺じゃない方が幸せになれると思う。でも、それでもと思うなら・・・帰って来い」
シンはそっとベルダを離し、真っ直ぐ目を見つめる。
「国の問題とか色々あるだろうと思う。平民の俺には計り知れない問題だ。それをどうにか出来たらまたうちに来い。親父もお袋も待ってる」
「勿論ですわ!」
「でも勿論、国でいい男が見つかったらそいつにしろ。周りも祝福してくれるような相手ならな。その時は俺のことは忘れろ。負い目なんて感じなくていい。お前は・・・幸せであって欲しい」
そう言ってシンが微笑むものだからベルダは思わず笑う。
「絶対に・・・忘れられませんわ・・・っ!」
ベルダは馬車に戻り、窓から身を乗り出して叫ぶ。
「必ず帰って来ますわ!待っててくださいませ!旦那様!」
シンはそんなベルダの言葉に思わず笑う。
「まだ旦那じゃねーって」
シンは見えなくなるまで見送った後振り返って「うおっ!?」と妙な声をあげる。
「移住の件はこちらで根回ししておこう」
「安心しろ」
「ずっと後ろにいたのかよ!」
後ろには先ほど城の門前にいた全員が集まっていた。王とマルドアの言葉にシンはあーもう!と頭を掻きながら口を開く。
「でもあいつも落ち着いたら止めようって思うかも知んねえし、国でいい男見つかるかも知んねえし、まだ何も分かんねえよ」
「いや、彼女はきっと戻ってくる」
王が断言したことにシンは少し驚いた。
「シン!!」
駆け寄ってきたディーナは泣きそうだった。
「何でお前泣きそうな訳!?」
「分かんない・・・っ。でも、ベルちゃんと幸せになってね・・・っ」
泣きそうな顔で笑うディーナをシンは苦笑して頭を撫でた。
「だからまだ分かんねーって」
シンは王に向き直り、その胸に拳を当てた。
「頼んだぜ。王」
「ああ。分かっている」
二人の言葉の意味をギドもマルドアも知っている。一人の男が愛した女性を別の男に預けた。だが、今の愛情は別の形に変わっているのではないだろうか。
「陛下とマルドアさんならちゃんとベルちゃんの移住の件まとめてくれるよ!」
そして若干一名意味の分かっていない少女に男達は目を瞬いた後同時に笑った。何故笑うのか困惑するディーナに誰も意味は教えてやらなかった。
それからそれなりの月日が経った。
平凡な村に一人の少女が訪れる。
少年は驚きながら少女を見つめた後、苦笑する。
「マジで帰って来たのかよ」
「ええ」
両手を広げる少年に少女は勢いよく抱きついた。
「お帰り」
「ただいまですわ!旦那様!!」
王の予言は現実となったのだった。