氷の覇王の敵
「そこまで思いを交わされて何故“婚約”止まりなのですか!?」
王の忠臣であるマルドアが思わず叫ぶ。ここはウルアークと呼ばれる国の王の執務室。
ウルアークは王政の国である。機械を作る工場があり、機械を使って布を作る工場があり、布を服にする工場がある。作った物はほとんど他国に輸出した。本来なら栄えていいはずなのだが、国は民の贅沢を許さず、必要最低限の金しか持つことは許されなかった。もし贅沢をしようものなら財産のほとんどを奪われる。
そんな国の王は自身にとても厳しく、そして国のために必死に尽くしてきた。その中出会った美しい歌声を持つ少女に王は惚れ込んだ。だが、少女の幸せを思って手放し、少女は他国に誘拐され、救出など様々な過程を得てようやく思い交わしたというのに婚約止まりだ。
婚約とは結婚の約束をしただけの間柄で法律上では他人なのである。ウルアークの王ラディウス・エル・ウルアークが口を開く。
「ディーナ自身昨日の今日だ。落ち着いて考えてみれば・・・という可能性もある。それにご両親への挨拶もしていない状態で結婚などできないだろう」
ディーナというのが現在王の婚約者である少女だ。相も変わらず真面目な王にマルドアは心の中で泣く。
「あと2年待つ」
「ディーナが20歳になるまで待たれるのですね」
「ああ。俺が30になる頃だ。身分の差、年の差、ディーナの頭を悩ませる要素ばかりだろう」
王に対し少女は村娘。さらに年は10離れている。王が心配する要素ばかりでマルドアはフウとため息をつく。
「お言葉ですが陛下。私はディーナの思いが変わることはまずないと思います。貴方が貴方である限り」
「そうだと嬉しいがな」
黙々と仕事を続ける王。表情は変わらないが雰囲気はどこかうきうきしている。長年の付き合いで多少の感情の機微を感じ取れるようになった。
まあ・・・陛下が幸せならそれでいいが・・・
ひたすらに王のために尽くしてきた忠臣はそう思う。
などと話していた時、不意にバタバタと激しい足音がし、扉が勢いよく開かれる。
「た、大変です!」
「ノックぐらいしないか!」
マルドアに叱られ、兵はす、すみません・・・と肩をすくめる。
「構わん。何があった?」
「はい!実は・・・」
王に促され口を開いた兵士の言葉に、王もマルドアも目を丸くした。
城門に向かえばすでに王家直属の騎士団の団長ギドの姿があった。
「ギド」
「おお。マル坊。ラディ。とりあえず敵意はなさそうだぜ」
ギドの言葉にマルドアがホッと息を吐く。王は前へ出て客人を真っ直ぐ見る。
「遠方からのご足労痛み入る。我が国に何用だろう。フルール国の王子、ナルシス=スイート=フルール殿」
そこにはディーナを誘拐したナルシスの姿があった。
「やあ。belle(美しい)な僕が来てあげたことでこの国に潤いを与えに来たんだよ」
ナルシスは自身の銀髪の髪をフワリとはらった。そんな中ギドがマルドアに小声で問う。
「なあ・・・べるってなんだ?うざいって意味か?」
「おい・・・。仮にも一国の王子相手に暴言吐くな。belleとは北西の国の言葉で「美しい」という意味だ」
「・・・美しいなっておかしくね?」
「俺に言うな」
臣下達がそんな会話をしている間に王は口を開く。
「御用がないならさしたもてなしも出来る訳ではないゆえ、帰国願いたい」
陛下直球で帰れっていってしまっていいんですか!?
とマルドアは心の中で思う。
今まで対等だったフルールとウルアークだったが、前回の一件があり上下関係を相手が理解したのは確かだ。だが、別に戦争ができない訳ではないし、不況を買った場合交易ができなくなる可能性がある。その点を心配していたが、ナルシスは王の言葉に気分を害した様子もなくフッと笑う。
「やだなぁ。君達だって分かっているだろう?僕のもう一つの大きな目的」
またディーナを狙っているのかと三人は神経を尖らせた。
幸いディーナは現在城の裏にある訓練場の掃除をしているはずだ。汚れが多い訓練場の掃除が終わるのはかなりの時間を要する。その間にこの男を帰さなければ・・・。
「あ、ギドさん。メルフィさんが・・・あ、すみません!お客様で・・・「馬鹿か貴様は!!空気を読め!!!」
登場したディーナにマルドアが思わず怒鳴る。
「僕のリトルマーメイド!!」
ナルシスが腕を広げてディーナに駆け寄り、ディーナは思わず避ける。
「・・・何故避けるんだい?」
「いえ・・・本能的に・・・」
「ナイスだ!嬢ちゃん!」
「おい。声がデカイぞ。同意だが」
ガッツポーズをするギドとマルドアだった。
「君は僕のリトルマーメイドだろう!?「違います」
即答すぎて皆噴出すような笑いを必死で堪えて震えていた。
「何故だい!?」
「何がですか?」
あまりにも塩対応なディーナが珍しくてギドは腹を抱えて笑った。そんなギドの背中をマルドアが叩く。だが、マルドアも真っ赤な顔で震えている。
そんな中、前に出た者がいた。
「悪いが」
ザッと前に出た王がディーナを抱き寄せる。
「ディーナは俺の婚約者だ。手を出すな」
暫く目を瞬いていたディーナだったがボッと赤くなる。
「それだよ!」
ナルシスが突然叫び皆驚いて視線を向ける。
「君達はまだ婚約の間柄だ。結婚はしていない。ならば、僕にもチャンスがあるという訳さ」
王はピクリと反応し、マルドアはだからもう・・・と片手で顔を覆った。
正直言ってナルシスがここまで来て宣戦布告してくるのは予想外だったが、婚約という曖昧な形では隙が多い。
勿論マルドアにとって王の幸せを守ることが第一だ。
「失礼ながら王子。何かを手に入れるには相応の対価が必要かと存じます。一方的な略奪は敵意を産むとご理解ください」
「分かっている。僕も同じ過ちはしないさ。という訳で相応の対価を持ってきた」
ナルシスがパンッと手を鳴らすと後ろに控えていた馬車の中から人が降りてきた。
美しい黄金の髪にスカイブルーの瞳の14、5の少女。可愛らしくピンクのドレスに身を包んでいた。
「我が兄妹の中でも最も愛らしいベルダを連れてきた。彼女を君の妃にどうだろう?」
予想外の手に出てきたナルシスに皆驚きを隠せなかった。




