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「ふぅん。それじゃそのサエって子は京を助けてくれたんだ」
長風呂派の誠と健介は随分と前から湯船に浸かって居るのに全くのぼせた気配もない。後から合流した京が紗愛との事を掻い摘まんで話した後に健介など顔色ひとつ変えずに京にそう返したのだ。翔太は途中でダウンして足首だけ浸かって居る。
「僕はそういう子、見た事ないな。多分クラス……いや、学校中探してもそんな子居ないよ。京は幸運だね」
健介にそう言われて京は頷いた。京もそろそろダウンしそうだった。
「ボクの周りにもそういう子は居なかったね。皆ボクを自分のものにする事だけに必死だった──ボクはバーゲンで揉みくちゃにされるバッグか何かだと思ったよ。
京は良い人に出会ったね」
誠も肩まで湯に浸かりながら京に微笑した。京は熱さだけではなく顔を赤くしながら嬉しそうに笑んだ。
「僕もそう思う。彼女は天使だ。僕の傷口に手を突っ込んで毒を取り出して薬を塗って包帯を巻いてくれた。
押し潰されそうだった僕の心を救ってくれたんだ。あんな人にはもう、会えない気がする。僕を、理解してくれる人。
きっと皆にも居るよ。近すぎて見えなかったり、まだ会ってないだけだと思う。皆にも紗愛みたいな人が早く現れる様にって願ってる」
「いっちょまえにそんな事言ってー。何が天使だよメルヘン京」
翔太が京の髪の毛をわしゃわしゃと撫で回し、京がびっくりして湯船が揺れ、はねた。肩まで浸かって居た誠が顔面から湯を被り、健介が調子に乗って湯を揺らした。
「コラコラコラ、やめろ、やめろって! ほら!」
誠が翔太を湯船に引っ張り込み、健介の肩を抱いて四人で円陣を組む様にした。頭を寄せ合い、京は正面に誠と向き合う。
が、顔を伏せて居るので四人の八つの視線は下を向いて居る。湯がゆらゆらと波打っていた。
「ありがとう、京。京の言葉が暗いボクらの未来を明るくしてくれた。この中ではボクが一番先に此処を出る。長く〝外〟なんて出てないから不安だよ。
だけどボクのサエちゃんを探してみようと思う。苦しい事や辛い時の方が多いだろう。
でも此処で得た君達との思い出は、ボクを此処へ戻らせたりはしないだろう。ボクがまた前へ進む為の力になってくれる筈だ。
全員が此処を出たら、集まって酒でも飲もう。恥ずかしい話だけど、女にはモテても男は仲良くなれなくてさ。此処で会った皆が初めての友達なんだよ。
だから、これからもよろしく」
「俺も、俺もなんだ」
誠が喋り切ってから間髪入れずに翔太が口を開いた。うつむけた顔を、一層顎を引いて翔太は続ける。
「つるんでただけの、仲間って言いたいだけの奴だったしそういう奴らとしか付き合わなかった。だから俺も皆が初めての、友達」
京は翔太の方を見た。誠がポンと翔太の裸の背をたたく。翔太の所の湯にだけ波紋が広がった。
「……僕も、昔から人間関係が上手くなくて、パソコンばかりしてた。パソコンの画面に浮かぶ文字だけの人間は簡単にトモダチだって言って、僕も簡単にトモダチだと思ってた。
でも、殺人をそそのかされて、予告を書いて、実際に殺してから気付いたよ。トモダチって殺人をそそのかす様な存在なのかなって。それは本当に友達なのかって。
遅すぎたけど、気付けて良かった。僕にも初めての友達、皆と会って出来たから」
健介が微笑して言った。京も微笑する。そして考えた。
自分は友達と呼べる存在が居たのかと。仲が良いだけの人物なら居た。京が学校に行かなくなって心配してくれる人物も居た。けれどそれは友情からして居た事なのだろうか。
不登校生が物珍しくて関わり、情報を得て違う人物達に言い触らしたいだけかもしれないと思うと、悲しくなった。そんな事を絶対にしないと言い切れる人物の顔が学校には居なかったから。
「僕も、皆が初めての友達だよ。こんなに沢山、深い事まで話したのなんて小学校六年も一緒だった子とだってなかったのに。
信じられる人も居なかった。だから僕はナイフを持って居たのかもしれない。僕によく似た男の子で、僕とは違うって分かってたのに同じ思いをさせたくないって思って僕のエゴで刺したんだ。
あの子には、僕とは違う未来が数えられないくらいあっただろうに。
僕がした事は何があっても許されない事だけど、此処に来て、皆に会えて良かった。
紗愛が居なかったら僕は十四歳のまま時間を止めて居て、皆とは会いもしなかったんだ。そう思うと何だか怖いよ。
僕は友達も知らないまま、眠ってたかもしれないんだなんて」
京は目を閉じる。頬を、汗とは違うものが流れて行った。
「ありがとう」
へへ、と翔太が笑って鼻をすする音がした。誠がクス、と微笑して健介が京の肩を掴む手に力を込める。それにつられる様にして四人はギュッと固く抱き締め合った。