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『こんにちは、京君。
今日は最近見る夢の話でも書かせて貰おうかな。もうずっと、三日置きくらいのペースで見る夢なんだけど。
あの浜辺でね、京君とあたしと並んで歩いてるの。別に会話とかなくて、波音だけがやけにリアルに耳に届くんだけど。
夢の中だから、あたしの足は砂を踏んでる感覚はなくて、でも歩いてるっていう認識はしてて。あたしが海側を歩いてて、京君の向こうには崖が見えるの。京君を初めて見付けたあの崖ね。
京君もあたしもあの時より大人になってて、あたしは今のあたし。という事は京君も大人に? って思うんだけど、顔が見えないの。
あたしの想像力が乏しいのかな。成長した京君の顔を思い描けないんだ。いつも見えないから、見たい見たいって思ってるうちに脳が刺激されて起きちゃうの。
で、起きた後にまた京君の顔が見れなかったって肩を落とすんだよ。少しは顔見せてくれても良いのにね。京君の意地悪。
どんな風になってるのかな。怖いけど、会いたいな。会えたら良いのに。楽しみなのにね。
あたしはあまり変わってない。髪の毛、伸ばしてみたけど浜を歩く時に潮風に持ってかれちゃうからこの前切っちゃった。
京君の居る所が厳しくて全員坊主頭とかでも想像出来ない! やっぱりあたしに想像力ないのかな。
京君が其処から出て来る頃にはすっかり背も伸びてるんだろうね。同じくらいだったのに、今度会ったら見上げなくちゃならないんだ。あ、それは想像出来た。何か不思議なカンジ。笑っちゃった。
その頃には、あたし何してるんだろうね。今、専門学校に行きたくて資金作りの為にバイトしてるんだけど、資格とか取って働いてるのかな。
あ、バイトはそんな大したものじゃなくて、ファミレスで毎日ハンバーグとか運んでるの。嫌なお客さんも居るけど、家族連れの小さな子供を見たらそんなのも吹っ飛んじゃう。あの笑顔は魔法みたい。
ほっぺとかケチャップやソースでベタベタなんだけど、それがまた微笑ましいよ。
きっとあたしにもあんな頃があって、京君にもあったんだろうね。で、同じ様に両親に連れて来て貰って、同じ様にお子様ランチで喜んでたのかも。
あたしがもし、子供を産んだとしたら、同じ事をさせてあげたいな。でもあたしと同じものは見させない。R指定物は、R指定の年齢を超えてからじゃないとね。
あたし達はまだ幼すぎた。それが言い訳にはならないけど、もっと強かったなら傷付きすぎる必要はなかったのかもしれない。必要なだけの痛みを知って、優しさを持てたのかもしれない。
京君は、あたしよりも年下なのに同じくらいの量のR指定物を見てたんだよ。警告も耳を塞いで目を閉じる時間も与えられずに、はりぼての垣根を飛び越えて来た情報に。
こっちでは、まだ人が人を殺してるよ。何かの為なんて言いながら血を飛ばしてるよ。守ると言って破壊を繰り返してるよ。
戦争も終わらずに、銃が火を吹いて地雷が体の一部を持ってって、子供達は親を亡くして親は子供を亡くしてる。
それでもまだ、大人は自分達がそれを引き起こした歯車のひとつである事を認めようとしないんだよ。
……ねぇ、京君。段々とあたし大人に近付いてるけど、そんな大人になりたくない。
もうあたしや京君みたいな子供にさせる大人にはなりたくないよ。どうしたらそんな大人にならずに済むんだろう。
あ、こんな話になっちゃってごめんね。夢の話だったのにね。
見る方じゃなくて叶える方の夢も、壊れない世界になれば良いのにね。その歯車のひとつになら、喜んでなりたいな。
それじゃぁ長々とごめんね。また手紙書きます。
──倉林紗愛』
「京」
声をかけられて京は紗愛の手紙から顔を上げて翔太を見た。翔太が風呂行こうぜと京を誘う。
「手紙は逃げないぜ。早く風呂入って戻って来てから読めよ」
それに、と翔太は笑った。
「健介も誠も、サエちゃんがどんな子か気になってるだろーぜ」
話したくなきゃ話さなくて良いけどよ、と翔太は京を気遣ってか続けた。京は今読んだばかりの手紙を戻して着替えを用意するとベッドから出る。
「誠はもう女の子の話はお腹一杯じゃないかな」
京がそう言うと翔太がまた笑った。まぁな、と言って伸びをする翔太は京と同じくらいの背丈だ。どれ程身長が伸びたかは来月の健康診断までは分からない。
「けど京にとってサエちゃんが恋人じゃなくて恩人ってなったら誠は聞きたがるんじゃないか? あいつ、女は厄介事しか持ち込まないって思ってる節があるからな」
トラブルではなく、心を救う女性も居るのだと知ったら誠はどう思うのだろう。京はそう思って目を伏せた。
「誠も、そういう人も居るんだって知ってたら此処には来なかったかもしれない」
「よそうぜ、もしもの話をするのは。もしもの話は先の事だけだ。俺達がして来た事は変わんないんだからさ」
翔太が京を見ずに口を開く。その言葉に、京は頷いた。
「うん、ごめん」