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Letters~朽ちた羽根の贈り物~  作者: 江藤樹里
紗愛からの手紙
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1-2



 「でっかい段ボールだねぇ。野菜貰ったの?」


 ベッドに腰掛けて本を読んで居たのは京よりひとつ年下の少年だ。黒髪は女性も羨む程に美しく天使の輪が白く光って居て、肌は陽に灼けて褐色をして居る。

 此処に来た当初は外など知らぬ、折れそうな体躯と雪の白さを誇って居た。矢張と言うかイメージ通りと言うか、パソコンだけが生き甲斐でネットで殺人予告をした挙句に通り魔をしてしまった少年である。

 酔ったOLをこれまた刺殺。殺人をしようと思って偶然家の前を通り掛かったからというだけの理由で、まだ陽の落ち切る直前の夕刻の犯行だったらしい。


 「野菜じゃないんだ、健介。手紙なんだよ」


 「ラブレターかい? 随分と激しいね」


 二段ベッドの上段で寝転がって本を読んで居た少年がクスクスと笑いながら起き上がった。彼がこの部屋で一番の年長者で、年齢は十八。長くはないのにサラリと音がしそうな細い黒髪に、笑うと妖艶な色気を出す目元、相当の美少年である。同じ男なのにと京は初めて会った時ドキリとしたものだ。

 彼は幼い頃から既にその美貌を駆使して居たらしく、数人の女性と恋愛トラブルが絶えなかったらしい。ある日、女達が煩わしくなって一掃したのだと言って居た事がある。そして矢張、刺殺。


 「僕は誠みたいにモテないよ。第一、差出人も男か女か分からないのに」


 京の居る部屋は、全員が刺殺による犯罪を犯した者達で構成されて居た。全員が同時期──健介だけが一年後──に此処に入所したのだ。

 健介が来る前は違う少年と同室だったが、その少年は受刑期を終えて厳しい外へと脱皮して行った。此処を去る前日、彼は京達三人にこう残した。


 ──人間は、間違う生物だ。オレは、大切に想って居た彼女を怒りに任せて手にかけた。後悔した。夜も眠れなかった。だがな。

 人間は、学ぶ生物だ。間違いを間違いだと認め、認識すれば今度はストッパーが働く。どうしても殺したい時は頭ん中で殺せ。そしてその後に、頭ん中で殺してた自分を殺せ。それから自己嫌悪して成長しろ。

 オレや、お前達のした事は消えない。死んだって、消えない。誰に許される事もない。誰にも許されてはいけない。一生、悲しみと懺悔を抱えなくちゃならない。そういう生き方をオレ達は選んだんだ。もう変更は出来ない。

 だけど悲観するな。必ずオレ達を受け入れてくれる人間は存在する。それは家族だったり恋人だったり、全然知らない人だったりするだろう。オレ達のした事を知りながら、受け止めてくれる人間は居るんだ。

 此処は、そういう人間が悲しい程に沢山居る。皆が何らかの罪を犯して此処に来たからな。だが、そういう場所でだって、友達は出来る。お互いのした事を知りながら、友達になれる。

 だから大事にしろ。オレが此処で学んだのは、それだ──。


 数ヶ月しか一緒には居られなかったが、面倒見の良い少年だった。彼が居なくなった後は誠が最年長となり、リーダーとなった。そして他人なんてどうでも良いと言って居た彼は、リーダーとして頑張って居る。


 「早く開けてよ」


 健介に促されて京は段ボールの蓋を開けた。うわぁ、と四つの口から感嘆の声がもれる。先生の言った通り、段ボールは手紙で一杯だったからだ。


 「随分と可愛らしい封筒だね。女の子からだ、京」


 一番上の封筒を取ってベッドから下りた誠が差出人の名を見せると、京は目を丸くし、それから満面の笑みが広がった。


 「紗愛だ!」


 おやおや、と誠が肩をすくめる。翔太が京の後ろから覗き込んで茶化そうと笑った。


 「彼女? 健気だな、こんなに沢山」


 「違うよ! 紗愛はそんなんじゃ……」


 あ、と翔太が悲しそうに眉根を寄せたので京は尻切れとんぼに口をつぐんだ。翔太の手が封筒を掴み、眺める。


 「全部開封されてんの?」


 「チェックしたって」


 あーあ、と健介が残念そうに呟いた。京に手紙を返した誠が先に風呂入ると言って部屋から居なくなる。それを健介も追いかけて行った。


 「そのサエちゃんってのは、京の何なワケ? 兄弟でも恋人でもなし。でもこんなに手紙をくれる。此処にあるって事はトーゼン京が何やったか知ってんだろ?

 京の喜び様からして悪い事じゃなさそうだし」


 自身の髪の毛を触りながら翔太は京に尋ねる。京は誠から返された封筒から中を引っ張り出しながら短く答えた。


 「恩人だよ」


 それ以上でも、それ以下でもない。紗愛は京の命を救い、心を救った。そんな優しい少女に自分の事を黙りながら傷付けたのだと京は胸中で呟く。

 正直言って、手紙の差出人が紗愛だという可能性はほとんどと言って良い程に考えて居なかった。京ならば、手紙など出せないだろう。

 紗愛は矢張、優しい。


 「どれくらいあるんだろうなぁ。俺にもそういう子が居れば良かったのに」


 翔太の言葉に、箱を抱えてベッドに潜り込みながら京は、居るよ、と答えた。


 「言われたよね。『必ず自分を受け入れてくれる人が存在する』って。紗愛は僕にとってそういう人なんだ。今、そう思った。迷惑かけたからずっと申し訳なく思ってて自分から手紙出す事も出来なかったけどね」


 そうか、と翔太は言った。京は紗愛の手紙に視線を落としたので翔太の表情は見えなかったが、笑んだのが空気の変化で分かった。



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