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『前略。
堅苦しいのは慣れてないので、マナー違反だと言われても普段の口調で書かせて貰います。
こんにちは、京君。今年の冬は割と暖いって話だったけど、京君は風邪なんてひかないで健康で居る? 其処はちゃんとした食事とか出してくれてると思うけど、体に良いものを摂ってね。
あたしの周りでは、風邪をひいてる人が結構居るんだ。って言ってるあたしも実は風邪ひいてたんだけどね。今はもう治ったんだけど。
やっぱり近くに海があるとどんなに暖冬って言われても年中そんなに気温変わんないからよく分かんないんだ。朝の冷え込みが和らいだかなとは思うけどね。
そうそう、気温じゃ分からないけど暖冬のせいか、こっちでもう桜が咲いたんだよ。あたしはまだ本物を見に行ってないからテレビで見たけど、凄く綺麗だった。京君が戻って来たらお花見も行きたいね。
京君が居る所に桜の木はあるのかな。あたしは桜の花を見ると春だ! って思うけど京君はどうなんだろう。もっと沢山話したかったよ。
そう言えば、あの日からもう二年も経つね。一緒に居たのは二日間だけなのに、もう二年も会ってない。
それまでのあたしの時間の中に京君は居なかったのに、変なカンジ。あたしが京君の親戚か何かだったら面会の許可が貰えて、こんなに沢山の手紙送ったりしなかったのにな。あれ、でもやっぱり書いてたかも。
……ねぇ、其処は手紙のお返事も出来ない様な場所なのかな。それともあたしが今まで京君に宛てた手紙は届いてないのかな。
二年間も手紙を出して、一通もお返事が来ないのは何だか淋しいよ。読んで貰えてるかどうかも分からない手紙って、其処に綴って認めたあたしの気持ちが途中で迷ってるかもしれないって事だよね。
それってやっぱり淋しいよ。
あたしと京君を繋ぐ物が何もなくなっちゃう。電話も出来ない、会えもしない、写真もない、それなのに。
言葉まで、文字まで持ってっちゃうなんて、そんなのあんまりだよ。
だから、ちゃんとあたしの言葉が届いてるのかどうか、明日確認に行って来る。
京君の御両親に、会って来るよ。
駄目だなんて言わせない。京君が其処に居る事も、京君の御両親が教えてくれたから。……って言っても、御両親の持って来たお詫びの品と交換したんだけどね。
『そんな物要らないです。迷惑だなんて思ってないから、京君の居場所を教えて下さい』って。うん、あの時のあたしは格好良かった。
ねぇ、京君。君が約束を忘れても、あたしはずっと守り続けるよ。君が『ごめんね』と言って放したあたしの手はまだ、握って貰うのを待ってるから。
言ったよね。『京君の居場所は此処、京君の生きる意味は此処にあるから』って。
あれ、口から出任せのつもりはないよ。あたし、まだ、此処に居るから。だから、会いに来てね。
待ってるよ。
──倉林紗愛』
京は笑った。自分に与えられた部屋の中で、唯一の自由時間となる就寝までの僅かな時間に。
今この手に持つのが、紗愛の努力の結果だと思うと何だか嬉しかった。
冬橋京、と呼び出されたのは夕食の時だった。呼び出される節も思い当たらず、首を傾げながら赴けば、段ボールを一箱渡されたのだ。
京を呼び出した教官は、先生と呼ばれて居た。正確には法務教官といって、京の様な少年少女の居るこういった施設に勤めて居るらしい。
その先生が、此処を全て仕切って居た。本来ならば先生より上の人物が居る筈なのだが、京は此処に入所する時に一度会ったきり会った事はなかった。
「それは、君の御両親からの物です。中身は手紙、全て検査の為に開封されて居ます。御両親も一度目を通しており、差出人もそれは承諾してます」
先生は男で、表情はボーッとして居る時は怒って居る様に見える。この場所で気を抜く暇など滅多にないが、逆にそちらの方が怖いと少年達の間では評判だ。
だが少年達が品行方正であればある程、先生が笑顔になるのは京も知って居る。先生は意外と多彩な表情を持つのだ。
「御両親の話では、君とはあまり関係のあった人物ではないそうですね。だからこそ我々も君にこの手紙を渡す事を躊躇して居ました。
けれどその人物は、こんなに一杯になるまで君に手紙を送ってくれて居たのです。返事ひとつ寄越さない君に、何十通も、何百通も」
京はそんな人間が居るなどにわかには信じられなかった。何せ京は犯罪者なのだ。昔と言うにはあまりにも最近すぎる二年前に、京は幼い子供の命を奪った。そんな人道すら踏み外した京に、一体誰が?
「……先生は、僕に仰いました。『あまりにも深い罪は、罰では終わらない。此処で心機一転、生まれ変わったつもりになっても〝外〟は君の努力を知らない。
〝外〟に出ても、辛い事ばかりがあるだろう』と。そしてそれを享受して償いをして行くしかないのだと仰いました。
僕はどんな罵詈雑言でも受け入れるつもりです。僕はそれだけの事を、やってしまったから」
京の言葉に、先生はやれやれと言った表情で笑った。おかしい様な、困った様な、そのどちらも合わせた様な表情だった。
「大人になりましたね、冬橋京。その心をずっと大切に、刻み込みなさい。
ですがその段ボールの中の手紙に、君を罵倒する文字はひとつもありませんでした。その箱一杯に、優しさが詰まって居ます。
良い友人を持ちましたね、良かった」
今まで見た事もない先生の笑顔に、京は思わず段ボールを抱える手に力を込めた。平仮名で「やさい」と書かれたそれは近所のスーパーマーケットで此処の食料として買われた物だろう。まだ何処か小松菜臭かった。
与えられた部屋に戻った京を、三人のルームメイトが出迎えてくれた。一部屋を四人で使用して居るのだ。
「おかえりー、京。先生何だって?」
一番近くに居た少年は京と同じ十六歳の少年で、色素が薄いのか元々の茶色がかった髪をして居た。彼はコンビニ強盗に入り、誤って店員を刺殺してしまった不良だった。京と同時期に此処へ来て、一番の仲良しである。
「あぁ、翔太。そんな大した用事じゃなかったんだけど……」