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空中軍艦  作者: ミルクレ
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第二艦隊と極東艦隊

 太平洋戦争開戦から遡ること一年。第四次海軍軍備充実、通称マル四計画を進めていた海軍は大幅な組織改編を行っていた。

 強行的なまでの改編は、対米戦を不可避なものと判断した海軍上層部によって断行されたのだった。

 これまでの海軍は艦隊決戦の要である第一艦隊、ヒットアンドアウェイによる漸減を行う第二艦隊という編成であった。空母は各艦隊に分散配置されて、第一航空艦隊はその一部を供出した形であった。非効率的なことこの上ない。

 効果的な運用を行うためにも、山本は嶋田らとの協議の上、自分の懐刀である樋端久利雄を含む数名に命じて、海軍の新編成を行った。開戦の気配もあり、新しい艦隊にはほとんどの人員が留任した。

 空母主体の第一航空艦隊は第一艦隊と第二艦隊の所属だったものを独立させ、第三艦隊として新編した。

 

 第三艦隊。山本の航空主兵主義の尖兵として編成された。主力艦としては、最大の航空戦力を誇る第一航空戦隊の〈加賀〉〈赤城〉、中型空母で構成された〈蒼龍〉〈飛龍〉が配備されていた。その周囲を防空巡洋艦と銘打って改装された〈長良〉型軽巡四隻と、重巡洋艦並の排水量を誇る軽巡洋艦〈最上〉型四隻が護衛。その隙間を設計中である乙型防空駆逐艦が埋める予定だ。

 

 これまで帝国海軍最強を誇っていた第一艦隊は、弱体化を余儀なくされた。最大一〇隻もの戦艦を抱えていた艦隊も、第一戦隊〈長門〉〈陸奥〉の二隻になっていた。大艦巨砲主義者にとって冒涜とも取れる状態に、さすがの山本も抑えが利かずに、新鋭の四六センチ艦砲装備の第一号艦と呼ばれていた戦艦を建造することになった。二号艦と合わせて新たな戦隊を組む予定である。

 それでも最盛期の半分では、と反発の声も大きく、練習艦となっていた〈扶桑〉〈山城〉〈伊勢〉〈日向〉を近代化改装、現役復帰させることになり、大鑑巨砲主義の主魁である伏見宮博恭も納得した。この四隻は第三戦隊と第五戦隊に分かれて所属することになっている。

 その他に〈妙高〉型重巡四隻、〈古鷹〉型重巡四隻、第一から第三までの水雷戦隊を包し、航空戦力こそ〈鳳翔〉〈龍驤〉の二隻と少ないが、砲戦力は依然最強であった。

 

 漸減邀撃の要であった第二艦隊も、〈金剛〉型戦艦を改装した〈金剛〉型空母四隻と、その穴を埋めるべく建造された〈天城〉〈生駒〉の第四戦隊と〈鞍馬〉〈伊吹〉の第六戦隊が配備された。

 攻防能力に優れた中型空母を増強する必要から改装された〈金剛〉型空母は、五九機の艦載機数を持っており、空母としては普通ではあるが三〇ノットを誇る健脚は依然健在だ。ちなみに〈金剛〉型の代替艦として設計された〈天城〉型高速戦艦の三連装三五.六センチ艦砲は元々〈金剛〉型に使われているものを流用し、生産コストを下げている。将来的には空中戦艦〈浅間〉型の五〇口径一四インチ砲への換装も視野に入れてあった。

〈高雄〉型重巡も継続して配備、さらに新鋭重巡〈利根〉〈筑摩〉も追加配備された。

〈利根〉型は五〇口径六インチ三連装を四基装備する軽巡であり命名基準も軽巡に則っているが、その実戦時には主砲を八インチに換装し、重巡として運用されるよう設計してあった。本来ならば〈最上〉型も同様の措置が取られる予定であったが、「第三艦隊直衛ならば、対空砲として運用できる六インチ砲にすべき」との声により換装は見送られた。

 

 この他に海上護衛総司令部が指揮する第四艦隊には〈松〉型駆逐艦や〈天龍〉〈龍田〉〈夕張〉などの旧式軽巡が、潜水艦を主力とする第六艦隊には水上速力を重視した設計の伊号潜水艦や隠密性と量産性に優れた呂号潜水艦が建造配備された。

 

 

 一九四〇年一一月三〇日。

「私が、ですか」

 海軍中将小澤治三郎の声が小さく響く。

 彼がいる〈長門〉の司令部では応急長の下、専門に配属された応急班が忙しく可燃物を取り外している。

「そうだ。君に任せたい」

 嶋田繁太郎は楽な姿勢で座っている。しかし小沢は緊張した身体をほぐすこともできない。

「私は海軍兵学校三七期です。私以外にも高橋中将(高橋伊望)や南雲中将(南雲忠一)がおりますし、序列としても」

「序列は、無しに考えるのだ」

 有無を言わせぬ強い口調に、横で作業をしていた応急班員が身体を竦めた。

 この時、小澤の脳裏では考えが目まぐるしく巡っていた。

 序列を考えないというのはどういうことだ。合衆国式のように、戦時には特別に昇格させる手法へ切り替えるのか。ならば中将の自分以外の、例えば山口多聞などを昇級させて任せればよいのではないか。

「おっしゃる意味がよくわかりません。どういうことでしょうか」

「君はすでに中将だ。中将が艦隊を任されて何か問題があるのかね」

「しかし、第二艦隊を任されるほどの技量は私にはありません」

 第二艦隊は帝国海軍でも主力の艦隊であり、開戦後の南方資源地帯制圧の要であった。台湾から出撃する上陸部隊を護衛、マレー半島への揚陸を任されている。その司令長官に土壇場で着任することになったのだ。

 

 固辞する小澤に対し、嶋田は小澤を高く評価していると告げた。

「君は現在の第三艦隊の雛型を作り、航空方面についても明るい。参謀長の大西君も高く買っていたぞ。高橋君には第四艦隊、南雲君にはすでに南方派遣艦隊を任せている。他に人員がいても、彼らもすでに仕事があるのだ。それに、だ。私が君に任せたいのだ」

 畳み掛ける言葉に、小澤もついに折れた。

 これは山本と嶋田、塩沢と堀による戦時下での年功序列を崩す計略のひとつであった。序列制度が強固になりすぎた帝国海軍に新しい風を吹かせるためであった。

 有能な者であれば序列を無視してでも登用すべし。この動きが海軍にもたらした効果はまだ現れていない。

 

 

 同年一二月一五日午後、マレー半島沖。

 小澤は第二艦隊旗艦〈天城〉の艦橋にいた。

 第四艦隊のフィリピン上陸作戦と同時に行う、マレー半島上陸作戦のためだ。

 この作戦は開戦前から準備がなされており、アメリカに限らず連合軍全体との開戦が不可避になった場合に備えた措置であった。そのため十分な準備を行えた山下中将率いるマレー攻略部隊も士気軒昂であった。

 三日前、マレー第一軍はコタバルへの上陸を成功させ南下を始めている。

 フィンランドでの成功により増産された九九式砲戦車ホイ車や、四七ミリ長口径砲を備えた新型の一〇〇式中戦車チニが揚陸されると、機甲戦力の無いコタバルのイギリス植民地軍は退却し後方に防衛線を敷いたという。

 自転車を利用した銀輪部隊と戦車の進軍速度は凄まじく、一日数十キロを走破している。このままでは防衛線を追い抜く勢いだ。

 王立海軍は陸軍の求めに応じ、極東の全戦艦を出撃させた。

 そして今小澤の第二艦隊は、イギリス本土艦隊から派遣された通称Z艦隊を迎撃すべく、出撃したのだった。

 入港を確認した艦は〈ネルソン〉級戦艦二隻、〈リヴェンジ〉級戦艦四隻、空母〈ハーミス〉〈アーク・ロイヤル〉。それに対しこちらは改ワシントン条約で決まっていた巡洋戦艦四隻と空母四隻。戦艦数の上では不利だが、航空戦力で攻撃は圧倒している。

 上陸作戦は終了し、マレー半島の航空基地への攻勢は陸軍の航空隊が進出したことで完了した。残るはZ艦隊の邀撃のみだ。

「長官!英国艦隊の出撃を確認しました」

 電信室に詰めていた参謀長の大西瀧治郎少将が〈天城〉の艦橋に駆け込み、報告をしてきた。

「うむ、来たか」

 イギリス艦隊の司令はこちらの撃破を優先してきた。ならば速急に判断を下さねばならない。

「〈高雄〉と〈愛宕〉は現在陸軍支援のため北上中。使えるのは第四、第六戦隊の本艦〈天城〉と〈生駒〉〈鞍馬〉〈伊吹〉の巡戦四隻、〈鳥海〉〈摩耶〉〈利根〉〈筑摩〉の重巡四隻、〈球磨〉の五水戦(第五水雷戦隊)と〈多摩〉の六水戦(第六水雷戦隊)です」

 フィリピンのアジア艦隊はマニラに籠もって出てこず、第一艦隊も苦労しているという。ここで敵を逃すとまずいことになる。

 そのことは幕僚たちも承知であり、自然と積極的な案が飛び交った。

「敵艦隊は上陸地点への攻撃を仕掛けてくるでしょう。空母も〈鳳翔〉と同時期の旧式空母と正規空母が一隻ずつ。上空援護は脆弱のはずですので、ここは航空攻撃を」

 航空参謀の三代一就中佐が提案した。

 それに反論するのは砲術参謀の神重徳大佐だ。

「空母四隻と言っても改装空母だ。それに連日の出撃で搭乗員に疲労が見られる。中途半端な攻撃にならないか」

「陸軍航空隊がマレー半島に進出してから砲撃支援が主になり、航空攻撃は三日ほどやっておりません。飛行長などは意志軒昂であります」

「敵艦隊は旧式戦艦ばかり。新鋭の〈天城〉型ならば、速力で翻弄し優位な戦闘が可能かと愚考致します」

「魚雷や対艦爆弾は多数残っております。攻撃力の低下はほとんどないかと」

 大西が情報を補足する。

 作戦参謀の大石保大佐と神は戦艦による砲撃戦を主張しており、大西と三代は航空攻撃を主張している状況だ。

 小澤は経験不足を実感しており、参謀の提案には耳を傾けるようにしている。今回も幕僚の意見を細かく吟味しつつ、会議を進めていた。

 今回はどうすべきか、小澤が思案するなか作戦会議は白熱しており、決着は付きそうにない。

 不意に小澤が顔を上げ、「鬼瓦」とあだ名される顔で幕僚を見渡した。彼らがこちらに注目したのを確認すると、司令長官は口を開いた。

「航空攻撃後砲撃戦を挑む。索敵機を」

 命令は下された。第二艦隊司令部は慌ただしく動き出した。

 

 Z艦隊司令長官トーマス・フィリップス大将は日本艦隊との決戦を望んでいた。

 マレー半島では破竹の勢いで進撃する日本軍を止められず、このままではシンガポールまで迫られてしまう。それを防ぐにはマレーへの補給を断つ必要がある。そして補給を守っているのは日本艦隊だ。

 フェアリー社が開発した複座戦闘機フルマーが艦隊上空を旋回しているのを見上げていると、〈ネルソン〉艦長のジョン・リーチ大佐が話しかけてきた。

「極東艦隊にこれほどの戦艦が揃うとは思いもしませんでしたな。壮観な眺めです」

 フィリップスは六隻もの戦艦が縦陣で進撃する様を、上空のフルマーからどう見えるか想像しつつ、リーチへ向き直る。

「日本海軍は四隻以上の戦艦を、このマレー攻略に投入したからな。巡洋戦艦とはいえ新鋭だ。これで少な過ぎることはあるまい」

 無論不安要素もある。航空機による攻撃で舵を損傷した〈ビスマルク〉の例もあるし、補助艦艇が少ないことも気にかかった。

 贅沢は言っていられない。本国ではドイツの上陸作戦を阻止すべく動いていたし、そのためには少しでも多くの艦艇が欲しいに違いない。極東に六隻の戦艦が配属されただけでも、とてつもない僥倖なのだ。

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