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空中軍艦  作者: ミルクレ
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血染めの二・二六

 海軍航空本部長山本は熱燗を気持ちよく飲み干すと、後輩たちをにこにこしながら見ている造船中将藤本に話しかけた。

「藤本さん。マル二計画の追加案、どうにかねじ込んでやったぞ」

「本当ですか!そりゃあよかった、よかった。しかしそんなお金、どこにあったんです?」

 マル二計画とは昭和九年(一九三四年)から三年を費やして行われた海軍建艦計画である。航空母艦〈飛龍〉と〈蒼龍〉や重巡洋艦〈利根〉型の予算が承認された計画であったが、ここに山本らは空中軍艦をねじ込んだ。数は二隻だが、空と海の新技術を多く取り込んだ意欲作となる予定である。

「浜口首相のころ、財政で大失敗しただろう?それで国民総労働運動があって、女も働くことになった。まあ働き口が無くちゃどうしようもなかったんだがな」

「そうでしたっけ。いやあ、あのころが一番忙しかったんで憶えてなくて……」

 藤本は照れ臭そうに頭を掻く。藤本さんらしいや、と山本は笑った。

「そいで今度は達磨さん(大蔵大臣高橋是清のあだ名)が積極財政で円安に、輸出を強化してどうにかこうにか経済は持ち直した。と思った矢先にブロック経済だ。これじゃ日本の売り物は誰も買ってくれやしない」

 そこで山本は一息つき、すかさず藤本は山本の器に熱燗を注いだ。会釈をして唇を湿らせるように酒を舐めると、山本は続けた。

「そんで今度は中国に品物を売ろう、ということになった。アメリカさんに門戸開放しても安い日本製品は有利だし、あちらの批判も避けることができる。まあ後半は米内さん(横須賀鎮守府司令長官である米内光政中将)と井上くん(横須賀鎮守府参謀長である井上成美少将)がねじ込んだんだがね」

「でもそれじゃ陸軍さんが不満に思うんじゃ……ああ、それで渡辺大将」

 藤本は陸軍教育総監で空中軍艦の後援者の、渡辺錠太郎大将の顔を思い浮かべる。

「ああ、そうだよ。あの人が対支一撃論に否定的でよかった。予算縮小の件もあって、陸さんに大分恨まれてるらしいのが不安なんだがな…」

「軍縮といえば、だ。高橋大臣と岡田首相(内閣総理大臣で元海軍大将の岡田啓介)が艦隊派や大角大臣と軍縮でやりあってるらしい。大角さんも困ったもんだ。山梨さんを予備役に回しちまうし。高橋大臣なんて今も海軍省にいるようだぞ」

 話が耳に入ったのか、山本の友人である長谷川清中将が口を挟んだ。藤本が壁の時計を見ると、針が一二時を指していた。

「おっと、いかん。明日に響くかもしれん。そろそろお開きにするかな」

 山本の一言に腰を上げる一同とともに、藤本も帰宅することにした。

 

 まだ日も昇らぬ時刻に藤本は目を覚ました。横で静かな寝息をたてる妻の鶴の寝顔に安心しつつも、なにやら不穏当な気配を感じた。

 下宿人である福井静雄はもう起きているだろうか。彼の部屋を覗くと明かりこそ付いていたが無人であった。首を傾げながらも明かりを消そうとしたとき、玄関がけたたましい音を立てた。

「藤本さん!藤本さん、起きてください!」

 息を切らせながら福井は夫婦の寝室へかけ込んできた。藤本はその無作法を不快に感じたが、よほどのことが起きたのだと確信した。

「君、何が起きたというのだ。ゆっくりでいいから話してくれ」

 あまりの興奮につっかえながら福井はまくし立てた。

「陸軍が決起しました!霞が関のあたりはもう戦場で、天誅やらなんやらで大騒ぎですよ!」

 起きぬけに戦場と聞いて、びくりと身体を震わせた妻の肩を撫でながら、藤本は顔見知りの陸軍士官たちを思い浮かべた。

 詳しく聞くと、福井は深夜まで読書をしていたらしい。ふと顔を上げると、何やら外が騒がしい。様子を窺いながら外に出ると、陸軍兵士が軍装で通りを封鎖している。福井は「防空戦略研究会」陸軍士官から聞いた話から、ついに陸軍が暴発したと確信したとのことだった。

 藤本は制止する妻と福井を宥めてから、封鎖に当たっている兵士に詳しいことを聞くため、コートを羽織りつつ表へ出た。確かに道には臨戦態勢の兵がいる。勇気を振り絞り、藤本は新兵に見える男に話しかけた。

「ちょいと、君。朝早くからどうしたんだい」

「軍務なので言えません」

 にべもなく断られてしまった。藤本は咳払いをし、できるだけ威厳に満ちた話し方に変えた。

「私は造船中将の藤本喜久雄である。貴官の姓名、所属を答えよ。このような行為は治安を著しく損なうが、どのような命令に従って通りを封鎖しているのか」

 目の前の新兵は驚いて目を見開き、直立不動の体勢になった。

「はっ、歩兵第一連隊、本多猪四郎であります!上官から叩き起こされ『ただちに装備を整え整列せよ。出動命令である』としか承っておりません!」

 藤本は思案するが、何が起こっているかはよくわからなかった。所沢の空中軍艦研究室に行けば何か分かるかもしれない。藤本はいつも通り優しげな話し方に戻し、本多に呼び掛ける。

「本多君。これから所沢航空基地まで妻と下宿人とで行かなければならなくなった。全責任は僕が取るから、車を出す許可を出してくれないか。不安なら一緒に付いてくるといい。温かい茶でも入れてあげよう」

 本多は思案顔になったが、冷たい風が吹いた途端に了承した。風通しの良い大通りを警備するより、こちらの方が良いと判断したらしい。同僚のこれまた新兵に警備を任せると、福井が運転する車の助手席に乗り込んだ。

 

 迂回路を使いながら所沢に到着すると、今度は海軍陸戦隊が三八式小銃を構えていた。彼らは藤本の身分を確認するとただちに司令部へ通された。妻の鶴を福井と本多に任せ、扉が開けっぱなしの指令室の前で敬礼した。

「造船中将、藤本喜久雄。入ります」

 地図を見つめていた背中が振り返ると見知った顔ばかりであった。長谷川中将、塚原二四三少将、有馬正文中佐など海軍の士官や、畑俊六中将、飯村穣大佐、寺本熊市大佐など陸軍の士官が集まっていた。彼らは皆防空戦略研究会の参加者か後援者であった。

「藤本君、無事だったのか」

 長谷川は藤本に近づくと、力強く手を握った。

「は、なんともありません。それより何が起きてるんですか?」

「若いのが五・一五の焼き直しさ。残念だがあの時より規模も大きい」

 陸軍航空本部長である畑は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「荒木さんか真崎さん(両人とも陸軍皇道派の指導者)か知らんが、大変なことをしてくれた。渡辺閣下や岡田首相が暗殺された」

 地図を睨みつける畑を藤本は恐ろしく感じた。普段は温厚な人柄であるだけに、凄みを感じさせる顔つきであった。

 岡田首相の就任は財政立て直しだけはなく、軍部の反発を抑えるためでもあった。軍縮に対する批判を少しでも和らげるため、後備役となった海軍出身の岡田を担ぎ出したのだった。統制派の林銑十郎を罷免し、中間派であった川島義之を陸軍大臣に据えることで、陸軍の派閥争いを抑えようとした試みは、この日失敗に終わったことになる。

「まずは情報が要る。誰が襲われ誰が無事か、どの程度の決起なのか。全てが分からんのではどうしようもない。藤本さん」

 突然畑に話を振られ身体を強張らせた藤本だったが、どうにか声を絞り出す。

「は、なんでしょうか」

「空中軍艦を出す。どれくらい掛かるかね?」

 室内がどよめいた。いくらなんでも空中軍艦を出すなんて、帝都を戦場にするつもりか。そのような空気が流れた。

「……実験艦の〈神田〉ならば、今すぐにでも。あ、しかし弾薬などを搭載するのであれば、三時間ほど掛かります」

「弾は要らんよ。帝都で戦うつもりはない」

 ふ、と笑う畑を見て一同は肩を撫でおろす。それほどに畑の様子は鬼気迫るものだったのだ。

「よし、そうと決まれば動くぞ。宮城か海軍省か、どちらを先にする?」

 長谷川が地図を指し示すとすかさず有馬が時間を計算する。

「罐を目いっぱい炊けば、宮城まで一時間ほどですが」

「いや、先に霞が関へ向かう」

 長谷川の一言に、それまで沈黙していた塚原は反対した。

「霞が関一帯は連絡が取れず、すでに決起部隊に制圧されたものかと。最悪無駄足になるかもしれませんぞ」

「海軍省も制圧されているかもしれん。だが可能性がある限り、その救援に向かうことが先決と愚考するが、どうか」

 塚原も納得し、了解いたしましたと答えた。

「善は急げだ。私と畑さんはここを動けない。塚原君が〈神田〉で行きたまえ」

 藤本は声を上げた。

「待ってください。私も行かせてください!」

「研究熱心なのはいいが、大きな危険を伴う。藤本さんには空中軍艦の運用に不慣れな、僕たち司令部を支援してもらいたい。どうだろうか」

 長谷川は優しく、しかし有無を言わせず拒否を伝えた。藤本は正体の掴めない焦燥感に苛まれながらも、諦めるほかなかった。

 飯村や寺本も現場に混乱をもたらすということで司令部にて待機、有馬は海軍陸戦隊の指揮を執ることになった。陸軍兵士は大勢いたがやはり現場が混乱するとの判断で、所沢近辺の守備を任された。

 

「高橋はどうなった。まだ海軍は渡さんか」

 中橋基明中尉は腹心に何度目かわからない同じ言葉をぶつけた。中橋は高橋襲撃と宮城占拠を任されていたが、高橋は自宅に居らず海軍省に詰めていた。そのため部隊を二分し宮城占拠へと向かわせ、自身は海軍省へと赴いた。海軍省は横須賀鎮守府参謀長の井上成美の策略により防備が固められていたが、所沢や各地の航空基地へも捻出した兵力のため極めて小規模であった。強硬論としては武力制圧を望む声もあったが、中橋はそれを退ける。クーデターが成功したとしても、海軍の態度が硬化するのを忌避したためであった。一触即発の空気のなか、両軍兵士とも臨戦態勢を維持していた。

「くそっ、奸賊の高橋を討たねばならぬのに。君側の奸が大元帥陛下を誑かしておるのがわからぬか」

 しかも陸戦隊を指揮しているのは、陸軍嫌いで有名な豊田副武中将であった。向こうでは発砲を渋る大角大臣と、先制攻撃を求める豊田軍務局長が睨み合ってるに違いない。

「……突入するか」

 兵力や装備において優位なのは我々だ。時間は敵に利するだけである。そう考え命令を下そうとした直前だった。

「中尉殿!大変です!」

「どうしたのだ?」

「北西の空から何かが……!」

「何かではわからんぞ!」

 怒鳴りつけながら北西を見上げると、そこには空を塗り潰す鋼鉄の城が浮いていた。

「……!」

 中橋の動揺が伝播したように、周囲の兵士もざわつく。中橋の副官が叱咤するも効果はない。

「あれは……空中軍艦か!」

 しまった。中橋は失敗したと直感した。いくら装備が充実した兵隊でも、この人数であれは撃沈できない。

 そんな眼下の様子など気にも留めず、空中試験艦〈神田〉は悠々と海軍省前へと降下し始めた。三〇分もしないうちに陸戦隊が艦底部のタラップから降りてきて、海軍省へと入っていった。護衛されているのは塚原少将ではないだろうか。包囲する兵士たちが固唾を呑んで警戒していると、再び陸戦隊の集団が周囲を睨みつけながら現れた。大角海軍大臣の疲れ切った表情がちらりと見えたが、そんなことに気を留めないほど中橋は驚いた。護衛されているもう一人の人物こそ、標的である高橋是清の姿であった。彼は悲しそうにこちらを一瞥した後、タラップに足をかけた。

(いかん)

 中橋は即決した。昭和維新、国家改造のためにも君側の奸は、高橋是清は討たねばならぬ。中橋は絶叫した。

「目標、空中軍艦〈神田〉!射撃開始、てぇー!」

 緊張の糸が切れたように、破裂音が周囲を圧する。ばたばたと倒れる護衛。豊田の「撃ち返せ!」という声に、海軍省を守っていた陸戦隊も応射する。周囲に着弾する小銃弾をものともせず、中橋はタラップを注視した。高橋を囲む人間の壁が崩れると、ここぞとばかりに火線が集中する。暗殺の成功をほぼ確信した中橋であったが、直後の光景に絶句する。別の護衛集団にいた大角が高橋へと駆け寄り、自らを盾としたのだ。

 大角の大きな身体が高橋に覆いかぶさると、高橋はしきりに大角の身体を揺すった。このときにはすでに意識を喪失していたが、「大角さんは力強く目を見開いていた」と高橋は後に述べている。束の間銃声が鳴り止む。その隙を突き高橋と大角を艦内へ引っ張り込むと、塚原は艦橋へ緊急離陸を命じた。装備された推進用と旋回用エンジンを吹かし、艦首を中橋たち決起部隊に向けて移動し始めた。艦首に搭載された一二.四センチ高角砲に砲弾は積まれていなかったが、陸軍の野砲に匹敵する口径を振りかざすと、部隊の射撃が薄くなった。好機と見た塚原は吠えた。

「高度一〇〇〇まで急上昇!総員、衝撃に備え!」

「高度一〇〇〇、機関緊急出力!総員衝撃に備え!」

 艦長が復唱、艦内に命令を伝達する。

 金属の軋む嫌な音と、床に押しつけられるような感覚が乗員を襲った。仰角を大きく取った体勢のまま、霞が関の建造物をこすりながら上昇する。時たま推進用プロペラに銃弾が当たるが、十分な強度を誇る四枚のブレードは無傷であった。

 気分の悪くなる横揺れのなか、塚原は高橋と大角のようすを確認した。高橋の服は汚れてこそいるが本人は無傷だった。危険なのは大角だ。高橋の全身を染める紅はすべて彼の出血であり、〈神田〉の軍医が必死に手を施しているが、望みは薄いらしかった。

 軍医が首を振る。塚原は自分の無力さを痛感するが、これから宮城へ急行しなければならない。〈神田〉に搭載されている九五式艦戦で偵察をさせていたが、宮城は決起部隊に占拠されていない、との報告であった。時計は九時を指していた。

 

 

 事件の起きた二月二六日正午半過ぎ、陸軍は非公式の緊急会議を開き対策を協議した。決起部隊に同調的意見が多数であったため、決起部隊へ川島義之陸軍大臣名義で追認するような告示が出された。これが海軍を激怒させ、のちに天皇もこの告示に怒りを露わにした。対応に追われる政府は徹夜で業務に当たり、高橋是清を首相代理とした内閣や天皇の諮問機関である枢密院は、二七日未明から戒厳令を施行する決定をした。

 天皇の意志を知った陸軍大臣や軍事参議官は、二八日に決起部隊への対応を一八〇度転換する。決起部隊を「賊軍」と呼び、原隊復帰を呼び掛けたのだ。反乱部隊として扱われた彼らは、容認してくれると考えていた天皇陛下までもが決起に否定的と知り、また武力鎮圧が石原莞爾や杉本元らの戒厳司令部にて決定すると、主導した将校たちは法廷闘争や自決などの、ひとまずの終結を迎えることになった。

 この事件は二・二六事件と呼ばれた。死者は総理官邸を護衛していた警察官四名、岡田啓介首相の影武者として射殺された岡田の義弟である松尾伝蔵、君側の奸の筆頭とされ数十の銃弾を浴びた斎藤實、陸軍の抑えとして怨まれて機関銃による掃射を受けた渡辺錠太郎、統制派トップであった東條英機、高橋の盾となり見事に彼を救った大角岑生、決起部隊の指揮官で自決した野中四郎と河野寿、また海軍省前での戦闘で死亡した陸戦隊と決起部隊三〇名などであった。

 度重なる軍によるクーデター未遂により世論も過熱、思想的指導者と目されていた北一輝が行った「民主主義を愚弄する大逆」という批判などにより、事件の実行者は軒並み銃殺刑で、関係者も予備役や退役が決定された。荒木貞夫や真崎甚三郎の皇道派指導者の退役、林銑十郎や阿部信行など皇道派の主要な人物が多く予備役や左遷により皇道派は壊滅的打撃を被る。また決起への対応に関して責任を負う形で、戒厳司令部司令官香椎浩平や陸軍大臣川島が予備役となった。対する統制派も主魁である永田鉄山の予備役や東條の死により混乱、統制派としての動きを弱める。

 

 陸軍の同情的な動きに対し、海軍の対応は苛烈であった。空中軍艦〈神田〉による高橋大蔵大臣救出や、横須賀鎮守府の井上成美参謀長と米内光政司令長官による艦隊出撃などである。決起2日目には連合艦隊司令長官高橋三吉により第一艦隊と第二艦隊が出動する事態になった。国家二分も辞さない、強い意思表示だった。大角の射殺も海軍兵士を刺激した。陸戦隊による殲滅を主張した士官がいたほどであった。

 海軍の対応は政府にとって好ましいものと映り、中でも大角のおかげで九死に一生を得た高橋は「海軍こそ護国の士である」と称賛した。防空戦略研究会及び空中軍艦研究室は天皇からも賛辞を述べられ、空中軍艦研究室は正式に艦政本部第八部と改称された。

 岡田内閣は総辞職。後任が誰になるか、極東情勢を注視している人々にとって最大の関心事であった。元老西園寺公望は誰に組閣大命を下すのか、報道機関は色々な憶測を飛ばした。再び軍人内閣か、海軍系ではないか、いや外務大臣の廣田ではないか、など噂が広がった。

「組閣大命、町田忠治に下る」

 大きな見出しが各新聞を飾った。政党政治へ戻ることを意味するこの決定は、国民に圧倒的支持を取り付けることに成功した。岡田内閣からの留任も多く軍部の介入に不安の声も上がったが、海軍大臣に条約派で予備役の山梨勝之進を、陸軍大臣に宇垣軍縮の立役者である宇垣一成を据えることで、軍縮での反対を抑えようとした。

 町田内閣は大陸戦略の抜本的改革を行った。主に満州国を段階的に独立させること、大陸における門戸開放要求の受諾及び市場経済の活発化、関東軍内の粛清である。

 まず三年後までに満州国を中華民国へ帰属させることを明記した。

 他には「一年以内に関東軍は満州国から撤兵し、防衛その他を満洲国臨時政府から依頼された場合のみ出動する。ただし派兵は内閣決議で決定された場合に限る」や「大陸における権益はこれを中華民国政府へと売却する」など陸軍の強硬派を激怒させる内容も含まれていた。それに二百以上の入植者の反対運動も起こったが、帰国を求める場合の保護保障を政府が明言したため終息した。

 アメリカの要求する門戸開放にも同意し、中国での経済活動を自由化した。国際社会で孤立している日本の影響力を復活させるためでもあったが、高橋大蔵大臣は「大陸で競争力を付け、我が国を欧州並の工業国家へと成長させる」ためとも述べていた。高橋は軍縮で浮いた予算を国内インフラの整備や、国内産業の振興に充てた。ちなみに中国市場の開放は列強から評価されたが、国共内戦や軍閥への武器輸出による、死の商人の跳梁跋扈を許したとの批判もある。

 最後に行われたのが、上記の政策に最も反対するであろう関東軍の弱体化である。石原莞爾ら満州事変を起こした士官を処罰する決定に関東軍司令部は激怒、統帥権を干犯していると批判するが、当の大元帥が賛同していると知った司令部は抗戦を諦める。自分の主張する国家改造が成るならと石原莞爾は自ら予備役、板垣征四郎も同様の理由で予備役、土肥原賢二は第十二師団へ左遷、林銑十郎は退役、二・二六事件で武力鎮圧に積極的だった杉山元を司令官に据えるなど、関東軍の人事を劇的に一新した。これは中央の命令を遵守するべき、という姿勢の表れであった。

規模が縮小された関東軍であったが、武藤章や富岡恭二など対中強硬論者は謀略を重ね暗躍していた。

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