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空中軍艦  作者: ミルクレ
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収穫の冬

収穫者ハーヴェスター作戦」のスタートラインは、酷く曲がりくねったものになった。

 第三二任務部隊(TF32)の司令官ウィリアム・「ブル」・ハルゼー・ジュニアの機嫌は、長年ペアを組んできた参謀長マイルズ・ブローニングですら見た事がないほど悪化していた。

 第三二任務部隊は〈エセックス〉級の〈エンタープライズ〉〈ホーネット〉〈レキシントン〉と〈インディペンデンス〉級の〈カウペンス〉〈モントレー〉を擁する航空機動部隊だ。ここに護衛として戦艦が二隻、最新鋭の〈アイオワ〉級〈アイオワ〉〈ニュージャージー〉が加わる。

 彼の機嫌が悪いのは、その艦隊を自由に動かせないからだ。

 本来ならば「収穫者作戦」の第一段階では、トラック諸島からの爆撃に併せて艦隊を送り込み、一気呵成にマリアナ諸島の航空戦力を壊滅させるはずだった。

 陸軍航空軍のトップは陸軍の新兵器B-29「スーパーフォートレス」による爆撃ならば、「艦隊投入は不要」とまで海軍に向けて煽り散らした。

 しかし結果は不首尾。出撃の度にB-29の損耗は増え、「日本の航空機は3万フィートまで上がって来られない」という予想は、全く的外れであったと証明された。

 ヘンリー・アーノルド航空軍総司令官は再びの心臓発作で退役し、後任にカール・スパーツが就任した。第五航空軍は夜間爆撃へと切り替えるも護衛機を付けられなかったために、アーヴィング夜間戦闘機により更なる被害を出すという体たらくだ。

 一二月に入り海軍の助力を乞う形で、「収穫者作戦」は本格始動した。その間に若干の戦力増加があったが、夏の間に日本軍も戦力を蓄えただろう。

 ヘンリー・タワーズ太平洋艦隊司令長官は、今回の作戦の可否が己の首に直結しているのを感じ、これまでにないほど臆病になっている。それが我等が「ブル」の逆鱗に触れているのだ。

 まず大統領府の意向を最大限生かす方向に走っており、それが弱腰に見えるらしい。

「マリアナなぞ放っておけ。ジャップの連合艦隊をぶっ潰せば、そんな小島はすぐに立ち枯れる」

 タワーズの目の前でそう言ってのけたボスの度胸には感服だ。だがTF32を率いるガッツのある提督を失いかねない蛮勇に、自らも冷静沈着なタイプではないブローニングでさえ、肝を大いに冷やしたのだった。

 重爆撃機でマリアナ諸島を南からノックダウンしていく「ピッチフォーク作戦」は継続する。同時に北から機動部隊で押し潰す「収穫者作戦」を発動。それが大体の流れだ。

 海兵隊にはいつ終わるか分からない航空戦を、輸送艦の中で待ってもらう必要がある。海兵隊司令官の反発を抑えるのは、第三五任務部隊(TF35)のフレデリック・シャーマンの仕事だ。

 デウィット・ラムゼー率いる第三六任務部隊(TF36)はハルゼーの第三二任務部隊のパートナーとなり、連携してサイパン島とテニアン島の攻撃を行う。ラムゼーは全面的にハルゼーの指揮に従う旨を表明している。

 レイモンド・スプルーアンスの第三九任務部隊(TF39)とトーマス・キンケイドの第三四任務部隊(TF34)も互いにペアを組み、ロタ島とグアム島に対する攻撃に回る。

 また陸上基地に対して大きな効果を発揮する艦砲射撃を強行するために、第三三任務部隊(TF33)が投入される。アーサー・カーペンダーの指揮するTF33には戦艦〈サウスダコタ〉〈インディアナ〉〈マサチューセッツ〉が配備されており、TF32の戦艦を合流させれば、連合艦隊の戦艦部隊にも勝てる布陣だ。

 上官の不満。ひとつは総指揮を現場に委ねていないことだ。合衆国最大最強の艦隊「第三艦隊」の総指揮は、マーシャル諸島で太平洋艦隊司令長官ジョン・ヘンリー・「ジャック」・タワーズが行っている。

 変化の激しい航空戦を後方から統制しようなど、ましてや敵味方併せて三〇〇〇機を超えると予想される戦いでは不可能だと、猛将ハルゼーは考えている。

 タワーズは無線機の発展や艦隊の規模から、「後方からの指揮でなければパンクする」としてハルゼーの要求、すなわち「ハルゼー第三艦隊司令長官」が全指揮を執る案を拒絶した。

 ブローニングは内心、タワーズの裁定に感謝している。彼のキャパシティでは作戦部隊全てを、指揮統制する事は難しい。それに彼の経験の浅さを周囲は許さないだろう。ブローニングは「ブル」ハルゼーの艦隊だからこそ、参謀長になれたのだ。

 第二の怒りの理由は、主作戦と支作戦の曖昧さだ。

 大統領府では「ピッチフォーク作戦」とB-29に期待を掛けており、毎回被害は出るものの空爆自体には成功している点を重視している。

 その結果、太平洋艦隊司令部では「日本の連合艦隊撃滅」を主目標としつつも、大統領府に逆らえないタワーズからは「出来る限り陸軍航空軍の作戦を支援し、マリアナ諸島の無力化を優先せよ」という矛盾した命令が出ている。

 ハロルド・スターク海軍総司令官とアーネスト・キング作戦本部長の対立が原因ではないかという噂が流れたが、ブローニングには確かめる術は無かった。

 結局、B-29のデビューで止められていた作戦は、B-29の損耗により再始動した。上官の不機嫌も、ゴングが鳴ればすぐにいつも通りに戻るだろう。ブローニングは複数枚に渡って書き込まれた参加艦隊の表を、気分転換に眺める事にしたのだった。

 その目は水上艦にしか向いていなかった。


 第三艦隊

 ジョン・ヘンリー・タワーズ

 在エニウェトク司令部


 第三二任務部隊

 司令官 ウィリアム・ハルゼー

 空母

 〈エンタープライズ〉※1

 〈ホーネット〉※1

 〈レキシントン〉※1

 軽空母

 〈カウペンス〉

 〈モントレー〉

 戦艦

 〈アイオワ〉

 〈ニュージャージー〉


 第三三任務部隊

 司令官 アーサー・カーペンダー

 空母

 〈エセックス〉

 〈ヨークタウン〉※1

 軽空母

 〈バターン〉

 〈サン・ジャシント〉

 戦艦

 〈サウスダコタ〉

 〈インディアナ〉

 〈マサチューセッツ〉


 第三四任務部隊

 司令官 トーマス・キンケイド

 空母

 〈ワスプ〉

 〈レンジャー〉

 軽空母

 〈インディペンデンス〉

 〈ベロー・ウッド〉


 第三五任務部隊

 司令官 フレデリック・シャーマン

 護衛空母

 〈ボーグ〉

 〈カード〉

 〈コパヒー〉

 〈コア〉

 第三水陸両用部隊

 司令官 ホーランド・スミス

 第二海兵師団

 第四海兵師団


 第三六任務部隊

 司令官 デウィット・ラムゼー

 空母

 〈ランドルフ〉

 〈サラトガ〉※1

 〈バンカー・ヒル〉


 第三九任務部隊

 司令官 レイモンド・スプルーアンス

 空母

 〈タイコンデロガ〉

 〈オリスカニー〉

 〈ハンコック〉

 軽空母

 〈ラングレー〉※2

 〈カボット〉

 戦艦

 〈ノースカロライナ〉

 〈ワシントン〉


 ※1 撃沈された空母の名前を継いだ〈エセックス〉級空母

 ※2撃沈された空母の名前を継いだ〈インディペンデンス〉級空母



 一九四四年一二月中旬。

 母国ではクリスマスの飾り付けが行われ、雪の冷たさを楽しむ子どもや年末商戦に浮かれた女性が溢れているかもしれない。

 それとも逆に、父親の不在で意気消沈した子どもや、フィアンセの訃報を恐れた女性ばかりだろうか。

 チャールズ・マクベイ3世の眼下に広がる蒼海に、旗艦〈コンステレーション〉の影が伸びた。

 細身の艦体にバーベットが高い砲塔が載った、全体的には標準型戦艦を飛行船に被せたような見た目をしている。大きく違うのは、艦上建造物がとても小さい点だ。

 〈ネヴァダ〉級の箱型艦橋をベースとしつつも、高角砲や機銃などを舷側部分に移動させ、空気抵抗となりそうなものを次々と艦内に格納した。

 艦底部には対地対艦ロケットJB-2「ルーン」の発射システムを搭載し、コピー元のV1ロケットと同様に二五〇キロメートルの長大な射程で、全ての砲熕兵器をアウトレンジする。

 四五口径連装一四インチ砲を中心線上に二基、単装をケースメイト式に片舷四門。両用砲として五インチを二〇門。四〇ミリ対空機銃を二二門。〇.五インチ対空機銃を三〇門。

 八インチ主砲、JB-2ロケットを主兵装とした「フライングクルーザー」〈アラモ〉級と組み合わせて、大きな打撃力を有している。

 マクベイは彼の艦に自信を持っていた。

 立派な水上戦艦にも決して負けていない。〈ニューメキシコ〉と撃ち合っても勝てる自信がある。

 しかし第一飛行任務部隊(FTF1)に任されたのは、悲惨な任務であった。

「〈アラモ〉級の五隻をマリアナ諸島に自沈させ、上陸部隊の橋頭堡及び防塁とせよ」

 そのために自沈艦は省人化と武装の撤去が行われた。誘爆の恐れがある主砲とロケットは撤去され、機銃も全て降ろされた。新型〈オハイオ〉級に人員は回され、〈アラモ〉以下五隻で構成された第一二任務群(TG12)は戦闘すら儘ならない。

 FTF1司令長官のアイザック・キッドからこの任務を告げられたマクベイは、悔しさを押し殺し笑顔を浮かべた。

「これほど祖国に貢献出来る任務はありません」

 だが出撃して数日、〈アラモ〉を視界に入れないよう、後方を向かなくなっている。戦えるはずの彼女達を、標的艦より酷い扱いをするのだ。

 日本の空中艦は全てマリアナに集結しているらしい。今インドネシア方面から攻め立てれば、容易に押し潰せるかもしれない。しかし、太平洋艦隊司令部はマリアナ攻略を決定した。

 キング作戦部長、スターク海軍総司令官の両名の不仲は依然として激化しており、タワーズ太平洋艦隊司令長官の苦労は推して知るべしといったところだ。

 だが海軍だけでなく、陸軍の圧力にまで唯唯諾諾と艦艇を犠牲にするのは、その艦を指揮していた経験者からすれば許せるものではない。

 陸軍航空軍の「空中艦の任務は爆撃機で代替出来る」という報告は、大統領府においても支配的だ。B-29の圧倒的性能を前にすれば、更に補強されていてもおかしくない。

 加えてここで妥協して、主流ではない空中艦を犠牲にすることで、陸海軍の協調を図ったのだろう。

「そのうち、全ての艦艇はB-29で代替出来ると言い出すぞ」

 マクベイの独白は、空中艦を取り巻く気流に揉まれて、誰の耳にも届かなかった。



 パガン島の滑走路は、操縦員に評判が良くなかった。

 北東のパガン山は不気味な噴煙を上げ続けるし、基地も不時着用滑走路が一本だけ。その上、南側の尾根に並ぶ空中艦隊が風を起こすからだ。

 一二月も半ば過ぎたある日。キ92輸送機から降りた人物は、赤いパガン山から上がる白い噴煙を見上げていた。

 小澤治三郎おざわじさぶろう第二航空艦隊司令長官は、海兵でも海大でも同期である草鹿任一くさかじんいちの歓迎を受けていた。

「数日中に米軍の来寇する。五課の実松さねまつ君が断言していた」

 鬼瓦と呼ばれる小澤だが、表情とは裏腹に声色は親しみを込めたものだった。対する草鹿も、短気かつ頑固との評判とは大きく違い、笑顔を浮かべて頷いていた。

「貴様の言う通り、空中艦隊は防空隊と連携する。俺はサイパンを重視するが、二航艦としてはどうだ?」

「自分もサイパンから指揮する。テニアンを囮に使うつもりだと、部下にも説明してある。本土からの五日間。それを耐えるのが第一段階だ。欲を出すなよ、とな」

 マリアナ航空要塞にアメリカ艦隊が襲い掛かった後、本土から艦隊が来援するまで最低でも五日間は必要だ。その間、第二航空艦隊と第二航空軍は連携して、トラック諸島と機動艦隊による攻撃を凌がなければならない。

 併せてB-29の攻撃が激化するのは明白だ。

「武運長久を祈る」

 アメリカ艦隊への対応などの擦り合わせを行い、再び機上の人となる小澤に対して、草鹿は一言伝えた。

 虚を突かれた小澤は目を丸くし、一瞬の後に口を歪ませた。鬼瓦の精一杯の笑みであった。

「感謝する」

 キ92に便乗する病人のひとりが後に語った。

「滑走路脇で敬礼している姿が見えた」

「濃紺の第一種軍装の草鹿提督だった」

「滑走路がただの線になっても、提督が黒点にしか見えなくなっても、全く動く様子はなかった」

 小澤がサイパン島に戻った翌日、一二月二〇日。グアム島に対して一〇〇機を超えるB-29が襲来する。

 同日、サイパン島北部のタッピ航空基地の電探が航空機を確認。邀撃した雷電改が見たのは、単発機の群れであった。

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