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空中軍艦  作者: ミルクレ
32/41

新鋭

 一九四三年一二月、横須賀。

 大量の箱型が並べられた様は、造船所と言っても信じられない。しかしこの鋼のブロックは、軽巡や軽空母へと組み上げられる前段階であった。

「まさか、一万トン級を一度に数隻進水させるとは。技術革新とは恐ろしいね」

 藤本喜久雄は驚嘆の眼差しで、東京湾へ漕ぎ出す軍艦を見ていた。

 西島亮二は苦笑しつつも、胸を張って答えた。

「福田式溶接が無ければ無理でしたよ。鋲やらなんやらが無いので、腕が鈍ると文句を言われる始末で」

 日本の溶接技術の草分けである福田烈。その愛弟子である西島は、溶接技術を実戦で耐え得るレベルまで引き揚げた。

 彼が居なければ<金剛>型の改装は一年以上を要し、海防艦や輸送艦は半分以下の量しか進水出来ていないだろう。

 今、横須賀鎮守府で艤装を施しているのは<雲龍>型空母の二番艦<那須>。<蒼龍>と同数の搭載機数でありながら、不合理な煙路や艦内の配置を変えたものだ。

 一番艦<雲龍>は<飛龍>無き後の二航戦に送られた。三番艦<笠置>は佐世保にて艤装中である。

<雲龍>は優れた設計であった。戦時量産に適しつつも、基礎能力は正規空母並みなのだ。

 しかし西島の自慢の艦は<雲龍>型と並行して艤装が施されている艦であった。

<鷹野>型空母は排水量が一八〇〇〇トンを超える程度の補助空母である。艦載機は二四機と少なく、主力としては力不足は否めない。

 だが抗堪性は正規空母並みで、商船改装の空母を大きく引き離している。にも関わらず建造ペースは商船をやや下回る程度なのだ。

<鷹野>型は既に三隻が艦隊へと配属され、輸送や哨戒に駆り出されるだろう。同じくブロック工法と溶接を多用した戦時規格の輸送艦と共に、日本の物流を支えている。

 隣で微笑む男が、日本で最も多くの船舶を作り上げているのだ。

「藤本中将!」

<相模>艦長の工藤俊作が駆け寄った。

 彼の指揮する空中戦艦は現在、新しい防空戦術に合わせた改装を受けている。手持ち無沙汰の彼はここ数週間、暇を見つけては空中戦艦について藤本に質問を浴びせていた。

「工藤さん。どうも」

「あ、お邪魔しましたか」

 西島はとんでもないと首を振る。

「さっき駅で空中艦を見ましたよ!」

「ああ、それならここに来ます」

 造船所の横には、空中軍艦の為に櫓が組まれていた。飛行船時代から変わらない手法だが、形も大きさも異なっていた。

 空から櫓を押し潰すように降りてくる艦艇は、潜水艦によく似た舵を持っていた。艦首の側面に潜舵と発動機が組み合わさったものが、艦底部にも巨大にした舵が装備されていた。

 艦の断面図も葉巻の様に円形で、潜水艦を彷彿とさせる。煙突を持たない艦上建造物も潜水艦に似ていた。

 しかし、潜水艦には不釣り合いな砲塔三基、艦尾側面に張り出した煙突、そそり立つ艦橋、鯨の胸ビレのような巨大な張り出し。

 それは平賀譲に助言を受けた、新しい空中艦であった。


 大破し戦線復帰まで時間が掛かると判断された<神通>に代わり、田中頼三が二水戦旗艦として任されたのは<大淀>であった。

<大淀>は当初の目的であった潜水母艦としての機能を排除、高圧ボイラーを増設し三五ノットを捻り出す韋駄天であった。

 排水量八二〇〇トンの身体と一五.五センチ三連装を前甲板に二基、長一〇センチ高角砲を後甲板に四基並べていた。更に格納庫跡地に五連装魚雷発射管を二基持つ、超巨大駆逐艦とも言うべきものであった。

 次期駆逐艦の<秋月>や<松>が水雷戦では弱体化を強いられる以上、駆逐艦と共に突入する大型艦に強力な雷装が必要になった。それが一〇門もの雷装を誇る<大淀>の設計に反映された。

 田中は<神通>を愛していたが、<大淀>の剣呑な艦影に一目惚れをした。水雷戦より航空戦を重視している現在の帝国海軍だが、水雷屋の矜持が無雷装の駆逐艦を認められない。<秋月>よりも旧式な特型駆逐艦や甲型駆逐艦を好む田中に、<大淀>は余りにも魅力的であったのだ。

 一水戦でも<木曾>の改装により、<大淀>の妹である<仁淀>が戦隊旗艦として配属された。矢野志加三一水戦司令は「護衛任務が主である一水戦には<仁淀>は不要」と微妙な顔をしているが、対空性能にも優れる<仁淀>は戦力になる。他の水雷戦隊への遠慮だろう。

 田中にはひとつ気がかりがあった。これほどの火力を持つ水雷戦隊だが、所属するのは第一艦隊だ。主力たる戦艦を多数失った第一艦隊が出撃するのは、いつになるだろうか。

 彼の懸念を打ち消すように、空を航空機が編隊で飛び去った。


 八原博道は死地マーシャルから硫黄島を経由し、どうにか本土に帰ることが出来た。その顔色は優れない。

「結局、マーシャルから逃げ出したのだな」

 内地から戦線には出ないベタ金の嫌味を、素知らぬ顔で躱すのも疲れた八原に、統空技研から声が掛かる。

 統空技研、正式には統合航空技術研究所となる陸海軍を隔てない組織だ。陸軍航空本部と海軍航空本部から求められる航空機を、一旦預かり精査する。重複があれば統合し、どちらかからの要望があれば共有する。その他にも航空兵の育成を監督する立場でもあり、実質的には空軍の軍政のみを司る組織だ。

 畑俊六大将が所長を務める。八原と同様真面目だが、行動力や決断力では太刀打ち出来ない。迎撃機の月光を巡る論争でも、八原には真似出来ない指導力を発揮していた。


 月光は迎撃機ではなく、偵察機として作られる予定だった。前線にて強行偵察、迎撃する敵機を逆に撃墜する能力を付すべく、かなりの無理が詰め込まれた設計であった。

 中島飛行機が設計した機体は一三試の名を冠していた。しかし空技研からストップがかかる。それは三菱航空機の設計した司令部偵察機が原因だった。

 新司偵と呼ばれたその機体は、偵察機として一三試を大きく上回るものであり、海軍も新司偵に期待するようになる。

 同時期に双発戦闘機自体に疑問が呈された。零戦の航続距離を上回り、かつ敵機を追い払う格闘戦能力が求められたからだ。これにはどの企業も匙を投げた。

 陸軍ではキ四五を戦闘爆撃機とする事で計画を残したが、海軍主導の一三試は削除されかけた。

 双発迎撃機というコンセプトがアメリカから漏れ伝わると、一三試の復活がなされる。

 畑は「一に速度、二に速度」とし、一三試の設計を改めさせた。キ四五がキ四五改となった後も、格闘戦では旧式戦闘機にすら負けざるを得なかったからである。

 中島飛行機が出した設計は、大型発動機である火星又は新型発動機である水星を載せ、雷電を双発化したようにスマートな機体であった。

 単一任務の為だけに設計された新一三試は、空技研内では「贅沢過ぎる」と批判された。持たざる国である日本では、多用途に使える必要があったからだ。

 反対派に対して畑は穏やかに反論した。

「キ四五は万能を目指し、故に平々凡々になった。一三試は単能を目指し、もって傑作とする」

 そこから量産を可能とする工程減少や、代用品の使用を織り込んだ。これが月光一一型となり、発動機を水星に替えたものが一二型となる。

 一二型はマーシャルの戦いで夜間奇襲を邀撃し、大型爆撃機を多数撃破している。また単能とされたものの、機体の丈夫さから戦爆としても大いに使われた。畑の指導は成功したのだ。


 八原には畑が航空機の専門家だとは思えなかった。彼を支える部下に、航空を専門とする者が多いのだろう。専門家といえども、若輩者の話を素直に聞ける人間は少ない。

 空技研に入った八原は会議室に通されずに、そのまま試験場に導かれた。試験場の端に掘っ建て小屋があり、中では白熱した議論が行われているのが分かる。

 発動機を囲んで話し込んでいるが、八原に気がつくと視線が集中した。

「やあ、来たかね」

 畑の顔は見知っている。防暑服に手拭いを首に巻いた姿は、田舎の叔父のようである。

 横に立つのは長谷川清海軍中将。海軍航空本部の長である。更には陸軍航空本部長の安田武雄が椅子に腰掛けていた。

 試験場の滑走路では、紫電改がカウリングなどを開かれていた。三菱重工や中島飛行機の社章を付けた技師が、見慣れぬ発動機を整備している。全体的には栄を思わせるが、ピストンの数が多い。

「八原博道大佐、着任致します」

 室内に居たのは、陸海軍で航空戦を経験した者が多かった。八原も新聞などで顔を覚えているほどだ。

 大陸で軍閥と戦った加藤建夫。マーシャルで海軍航空隊を指揮した小園安名。ニューギニアで激戦を制した有末次。

 あの紫電改にこれだけの人材が集まったのだ。新型発動機のお披露目だろうか。

「中島の新型だ。熟成も出来ている。三菱と共作した部分もあるが、そのお陰で欠点の洗い出しが早かったよ」

「二〇〇〇馬力級、ですか」

 八原の問いに満足そうに頷く畑。

「ハ四五だ。中島じゃあ『誉』と呼んどるがね」

 しばし整備を眺めていると、マーシャルで何度か顔を合わせた小園が近付いてきた。

「八原大佐、また会いましたな」

「どうも」

 八原の無愛想な返事を気にしない小園。マーシャルでもこんな様子だった。小園は変人に慣れているようだ。彼自身も変わり者だからだろうか。

「三菱の水星、あれを二〇〇〇まで上げる方が早そうですが、ちっとばかし大きいですからね。零戦に慣れた熟練から文句が出てるんですわ」

 海軍は零戦、零戦三三型、雷電、紫電改と発動機が異なる単発戦闘機を四つ運用している。異なる発動機では供給や整備に負担をかけ、稼働率を下げてしまう。

 陸軍は紫電改の代わりに飛燕を採用しているが、発動機は零戦三三型と同じ金星の為、海軍に比べて負担は少ない。

 小園の話によると、海軍は戦闘機を艦載と陸上の二系統に絞り、艦載機にはこのハ四五を使いたいらしい。前方視界を重視するのは発着艦が難しい空母艦載機には当然の選択であろう。

 顔馴染みで新型機選定に関わる航空本部の少佐が、気を利かせて八原に耳打ちする。

「キ八四、次期主力にもこのハ四五を使います。雷電と零戦を纏める予定です」

「随分小さい発動機だが」

 八原は素朴な疑問を述べた。

「整備性は悪くないのか」

 少佐は難しい顔をした。どうやら整備士泣かせなようだ。

「小さく纏め上げた手腕は、流石は中島さんだと思います。ただその分熱が籠もって、軸受けやピストンの焼付きが多い印象です。潤滑油を多く使うのも問題かもしれません」

 オクタン価、燃料の自己着火のし難さが高いならば問題ない。しかしオクタン価が低い燃料しか供給出来なくなった場合、ノッキングを起こしたピストンが熱を持ち、焼付きが起こりやすくなる。

 水エタノール噴射装置も、ノッキングを防止する機能を期待されて一部の水星発動機に付けられているが、ハ四五には必須となるかもしれない。

「八原君」

 陸海両軍の航空本部長と話していた畑が、八原の名を呼ぶ。推測だが、八原がここに呼ばれた理由は、この発動機に関してか。

「八原君には、マーシャルでの戦訓を、忌憚無く言ってもらいたい」

 悲観的かつ皮肉的に過ぎると言われる八原の性格を、どこからか畑は漏れ聞いたのだろう。そして忌憚無くと述べるのは、ハ四五についての懸念を言えという事に違いない。

 敵を作りやすい八原だが、流石にここで弁舌を振るうのは躊躇した。畑はともかく、長谷川と安田がハ四五に大きな期待を寄せていた場合、八原を白眼視するかもしれない。参謀本部の某氏に敵視された結果、最前線のマーシャルに飛ばされたのだから。

 畑は笑い皺を寄せて言った。

「君の評判は聞いておる。二人とも、恨んだりしないから安心せい」

(ええい、ままよ。どうせ飛ばされるなら話してやる)

 八原は未来を考えず、不眠不休のマーシャルでの日々だけを思い出す。

 同じ金星を積む零戦三三型と飛燕では発動機部品の融通が出来たが、三菱と中島で機体の規格が異なる零戦は融通出来ずに苦労した事。

 金星は大型で中出力だが故障が少なく、金星と火星の子どもである水星もその特徴を引き継いでいる事。

 低オクタン価であっても水エタノールを使えば良いと聞くが、発動機の消耗も激しいために故障が増える事。

 飛燕は総合能力に優れ一二.七ミリの弾幕は米国機の如しだが、損耗率はF6Fと何とか伍する程度である事。

 話し終えた八原は息が上がり、背中に汗が溜まるのを感じた。

 熱心に手帳を書き留める航空本部員と、他社の技師と小声で話し合う中島や三菱。畑はよく吟味した後に、航本部長に向けた意味深な視線を、八原に移した。

「八原大佐には空技研に来てもらう。新鋭機には彼の観察眼が役に立つ筈だ」

「自分が推挙したのです」

 小園が嬉しそうに顔を崩した。自分の知らない所で自分の未来が変わる。よくある事だが、八原は不機嫌さを隠さない表情を浮かべた。


 ハ四五を積んだ新型機については、マーシャル帰りの戸塚道太郎が任されていた。次期海軍航本部長と噂されている戸塚である為、主力機としてはハ四五を使うのだろう。

 現在、統空技研では戦闘機の発動機に、三種の候補を考えていた。

 中島のハ四五「誉」は直径一一八〇ミリと小型で、零戦が載せているハ二五「栄」発動機を一気に強化したものだ。小排気量で大馬力という設計上、かなりの無理が詰まっているだろう。

 それに対して三菱のハ四三「水星」はハ三三「金星」のシリンダーを一八気筒に増やし、最初は一七〇〇馬力から徐々に強化する手段を取った。水星の最新型では、水エタノール噴射を使わずに二〇〇〇馬力を突破出来る。直径は一二三〇ミリと、ほぼ金星のままを維持することに成功していた。

 更にハ三二「火星」を上記同様に強化したハ四二「木星」は、一三七〇ミリの直径に見合った、余裕のある発動機だ。開発は半ば終わった程度だが、誉の不具合が取り除かれる前に完成する勢いである。ただし大き過ぎると前方視界が遮られ、離着陸に支障がある。前方視界を塞がない次期爆撃機の発動機として、期待が掛かっていた。

 更には川崎重工の自信作、鹵獲したイギリスのマーリン発動機を参考(コピー)したハ四〇が完成し、ドイツ式のハインケル愛知製アツタ発動機に対抗している。

 八原が任されたのはハ四五以外を使った、新型局地戦闘機の開発であった。

 簡潔に述べると、雷電を上回る性能の局地戦闘機を作れというものだ。立候補したのは三菱、川崎、ハインケル愛知、立川そして新進の九州飛行機であった。

 三菱は双胴の推進式プロペラ、つまりプロペラを後ろに向けて装備した機体を提出した。小型な胴体に付けられた巨大なプロペラは、機体形状の異様さも加わり力強さを感じさせた。普段は手堅い三菱からこのような試案が出るのを、八原は驚きをもって受け取った。三菱は「これでも手堅い」と自己弁護している。

 川崎は飛燕を前述の液冷発動機に換え、ドイツやイギリスの戦闘機によく似た機体を提出した。主翼の設計から重心の変更も容易く、既存の生産ラインを転用出来るのが売りだ。

 ハインケル愛知はハ四三の双発を提案した。ぱっと見は月光や三式哨戒機東海に似た容姿だが、大きさは陸攻並みだ。夜間迎撃には双発で大型の機体が最適という、ハインケル愛知の設計陣の結論が伺えた。

 そして最後の九州。彼の会社は前述の東海の量産を任された実績はあるものの、八原も期待はしていなかった。

 提出された図案は驚異的であった。機体の応力など、かなりの部分に実験を経た様子が見て取れる。境界層を吸い込まない為の吸気口、九九式か二式二〇ミリ機銃を四門載せても余裕がある機首、大仰角によるプロペラの接触を防ぐ前輪式降着装置、広い垂直尾翼下端の車輪。

 九州飛行機は何処でこれほどの数値を用意出来たのだろうか。答えは競合会社にあった。

「私が、必要な物を貸したのです」

 八原はハインケル愛知の北陸工場にいた。エルンスト・ハインケルが何が悪いと挑むような表情で、八原の顔を睨め付けた。横では工場責任者が脂汗を拭いている。

「しかし今回、ハインケル愛知も競合しているのではありませんか。敵に塩を送ったと?」

(ナイン!」

 大きな声にびくりと身体を震わせたのは、給仕の女性だ。ハインケルはすまなそうに彼女を見るが、感情はすぐに丸眼鏡の奥に隠れた。

「私は日本がアメリカと戦争しているのは、とてもよく知っています。ですが、九州飛行機と我が社は戦争をしていません」

 なるほど、偏屈と言われる訳だ。八原は内心微笑む。

「会社同士の同意の上ならば、言う事はありません」

「それはそうと、ひとつ提案があります」

 ハインケルはこのまま八原を帰すつもりはなかった。というより、これが目的で八原に会ったのだろう。

「彼はハンス・フォン・オハイン。流体力学を専攻していました」

 紹介された青年は八原に、ホイットルを知っているかと尋ねた。

「ホイットル?」

「イングランドの発明家です。彼はジェットエンジンについての特許を持っています」

 ジェットエンジン……噴進機関の事だろうか。

「ロケットエンジンではなく、ジェットエンジンです。貴国ではどちらも噴進機関と言いますが」

 どうやらハインケル愛知では、既存のレシプロ発動機を凌駕するジェットエンジンを研究していたらしい。

 ジェットエンジンはロケットエンジンと異なり、出力を変えられる。またプロペラ推進では出し難い速度、時速九〇〇キロも容易く突破し得るという。

「自社開発では行き詰まりましてな。調べれば軍では、噴進機関研究所というのがあるらしい。そこに助力を請おうと思うのです」

 ハインケルは爛々と輝く目で、八原の事を見つめていた。研究者らしい、遠慮より興味が上回った目だ。

「分かりました。新参者ではありますが、話を通しましょう」


 噴進機関研究所について八原が知らなかったのは、無理もない話であった。噴進機関研究所は海軍省の所管であり、所員も海軍軍人ばかりであったからだ。

 陸軍では噴進機関とはロケットの事で、噴進砲による対地対空攻撃しか考えていなかった。ジェットエンジンは空想の世界と、軍は妙なリアリズムを発揮して研究に熱心ではなかった。

 八原は直接、所長である岡新にハインケルの話を伝えた。

「ガスタービンの本場は欧州ですからな。開戦前からハインケル博士とオハイン博士が、タービンロケットの研究をなさっていたとは知りませんでしたよ。知っていれば、此方から助力を請うべきでした」

 岡は喜ばしいと笑い皺を浮かべている。

 海軍ではジェットエンジンをタービンロケットと呼んでいる。タービンロケットを利用したガスタービンは高速艦隊に適しているとの試算が出ているらしい。

 今の所、種子島時休少佐の研究班が、極めて単純かつ低出力な実験用を完成させている程度で、艦艇どころか漁船程度の推進力しか得られていない。海軍としては取り敢えず、航空機用発動機を目指している。

 航空機の発動機としては燃料消費が激しいが、圧倒的出力が見込めるタービンロケットは各国で開発が進められ、イタリアでは完成した機体が大々的に宣伝された。日本も負けじと進めている。

「<金剛>型の改装で、艦本式射出機が装備されたのはご存知で?」

「いえ。ですが射出機(カタパルト)が何かは分かります」

「それと同時に甲板の不燃処理がされたんです。誘導噴進弾を甲板から撃ち出して、誘導機から対地攻撃に使うらしくて。陸さんで話されたりは?」

「いえ……」

 同期とも疎遠な八原の弱点である。

「ウチで開発した噴進弾なんですけどね。重過ぎて、どうしても重爆に載せざるを得ないんです、重爆の届かない場所を精密爆撃する為なのに。だったら誘導一機だけにして、接近した艦艇から撃ち出す方がいいって結論が出たんです」

 それはそうと、と岡は話を戻す。

「甲板に敷き詰めた噴進弾からの熱で、これまでのチーク材では燃えてしまうんです。それは噴進機関の航空機でも同様でして。海軍は思い掛けず、噴進戦闘機を運用出来る空母を手に入れました」

「使える器は用意出来たのだから、海軍は噴進戦闘機を取得したい。がしかし、実用的な噴進機関が作れない、と」


 八原が統空技研で初めに完了した仕事は、局地戦ではなく噴進機関の官民合同会議であった。

 出席するのはハインケル、オハインの二人をトップに、日立や石川島、陸海軍の技術者達であった。

 種子島時休大佐が進行する様子を、八原はほっとした表情で眺めている。

「八原大佐、お疲れ様です」

 美濃部正少佐が冷たい緑茶を差し出す。八原はこくりと頷き、ひんやりとした湯呑みを受け取った。

 美濃部は統空技研で小園の部下であるが、海軍に近い噴進機関研究所との折衝では口下手な八原を手助けしてくれた。

 統空技研が夜間戦闘機で紛糾していた際、月光の大型化を納得させるために動き回った。夜襲部隊という戦術を提唱した美濃部は夜間の迎撃にも詳しく、当人が撃墜王である経験から、実戦を交えた説得は効果的であった。

「タービンロケットですか。いやあ、想像つかないですなぁ」

「説明は受けただろう?」

 オハイン博士は八原が「ジェットエンジンとは何か」と質問したところ、一刻にわたり講義を行ってくれた。お陰で専門的な議論以外は理解出来るぐらいには、ジェットエンジンに詳しくなった。

「軸流やら遠心やら、難しい単語ばかりは覚えましたが、意味は全く」

「いざ乗る時に困らないか」

「その辺りはどうにか覚えましたよ。種子島大佐の小さなタービンロケットですけど」

 現物として存在するジェットエンジンはその小さなものか、オハインが作った遠心式圧縮機を用いたものだけであった。完成品を購入して研究出来たレシプロ発動機とは大違いだ。

 終戦までに作る事は叶うだろうか。



「鴛淵大尉、まだですか」

「まだだよ菅野」

 マーシャルを生き残った三人、鴛淵孝、菅野直、林喜重がいるのは横須賀追浜にある航空基地。航空兵の教育練成や新機材の実用実験を司る、通称「横空」の巣だ。

 三人はマーシャルからの撤兵と併せて、新型機の受領を命じられていた。

 機体が届くまでの数時間、菅野は暇を持て余していた。一応の中尉として頑張っていたが、今では長椅子に転がって足をぶらぶらと揺らしている。

 鴛淵と林は練習機、通称赤トンボに乗った後輩達のおっかなびっくりな操縦を眺めていた。練習機だけで一〇〇を優に超える数だが、可愛らしい二枚のプロペラと真っ赤な機体は猛々しさを感じさせない。牧歌的風景であった。

 横空の司令官である亀井凱夫は、大佐となってここに赴任する前から三人を知っているが、何故三人が仲が良いのか分からなかった。性格はばらばら。飛び方もばらばら。しかし不思議とウマが合う。

 亀井は自分の後輩を思い出す。

 柴田武雄と源田実は共に航空畑だが、全くもって仲が悪い。戦闘機不要論の際も対立軸の両端にいた。

 その後の指揮を見る限り、二人の性格は似ているはずなのだが、不思議とウマが合わない。殴り合いの手前まで来て、亀井が止めた事すらある。

 人の感情とは不可思議なものだ。

「来た!」

 菅野が飛び起き、机に勢いよく頭をぶつける。頭をさすりながらも立ち上がると、涙目で地平線を睨んだ。

 微かにプロペラ音が聞こえ、鴛淵も双眼鏡を片手に日向に出た。

 亀井は林に「お前は行かないのか」と目で問うと、

「分かりました」

 と席を立つ。見に行けという意味ではないのだが。

 陽炎に揺らめきながら着陸したのは、見慣れた姿の艦載機。紫電改であった。

 赤トンボとは違う精悍な機影は、これまでの紫電改と外見上の差異はない。しかし爆音が止まると、四枚のプロペラがゆっくりと姿を誇示した。

 降りてきたのは美濃部であった。

「美濃部少佐!」

 菅野と鴛淵が驚きの声を上げた。林も近付く足が止まっている。

 美濃部は統空技研にいるはずだ。亀井は疑問を口にした。

「菅野達がいると聞いて、交代してもらったんです」

 美濃部は三人の撃墜王に向き直ると、発動機のカウルをこつんと叩いた。

「三人とも。 この紫電改は二二型だ。これまで使っていた一一型とは全く違うから、気をつけておけ!」

 そこから美濃部による、新鋭機の講義が始まった。

 亀井が掻い摘んで理解したところによると、発動機がハ四五「誉」という新型に交換した機体だという。

 通常出力二〇〇〇馬力のハ四五により最高速度時速三四〇ノット、六三〇キロに強化された。防火装備や防弾板を発展させた機体は重いが、自動空戦フラップも改良型を装備したお陰で旋回性能は改善している。

「全てが良くなったと言っていい。発動機も小さくなって視界も広い。零戦には劣位でも勝てるぞ」

「水エタノールは降ろしたんですか?」

 美濃部の説明に不安を持った菅野が、日本軍の秘密兵器の有無を聞いた。不満げな表情を浮かべた美濃部。

「俺も載せてほしいと言ったんだがなあ。ハ四五は小さい。水エタノール噴射装置は将来的には載せるが、初期型には載せる隙間がないそうだ」

 六三〇キロで我慢しろという事らしい。

「……菅野は雷電の方がいいかもしれんな」

 美濃部の呟き。

「雷電に載せるハ四二は二三〇〇馬力を出すし、水エタノール噴射装置も付けている。二〇ミリと一二.七ミリを六門に強化したし、五〇キロ爆弾も載っけて襲撃機にも使える。それに何より硬いぞ。米軍機並みだ」

「じゃあ雷電を下さいよう」

 亀井が咳払いしつつ割って入った。

「残念だがお前達は船乗りにするからな。雷電は無理だ」

 撃墜王三人は寝耳に水とばかりに、亀井を振り返る。美濃部は知っていたのか、紫電改にもたれかかってにやついていた。

「第三艦隊が戦力を求めている、紫電改を使える奴をな。第一と第二と第三、合わせて第一機動艦隊とし、第三艦隊司令長官が指揮を執る。トラック、マリアナ、どちらでもないどこか。米軍に対処するには機動艦隊が必要なんだ」

 紫電改一一型はF6Fに勝てる機体だ。その強化型の搭乗者になるならば、激戦への切符を買うに等しい。血気盛んな戦闘機乗りが見逃すはずのない切符であった。



 横須賀軍港。工藤俊作の視界を遮る巨体は、鯨を思わせる流線型であった。砲郭が飾りの様に並び、胸びれはレシプロ発動機で節くれ立っている。

「船渠は空いてるのに、なんで早く降りないんでしょうか?」

<相模>の操艦に慣れた工藤には、目の前の艦がとても悠長な動きに見えた。藤本は微笑みながらも、新鋭鑑故の困難さを説明した。

「新しい艦型は飛行機に近いんだ。だからああして、海まで出て旋回した方が早い」

 空中艦は水平を保ったまま降下するのが一番早いと思っていた工藤は、改めて新鋭鑑の特異な性能を思い知らされた。

 工藤が横須賀に来たのは、この新鋭鑑のお披露目を見に来ただけではない。鎮守府に第一空中艦隊司令長官である草鹿任一中将がいるのだ。<筑紫>の修繕の間は間借りさせてもらっている。

 工藤は藤本と別れると、空中艦隊の顔触れが集まる会議室へ向かう。

 マーシャル沖での戦術的敗北の後、<筑紫>を始めとした空中艦だけでなく水上艦艇も合わせて、新たな装いをその身に施されている。

 まず第一に機銃が二五ミリに統一されていた。四〇ミリ機関砲は高威力だが、日本の技術力では手に余った。四〇ミリの跡地は二五ミリか、高射装置の増設が行われた。

 高射装置に制御された点射がある程度の威力を発揮するのに対し、対空砲が目標を追い掛けながら射撃する追射ではほとんど命中しなかった。ただばら撒くだけの対空砲火は心理的圧迫が多少あるが、弾幕で怯える米軍ではなかった。

 米軍の射撃用電探ほどの精度は無いが、電探との連携が可能になった新型高射装置は、八木宇田アンテナが生えた不恰好な箱となったが、<相模>に搭載されたそれの威力を工藤は艦政本部からくどくどと教えられた。

 三五.六センチ搭載の<浅間>型と三景艦は、アメリカ戦艦との撃ち合いでは不利と判明した。<吾妻>と<八雲>は未だ浮上する事も叶わず、三景艦に<浅間>を加えた四隻がオーストラリアから現れるアメリカ空中艦に対応している。

 マーシャル諸島は先月、米軍によって占領された。現地の兵は事前にトラックかマリアナまで下げられ、領土以外の損失は少ない。先の海戦では敗北したが、戦った成果はあったのだ。

 会議室に入って正面、草鹿は禿げ上がった頭を興奮に赤くしながら、工藤の到着を待っていた。他にいるのは<筑紫>艦長猪口敏平、第一空中艦隊参謀長原田覚の二人だ。

「工藤大佐。久々の対地作戦だぞ」

 草鹿は上機嫌だ。戦力を遊ばせている軍令部に直談判していたという噂は本当だったのだろうか。

「嶋田長官も了承された。ビルマに行くぞ、ビルマだ」

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