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空中軍艦  作者: ミルクレ
24/41

クェゼリン燃ゆ

「ウォッゼ航空隊ここにあり!」

 菅野直の雷電が、敵機の群れに突撃する。急降下によって時速八〇〇キロを超えた状態で、敵機との衝突を巧みに躱しつつ、発射柄を握り締めた。

 二〇ミリを主翼に穿たれた新鋭機は、重装甲を捩じ伏せる火力の前に敗北し、命中箇所から折り曲げられた主翼と共に落下していった。

 一個小隊に掻き回された敵機は、直後に正面から押し寄せた零戦に、有効な初撃を与えられない。

 零戦の十八番、巴戦に引き摺り込まれると、機体重量の分不利な新鋭機。その尾翼や胴体に、弾痕が刻まれた。

 新鋭機の機体性能を熟知した搭乗員は、急降下で零戦から逃れようとするが、高度エネルギーを速度エネルギーに変換した、控えの雷電に食い付かれた。

 八〇〇キロを超える前に、先に動力降下を始めた雷電が追い付く。

 両翼に瞬く発射炎に、機体を揺らす新鋭機。その機動が速度を殺し、近距離まで接近された。再びの射撃に機首を下げたまま、海に落ちていく。

 しかし態勢を立て直したアメリカ軍は、数の優位と性能差を生かし、ウォッゼ航空隊を駆逐しに掛かる。

「駄目だ、いかん!」

 空を見上げて叫んだのは、ウォッゼ航空隊司令の有馬正文だ。

 椰子で組まれた仮設指揮所の、丸太と丸太の隙間から見える戦況に、有馬は苦しげなうめき声を上げた。

 零戦が格闘戦に巻き込んでも急降下で脱出し、横合いから別の機体が一二.七ミリの雨を降らせる。

 雷電が目標目掛けて突入したところで、サッチ・ウィーブに引き込まれたことに気がつく。慌てて翼を翻したがために、下方から被弾し、燃料を燃え上がらせて、墜落していく。

「管制機に繋げ!邀撃隊に連携を密とせよ、と伝えるんだ!」

 有馬の命令は履行されないと、本人ですら理解していた。

 一五〇機を超える敵機に対し、こちらは掻き集めて一〇〇機ほど。

 三度目の空襲は日没直前となったが故に、クェゼリンからの邀撃が間に合わなかったのだ。

 二度目の空襲では二〇〇機程度に対して、ほぼ同数で迎え撃つことができた。そのため今回の空襲では、米軍機は数を減らしている。

 クェゼリンからの来援は既にこちらに向かっており、それまで耐えればいいのだが、その余裕は上空の味方にはない。

 衆寡敵せずとはいかないのが、流石はラエ以来のベテラン揃いだ。しかし一旦押され始めると、ひっくり返す余力はない。

「クェゼリンより来援到着」

 と電信兵から伝えられた時には、空戦は終わりに差し掛かっていた。

 敵機が居なくなると、味方ばかりが空に残る。その数は明らかに出撃時より少なくなっていることに、地上に残っていた兵士も気がつくほどであり、マーシャル防衛の盾が失われつつあることは、明々白々であった。

 一九四三年三月一〇日の太陽は静かに沈む。


 日比野正治第一国防線総司令官は、黒板に書かれた数字を読み上げる。

「雷電は三一機、零戦は四八機か」

「二式大艇も管制機として参加した機体は、被弾したり飛行不能になったものもあります」

 小園安名航空参謀が補足する。小園は一式陸攻でウォッゼに飛び、損害の詳細を確認していたのだった。

 緒方真記情報参謀が提案する。

「ウォッゼとクェゼリンに分散することが、今回の事態に陥る原因でした。この際、航空基地の広いクェゼリンに合流させる、というのは?」

 その案に一理あると日比野は感じたが、小園が目を剥いて反対した。

「なりません!クェゼリンは航空機の退避が難しい土地です。空襲を受けた際、防衛に失敗したら全滅の可能性があります!」

「しかし現実問題として、ウォッゼは一〇〇を切っている。こちらも一〇〇機ほどしかない。統合した方が良いだろう」

 奥田喜久司参謀長は合流に賛成するようだ。幕僚の意見が分かれた際、最終決定を行う司令官は判断が難しい。

 日比野は折衷案を示した。

「一式陸攻だけでもクェゼリンに移そう。ウォッゼは戦闘機のみに専念してもらう。第三艦隊が来るまでひとつでも基地が残れば、こちらの圧倒的優位なのだ」

 時計を一瞥した日比野は続ける。

「今からでは夜間着陸になるな。明朝、一式陸攻をクェゼリンに移動。夜間偵察は増やすぞ」



 第三三任務部隊(TF33)は第三四任務部隊(TF34)の護衛空母群から補充を受けていた。

 戦闘機のみの損害だが傷は浅くない。TF33司令官フランク・フレッチャーは直感していた。

「三度目はいいタイミングで突入しましたね」

 参謀長のチャールズ・カール・ムーアが後ろから声をかけた。

 ウォッゼやそれまでの攻撃では、ほぼ同数での迎撃であった。しかし本日最後の空襲では、ジークもジャックも数が少なく、一〇〇機以上の撃墜を報じた。重複誤認として半数を引いても、五〇機以上を撃墜したことになる。

 戦闘機掃討(ファイタースイープ)を現場指揮した大尉は、敵機の数が激減していたことを報告していた。二箇所に分散した迎撃機の内、クェゼリン側の出撃が遅れたのだと、司令部は判断していた。

「全基地を守らねばならない分、日本軍は戦力を分散せざるを得ない。エニウェトクには単独で圧倒出来る戦力を割いたが、こちらはそうではないようだな」

 しかしフレッチャーにも不安があった。明日には第三艦隊が進軍してくる。それまでに最低でもクェゼリン、ウォッゼを無力化しなければならない。

 ムーアがフレッチャーの懸念を感じ、提案した。

「提督。ポートモレスビーでは空中軍艦によって基地が壊滅させられました。戦艦は短期的に、航空機以上の破壊量を誇ります。リー少将に戦艦を任せてはどうでしょうか?」



 ウィリス・リー少将の第三三・一任務群(TG33・1)には、〈サウスダコタ〉〈インディアナ〉〈マサチューセッツ〉〈アラバマ〉の戦艦があり、リーは旗艦〈サウスダコタ〉と〈インディアナ〉でクェゼリンを、〈マサチューセッツ〉〈アラバマ〉でウォッゼを攻撃する作戦を立てた。

 一〇日、艦隊はマーシャル諸島を反時計回りに移動しており、この時マーシャル南東に遊弋していた。

 マロエラップを掠めてクェゼリン、次いでウォッゼを攻撃し、一一日に襲来する帝国海軍に備えるのだ。

「マロエラップを通過、間も無くクェゼリン環礁です」

 レーダーに島影を捉えたのか、中央情報室(CIC)に詰めているレーダー員から声が上がる。射撃用のレーダーがクェゼリンの全貌を把握し次第、砲撃を開始する予定だ。

「キングフィッシャー撃墜されました!」

 不意の報告に、リーの身体が強張った。同時に対空電探が、大型の機影をスクリーンに映し出し、CICに恐慌が広がった。

「直ちに対空射撃開始!夜間戦闘機を増やすよう、フレッチャー提督に伝えろ!」

 対空砲がベティと思われる反応目掛けて射撃を開始。暗闇に曳光弾の赤い光が飛び散った。

 火線に絡め取られた一機が、全身に炎を纏わせて海に滑り込む。大きな飛沫が素早く消火し、ベティの痕跡を隠す。

 生き残ったキングフィッシャーが、命懸けの吊光弾を投下。敵機を照らし出す。

「クレイジー……!」

 艦橋にいた艦長の呟きは、リーを含めた合衆国将兵の気持ちを代弁していた。

 夜間に低空で雷撃を試みている機体は、見慣れたベティ以外にももう一種。B-17にも似た重爆撃機。

「リズで雷撃を狙っているのか……!?」

 二式四発陸上攻撃機深山が、海面を這うように突撃してきたのだ。


「間に合わないぞ、早く退避しろ!」

 クェゼリン環礁の北端、ルオット島。小園が整備小屋の扉を押し開けて、中に向けて叫んだ。暗闇で足元もおぼつかないが、整備員は月の光を頼りに扉へ走る。其処彼処で転ぶ音や金属が落ちる音が響いた。

 点呼など取る暇はない。飛び出してきた整備員を先導し、対爆壕に駆け込んだ。

 入り口から外を窺う小園は、闇夜に微かに浮かぶ艨艟を睨みつける。

 一式陸攻と深山、合計三〇機ほどが、敵戦艦に纏わりついているが、時折火炎が海に落下するのは彼等の最後だろう。

 ウォッゼからの受け入れを準備していたため、攻撃機の準備を怠ってしまった。これは航空参謀たる自分の落ち度だ。小園は歯を食いしばり、表情に怒りを露わにした。

 再び人魂のような炎が空中に生じるが、その人魂は艦影目掛けて移動していく。

「いかん、死ぬぞ!」

 小園は届かない叫びを上げた。その瞬間、影に交差した機体は、爆発とともに周囲を照らし出した。

 軽巡洋艦か駆逐艦か。陸地に不用意に近付き過ぎたために、体当たりによって甲板を満遍なく燃え上がらせていた。

 不意に全ての音が消えた。整備員も壕の天井を見上げる。

 全ての音を圧倒する何かが、島に落下してくる。小園は正体に気が付き、地面に勢い良く伏せた。

 クェゼリンに対する艦砲射撃が始まったのだ。


「長官!」

 南端に位置するクェゼリン島では砂埃が舞う中、奥田が上官の姿を探していた。島を沈めてしまうのではないか、というぐらいの砲撃によって、島の指揮機能は麻痺状態だ。

 ルオット航空基地司令は、航空指揮所への直撃弾により戦死。航空参謀の小園は待避壕で無事を確認した。クェゼリンでは総指揮壕が倒壊してしまい、電探も全て破壊された。

 比較的出入り口に近いところにいた奥田は、自力で砂を掻き分けて脱出出来た。しかし最奥部にいた日比野は安否不明だ。

 何処に誰が埋まっているか分からないため、素手で砂を掻くことしか出来ない。呻き声や砂の盛り上がりを手掛かりに、司令部員を助け出していた。

 やがて最奥部にある作戦立案室の入り口を掘り出した。砂に埋もれた入り口に、見慣れた陸戦隊兵士の遺体があったからだ。

 丸太を退かし中に入ると、天井が無かった。直撃弾によってコンクリートが砕けたのか、砂に破片が多く混じる。作戦参謀や気象参謀の遺体に、先ほどまで話していた相手が死んでいるという状況を痛感させられた。

 聞き覚えのある声に反応した奥田は、数名に声を掛けた。

「こっちだ!この梁を退けろ!」

 奥田自身も肩を梁に当て、力を合わせて砂の中から引き摺りだした。するとマーシャル諸島の海図の乗せられた、粗末な机が砂に埋もれていた。

 まさかと思いつつ机の下を覗くと、緒方情報参謀を覆い被さるように庇う日比野の姿かあった。

 二人とも意識はないが、はっきりとした呼吸が確認出来る。

「長官!」



 ウォッゼから離陸する三〇機の一式陸攻。彼等は前日の鬱憤を晴らすべく、腹に抱いた魚雷を突き刺す目標目掛けて、スロットルを最大にして突き進んでいた。

「野郎共、行くぞ!」

 野中五郎達は明朝、クェゼリンに移動する予定であった。しかしクェゼリンが艦砲射撃で壊滅すると、敵討ちとばかりに燃料補給が済まされていた一式陸攻で、ウォッゼに来寇するであろう戦艦を撃退するべく出撃したのだ。

「頭、二時の方向!」

「がってんだ!」

 黒く塗り潰された海面から、城のように生えているのは、戦艦の艦橋だろう。

 片舷から三〇機が同時に雷撃すべく、斜行しながら突撃。

 対空砲火が激しく舞うが、狙いはそこまで正確ではない。むしろ目標が照らし出されることで、野中達に格好の獲物を提供している状況だ。

 高度を下げきれなかった一機が、運悪く四〇ミリ機関砲の直撃を受ける。機首を砕かれた一式陸攻は、飛沫を残して視界から消えた。

 しかし野中は動じない。それが友人の駆る機体でも、一瞬で逝ったことを願うだけだ。

 高度は五メートル。ただしこれは計器が示す数字で、速度を測るピトー管その他の精度が甘い日本製故に、もしかしたら海面から三〇センチと離れていないかもしれない。

 胃の腑が浮き上がるような緊張感を押し殺し、敵艦目掛けて突撃する一式陸攻の一群は、数機を撃墜され数機が海面に突っ込もうと、直進を続けている。

 基地砲撃のために陣形を崩していた艦隊は、有効な手立ても打てずに進撃を見送った。

 やがて二〇射線ほどが伸びていき、戦艦の舷側へと吸い込まれていった。



「戦艦〈アラバマ〉軽巡〈オマハ〉〈ローリー〉沈没、戦艦〈サウスダコタ〉〈マサチューセッツ〉大破、重巡〈ニューオーリンズ〉中破。以下多数小破です」

 ムーアの報告にフレッチャーは不機嫌な表情を浮かべた。

「〈アラバマ〉がやられたのか。戦艦が三隻も」

「ベティの雷撃が浅瀬にも関わらず命中したことが大きいです。ただし止めは魚雷艇によるものと。リズが雷撃をしたとの報告も上がってきています」

四発重爆(リズ)が?全くもって理解し難いな」

 せっかく四隻あった戦艦も、戦闘可能なのは一隻だけ。これではマーシャルに押し寄せるコンドウの艦隊を抑えきれない。

「ここは引くか」

 作戦の失敗は、総司令官のインガソルやフレッチャーの責任が問われるだろう。しかしここで無理に攻めれば、再び戦力を整えるまでに時間がかかる。

 一〇〇〇機近くの敵機を撃破しただけでも、日本軍には大打撃だろう。

「インガソル長官に上申。戦力が不足するため作戦の中止を具申する」

 CICに若干弛緩した空気が流れる。作戦の失敗より、戦闘からの脱却から来る安心感が大きいのだろう。フレッチャーも気分転換に、艦橋へと上がることにした。

 F4F改造型の夜間戦闘機は飛び続けているが、明日には全てが真珠湾に向けて帰還する。

 フレッチャー自身も油断していた。第三艦隊の出現を予感させる情報は、彼には届いていなかったからだ。

「間もなくナイトキャッツが帰りますよ」

 艦長の言葉に頷くと、疲れている搭乗員を迎えようと、彼等の姿を探し始めた。

 朝日に照らし出された〈エセックス〉の飛行甲板に、目を細めたフレッチャー。彼の視線はごま粒のような点が空に浮かぶのを見て、停止してしまった。

 艦長が不審気にフレッチャーの視線を追いかけ、顔を真っ青にする。

 フレッチャーが怒鳴った。

「敵機来襲!戦闘機を上げろ!ハリアップ!」

 戻ってきた夜戦と思われた機体は、真っ赤な日の丸を掲げていた。



 彗星艦上爆撃機は時速五〇〇キロを超える速度で、遊弋している巨大な空母に斬り込んだ。その数は少なく九機だけだ。

 護衛の紫電改は六機。シルエットだけなら、敵新鋭機に似ているためか、ばらばらに近付くことで味方機であると誤認したようだ。

 大慌てで戦闘機が発艦を始めている。撃ち出されるように発艦しているのは、カタパルトだろうか。

「タニイチよりタニ全機、タニイチよりタニ全機。突撃せよ」

 太田敏夫が率いる一五機のタニ隊は、第三艦隊から索敵攻撃を行う部隊としては四番目に当たる。タイからタヌまで一〇個に分けられた部隊は、一定の距離を開けて放射線状に展開。「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」ではないが、一部隊でも敵艦隊を発見すれば、空母に残った本隊が殺到する。

 戦力の分散は兵法において悪手だが、黎明を狙って攻撃するための奇策として、第三艦隊司令長官の塚原二四三が採用したのだ。

 太田は煩雑なモールス信号を打電し、現在地と艦隊の編成を報告する。

 艦隊上空には一〇機程度がたむろしているが、太田は対して問題にしなかった。

 紫電改の初陣だ。完勝してやるさ。


 彗星の後席から見ていた偵察員は、紫電改と新鋭機の戦闘をつぶさに観察していた。

 敵意を示さないよう、速度を落としていた六機の紫電改は、敵空母が慌て始めた途端に機速を爆発させた。

 彗星を目指して進む新鋭機は五〇〇キロの彗星に、あっという間に接近する。しかしその背後には紫電改がぴったりとくっついていた。

 太い機首に納められたエンジンをふかし、急上昇に移った敵機に、紫電改は悠々と追いつき、四条の二〇ミリが撃ち出された。

 尾翼が千切れ錐揉みに入ると、新鋭機はそのまま海面に叩きつけられる。

 誇らし気に翼を翻し、紫電改は次なる目標に向かっていった。

 高高度にいた直衛機だろうか、太田隊長の紫電改に急降下で襲いかかる。ひらりと躱す太田機を尻目に、そのまま動力降下で逃げるようだ。しかし別の紫電改が、隊長機を攻撃した不届き者を許さないとばかりに、降下を始める。距離は縮まらないが遠ざかることもない。それに苛ついたのか、敵機が速度を活かして宙返りに入った。突然の機動に紫電改が遅れ、垂直旋回を繰り返す巴戦に突入する。

 紫電改の背後に食いつく寸前だった敵機は、旋回を繰り返す度に離されていき、終いには逆転してしまった。

 自動空戦フラップ。川西航空機の秘密兵器だ。遠心力に応じて最適な角度でフラップを開く。紫電では未完成だったが、現在では信用に足る完成度だ。

 後方に回り込まれるとは思わなかった敵機は、慌てて翼を翻した。それが命取りとなり、無理な旋回でバランスを崩した敵機は、操縦不能になったのか墜落した。

 機織り戦法をする敵機には無視に徹し、向かってくる敵機のみを叩く。

 気が付けば直衛は無く、彗星の前には四隻の空母。味方機は九機。

 二機ずつに分かれた彗星は、爆弾槽の扉を開けて、空母に突入した。

 二五番を叩きつけようと、六〇度を超える角度で降下する彗星。対空砲火は彗星を通り越し、背後の空間を切り裂くのみだ。

 それでも一機が絡め取られ、そのまま空母に体当たりしようと直進する。突入する直前、彗星は対空砲座の上空で散華した。その残り香は花火のように炸裂し、甲板が夥しい小爆弾に叩かれる。

 三式焼霰弾と呼ばれる艦砲用榴散弾で、内部に小型の焼夷弾などを詰めた、対地対空に開発された砲弾がある。それを改造し爆弾に仕立て上げたものだ。時限装置を使えば空中で炸裂することも可能である。

 降り注ぐ破片と燃料に、空母の対空砲火が止まる。その隙を突いてもう一機が三式弾二五番を投下した。

 時限装置が働かず、飛行甲板に衝突した勢いで炸裂した爆弾は、甲板の過半を覆い尽くすほどに燃え上がった。さっきまで上空を飛んでいた機体も、駐機した位置で炎に炙られていた。

 彗星九機による奇襲により、大型空母二隻と軽空母一隻が炎上中。彗星の偵察員は彗星の性能に感謝し、第三艦隊へと帰還していった。


「〈ヨークタウンⅡ〉、甲板のF6Fが誘爆し、消火に支障!」

「〈マーフィー〉より放水の準備完了とのこと!」

「M2が多数破損、露天タイプは兵士に損害多数!四〇ミリ二基、五インチも一基使用不能です!」

 フレッチャーの下には、奇襲とそれに伴う損害報告が山の様に押し寄せていた。

 二〇機に満たない攻撃隊が、〈エセックス〉級二隻と〈プリンストン〉を戦闘不能に陥れたのは、予想外の出来事だ。

 フレッチャーが有効な手立てを打ち出す暇もなく、飛行甲板を火の海に変えていった敵機は、見慣れたジークやタイプ99ではなかった。こちらが艦載機を更新したように、向こうも新しい機体を運用し始めたようだ。

 フレッチャーはムーアの助けを借りて、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

「スポンソンに医務班を向かわせろ!艦首側から近付くんだ。風下だとあっという間に気管がやられるぞ!」

「提督、〈マーフィー〉が放水を開始します。追加で〈ボイル〉を支援に回しました」

 新たに命令を下そうと息を吸った瞬間、艦全体を震わせる衝撃波が襲った。

 CICの照明が点滅するほどの振動に、フレッチャーが体勢を崩す。

「〈プリンストン〉爆発!」

 真っ先に我を取り戻した電信員が、周囲の艦からの報告を、叫び声になりながらも伝えた。

 ムーアがフレッチャーを横から支えながら、〈プリンストン〉に何が起きたのかを推察する。

「〈プリンストン〉はエレベーターを降ろした状態で被弾しました。炎が艦内に燃え移ったのかと」

 軽空母の喪失は確実かと思われた。〈プリンストン〉との通信は途絶し、総員退艦の命令が広まっているのか、艦から飛び降りる乗員の姿が増えていく。

 インガソルやミッチャーへの報告には、TF33は継戦能力を失ったと送った。〈エセックス〉も〈ヨークタウンⅡ〉も飛行甲板を大きく損傷し、〈インディペンデンス〉のみが無傷では、第三艦隊の迎撃どころではない。

 電信員がフレッチャーに向かって報告した。

「インガソル司令より作戦中止の命令が下されました。グレナディアーズ作戦遂行は困難であると判断し、これの中止を決定した。各司令官は艦の保全に努めよ。以上です」

「ミッチャー提督が、直衛機を派遣してくれます。第一陣は五〇機です」

 フレッチャーは司令官席に座った。実に二四時間振りの着席であった。



「米艦隊は撤退した模様」

 その日の正午に至っても現れない敵機。ウォッゼ基地では緊張の糸が切れ、その場にへたり込む搭乗員が多く見られた。

「菅野、残念だったな」

 鴛淵孝は菅野をからかう。菅野は撃墜機数が四九機になり、

「四九たぁ縁起が悪い」

 と五〇機目の撃墜を狙っていたのだ。

 ウォッゼは昨夜の艦砲射撃を免れ、基地機能にはダメージがない。搭乗員も多くが魚雷艇に拾われ、機体だけが不足している状態だ。

 クェゼリンでは司令部倒壊や基地機能喪失によって、大変な混乱が起きているそうだ。

 仲のいい林喜重はウォッゼからクェゼリンの方向を見ており、管野と鴛淵の会話には加わっているのか微妙なところだ。

「鴛淵さんだって四二機じゃあ縁起が悪いって言ってたじゃないっすか」

 ぶつくさ言う菅野の様子に、鴛淵や林が笑う。そこに伝令員が周知させるために、大声で戦況を広めにきた。

「アメ公は撤退!アメ公は撤退!第三艦隊がやってくれたぞぉ!」

「んなこと知ってるっての」

 不機嫌な菅野が視線を滑走路へと向ける。そこには被弾してエンジン油を滴らせた機体があった。

 紫電改という新鋭機が被弾により、近場のウォッゼに降りてきたのだ。最初ウォッゼの防空隊は見慣れない機影に、アメリカの新鋭機であると誤認し、菅野は邀撃に向かっていたが、ぎりぎりで日の丸を確認し、事なきを得たのだった。

「俺もあれに乗りたいです。せめて飛燕」

「第三艦隊に移れば早いんじゃないか?」

「俺みたいなの、空母じゃア爪弾きにされますよ」

 それでもいいなあ欲しいなあ、と紫電改を見ている菅野は子供っぽく、林と鴛淵は再び笑みを浮かべたのだった。


 源田実の奇策により、空母四隻を発見しその内三隻を撃破した第三艦隊だが、残る四隻程度の空母を警戒していた。

 通信傍受や捕虜の情報を統合するにアメリカ艦隊は、大きく三つほどに艦隊を分離していることが判明した。

 この情報を入手された理由は、日本軍に捕まると情報を漏らすまでは殺されないが、少しでも話すと殺されるという、捕虜達の先入観の崩壊が大きかった。捕虜の待遇が劣悪だと教えられていたが、実際はアメリカ人に慣れ親しんだ食事が出る。その驚きは大きかったようだ。

 捕虜が情報を漏らす際に食べた料理から、ホットドッグ情報と呼ばれたこれらの尋問結果は、敵艦隊の陣容を把握するのに一役買っていた。

 そして搭乗員の話す内容に微妙な差違を感じた者が、同規模の艦隊がふたつ存在することを報告した。更に後方から軽空母による持続的に補給を受けていたことが判明したのだった。

「残るは一個艦隊か」

 塚原の呟きは、参謀長の大林末雄の耳に届いた。大林は塚原に向き直り、軽く笑みを浮かべている。

「此方は正規空母だけで一一隻です。安心してください」

「だが源田君の索敵にも捕まらなかったのだ。されど損傷しただけの甲艦隊を放置して、単独で離脱すると思わぬ。何処かにおるはずなのだが……」

 源田が甲板に目を向けたまま、ふたりの会話に加わる。

「ホットドッグ情報によると、甲部隊の司令官はフランク・フレッチャー、未発見の乙部隊はマーク・ミッチャーとのこと。ミッチャー提督は自身も搭乗員である生粋の航空屋です」

 源田にとっては航空分野の先達だ。平和な世の中であれば、とても面白い話が聞けただろう。そんなことを考えながら、源田は続けた。

「我々以上の航空の専門家です。こちらの裏を掻いてくる可能性がとても高いかと」

 頭を抱えたくなるような状況だ。塚原と源田だけでなく、先ほどまで微笑していた大林も厳しい顔を浮かべた。

 フレッチャー艦隊が思いの外近くにいたことが、ミッチャー艦隊も同様ではないかという疑念を生む。

 第一次攻撃隊が発艦する中、首席参謀の城英一郎が思い出したように発言した。

「空中軍艦はどこにいるのでしょう?」

「一空艦は内地に……」

 大林は不審気な表情をしていたが、誰も想像していなかったことに衝撃を受けた城は慌てる。

「アメリカの空中軍艦ですよ!戦艦も空母も持ち出したのに、空中艦だけが見当たりません」


 第一次攻撃隊が報告通りの場所に到着すると、そこにいたのは焼け焦げた軽空母と駆逐艦だけであった。

「アメリカは損傷艦を全て放り出したようだな」

 村田重治は天山を操りながら、散発的な対空砲火を観察していた。

 護衛というより救助を行う様子の駆逐艦の甲板は、人で埋め尽くされている。あれでは魚雷発射管の旋回や主砲の射撃すら出来ないだろう。

 周囲に散って敵影を探す僚機からも、艦影見えずと報告。目下の駆逐艦がのろのろと遠ざかっていくのを見て、

「一応、あの空母を沈めておこう」

 ということになった。無駄に捨てるよりはずっとましだ。

 訓練をするように雷撃をした本隊は、新たな敵影を見つけることもなく、母艦での待ち惚けとなる。



 城の言葉の意味は、その日の夜に判明した。

「対空電探に反応、極めて大!これは……」

 絶句した電探員に、上官の電探室長が続きを促そうとして失敗した。室長も電探を一瞥してその目を疑った。

 我を取り戻した彼は、艦内電話に向けて怒鳴る。電探に映るのは決して幽霊などではない。

「こちら電探室長!空中艦の接近を確認す!」

 電話を受けた源田は一体何故位置が暴露したのか、全くわからない様子であった。しかし城は自分の考えが正しかったことを再確認し、塚原に向けて頷いてみせた。この場で理解しているのは、塚原と城、情報参謀の三人だけのようだ。

 塚原が幕僚達に向けて、大声で喝を入れた。

「落ち着け!首席参謀の発言が正しかっただけではないか。電波は高い方がよく届く。それだけのことだ!」

 それでも、しばらくざわつきが収まらない艦橋に、大きな音が響く。源田が自らの頬を力強く叩き、それを呼び水にして幕僚達は落ち着きを取り戻した。

 事前に策定した通りに対応する。それだけなのだ。

 まず情報参謀の内藤雄が現状を整理するために、塚原に説明し始めた。

「ウォッゼから月光を四〇機借り受け、上空に張り付かせています。また、腕のいい者を選定し一式陸攻による対空爆撃に使用する旨、有馬基地司令より上申されてます」

 続いて大林が艦隊の配置を報告する。

「小澤長官の第二艦隊の内、空母と護衛を除くすべての艦艇が、アメリカ空中艦隊の前に立ちはだかります。第一艦隊は後方にて警戒中」

 航空戦へと突入するつもりであった第一艦隊は、航空戦力が少ないため戦況に寄与しないとのことで、第二艦隊と第三艦隊の後に続いている。

 半日程度で間に合う距離だが、三つの艦隊が入り混じることを忌避し、迎撃は第二艦隊が行うことになった。第一艦隊は後方警戒。第三艦隊は後退する。

「小澤長官から言伝が」

 城は第二艦隊旗艦に飛び、司令長官の小澤治三郎と協議して、先ほど戻ってきたばかりだ。

「それでなんと?」

「空海同時攻撃にて敵を撃滅せんとす」

 一瞬呆気に取られるも、塚原はくつくつと笑い出した。城ら艦橋に詰める将兵は、笑う司令長官に呆然とする。

 空海同時攻撃は塚原と小澤が、イギリス極東艦隊との戦いでの反省点を述べた時に考えたものだ。

 敵艦隊の目前で空母から攻撃隊を発艦させ、戦艦などの前衛と同時に攻撃を開始する。航空機により有効な陣形を保てない敵艦隊を、前衛が一隻ずつ戦闘不能にするのだ。

 小澤は艦載機を一式陸攻に、目標を空中艦に変更して、空海同時攻撃を行うつもりなのだ。

「任せたぞ、小澤」

 塚原は短く一言、後輩の成功を願った。


「〈天城〉以下、照準同期を開始します。主導〈天城〉」

「電探、感五。依然増大中!」

「六水戦の早川司令官より、敵水雷戦隊を確認せりとのこと!」

 小澤は静かに仁王立ちして、報告に頷くだけだ。

 六水戦には五水戦が加勢する。 照準同期による統一射撃管制は、本番まで成功するかは不明。小澤が口を出せば、逆に手間になることばかりだ。

「空中艦、前衛隊の上空を通過」

「そろそろですな」

 大西瀧治郎参謀長の横で、砲術参謀の神重徳が興奮を抑えきれない様子で顔を赤くしている。この対空中艦の陣形は、神の発案なのだ。

 首席参謀の大石保も落ち着かないのか、電探室と司令塔を行ったり来たりしている。

 普段熱くなりやすい大西は、周りの熱気に反して冷静だ。一式陸攻の誘導に気を配り、砲戦に入る直前に空襲を行えるよう、細心の注意を払っている。

「間も無く砲戦距離に入ります」

 電探室から戻ってきた大石の言葉に、大西が初めてにやりと笑った。

「一式陸攻指揮機より入電!突撃開始!」

「陸攻隊、吊光弾投下……敵陣容乱れています!」

 微かに照らされた空中艦隊は、ばらばらの方向に艦首を向けていた。辛うじて単縦陣だが、針路が違うため徐々に散っていく。数は多く、八隻もの空中艦が空を支配している様子は、優位である第二艦隊の面々を緊張された。

「距離二〇〇〇〇」

「撃ち方始め!」

 圧倒された空気を振り払うべく、小澤は敢えて吼えた。被せるように〈天城〉の一四インチが咆哮する。

 その砲声は〈天城〉の三基三門からだけでなく、後方からも響き渡った。

「敵一番艦に命中!〈伊吹〉によるものです!」

 初段命中の快挙にどよめきが起こる。ただでさえ命中し難い空中目標に対し、弾着修正を行わずに当てたのだ。

「統一射撃管制成功、でありますな」

 神の呟きに深く頷く小澤。

 斉射ではなく咄嗟射撃、準備が出来次第射撃するため、装填時間の短い一四インチは絶え間なく砲弾を送り出す。

 敵の単縦陣だったものに対し、単縦陣で斜めに突き進む第二艦隊。最後尾の〈伊吹〉による命中を基礎に、他の三隻が修整をする。

 最右翼にいた敵一番艦は炸裂した砲弾により赤く照らし出された。〈アラモ〉級の艦影は、そうとは分からないまでに叩き潰されており、一発の応射もなく撃破された。

「目標、敵二番艦」

 小澤が下した命令を砲術長が復唱する前に、敵二番艦の艦上から炎が噴き上がる。

「一式陸攻です!噴進弾を命中させました!」

 大西が喜びを露わにした。小澤も鬼瓦と渾名される顔を少しばかり緩めた。


 一式陸攻には、噴進機関研究所が発明した、英語圏でロケットを利用した兵器を搭載していた。

 ユダヤ人の脱出を支援した結果、日本はドイツとアメリカとの太い繋がりを得ることになる。ユダヤ系民間企業という縛りはあるものの、最新技術を導入しやすくなったのだ。外務省の主導で民間企業からの技術導入がなされ、玉石混淆ながら色々なものがもたらされた。

 噴進機関もそのひとつである。今日ではロケットとジェットに分けられているが、日本軍ではどちらも反動を利用した噴進機関として纏めて研究されていた。噴進機関研究所では、噴進機関を利用した新兵器の開発が行われていたのだった。

 政治的には疎遠になっているドイツでは、ナチ党員のウィリー・メッサーシュミットが噴進機関によるMe163コメートを開発した。体制派であるメッサーシュミット社からコメートの導入は困難であり、手に入れられたのは機体の写真のみであった。

 ハインケル愛知航空機や三菱重工の技術者により、設計図まではでっち上げることに成功する。しかし余りにも短い航続距離は軍から嫌われ、航空機の計画は頓挫してしまう。

 ハインケル愛知は噴進機関での物理学者との繋がりから、より安定した液冷エンジンの開発へ邁進するが、噴進機関には冷淡であった。

 それに対し三菱重工は噴進機関研究所での経験を活かし、噴進弾への開発を行った。イ号一型噴進弾「秋水」は形状がコメートに似ているが、無人無誘導の対地爆弾であった。

 秋水は直進性や大きさに問題がある上、炸薬のみなら一〇〇キロ爆弾と同規模であった。時速五〇〇キロ近くで比較的遠距離から発射する秋水は、航空機の被弾が抑えられる利点があった。

 ちなみに空技廠(航空技術廠)ではターボジェットエンジンの開発を行い、機体を三菱重工のライバルである中島飛行機に担当するが、完成にはまだ長い時間が必要だった。

 秋水に発展性を感じた陸軍は、秋水を改良するべく自らの予算を投入。イ号二式噴進弾を実装した。

 イ号二式噴進弾は無誘導のままだが炸薬を大幅に増大させ、対艦対要塞を主眼としていた。また滑空機を彷彿とさせる形状は、一式に比べて長射程と直進性に優れており、八〇〇キロの重量は一式陸攻に搭載出来るものであった。

 単純攻撃力では対艦八〇〇キロ爆弾の方が勝るが、空中艦や時限装置を利用すれば航空機への攻撃も可能だと陸海軍首脳部は判断した。

 イ号二式噴進弾は陸海軍の秘密兵器として温存されていた。ウォッゼにいた三〇機の一式陸攻は、このイ号二式噴進弾の為だったのだ。


〈天城〉艦長の西田正雄は防空指揮所で、燃え上がる空中艦に目を奪われていた。戦闘能力を喪失していながら、浮遊機関が無事故に空に浮かび続けている姿は、マレー沖で目撃したイギリスの戦艦を思わせる。

 海と空の違いはあるが、空中艦もまた軍艦なのだ。当たり前の事実が、西田に空中艦への先入観を崩す。

 残る六隻の空中艦は回避のために、急旋回を繰り返していた。艦内電話からは敵三番艦への目標変更が告げられた。

 六番艦が滑空する噴進弾を受け、炎と船体の一部を飛び散らせた。二重にぶれたように艦影が振動し、ふらふらと戦線を離脱する。

 照準完了により射撃を知らせるブザーが鳴り、衝撃波に頬を引っ叩かれた。

 四隻から一二発が放たれるが、今度は初弾命中とはいかずに、艦下方を通過する。

 西田は違和感を感じ三番艦を注視したが、吊光弾も燃え尽いて暗闇に阻まれる。西田の視力では次弾を待たねばならない。

 艦載の水上偵察機が急行する間に、再び統一射撃が放たれたが、これも下に逸れた。

「夜間見張員はいるか!」

 西田の声に階段を駆け上がる音が応じる。登ってきた兵は薄暗い艦内で、西田をすぐに見つけた。

「敵三番艦だが、他とは違う所がないか?」

 見張員は手で覆いを掛けると、暗闇を見つめる。あっと声を上げた見張員は、西田に向き直ると、

「敵三番艦及び四番艦は〈アラモ〉級ではなく、〈コネチカット〉級に見えます!」

 と叫んだ。

「よくやった。砲術、聞こえたな!」

「宜候!」

 電信員が他の三隻に事実を伝えると、しばし照準修整のため射撃が止まる。

 一式陸攻の最後の小隊が、敵陣に切り込む。これが終われば陸攻隊は帰還し、敵は持ち直す猶予を得る。それまでにせめて〈コネチカット〉級の一隻だけでも無力化しなければ。

 ブザーの音が響き砲撃が再開される。砲口から吐き出された炎が、砲弾が右砲から放たれたことを示していた。

 敵艦の全長から距離を測っていたため、〈アラモ〉級と〈コネチカット〉級の体格差から計測を誤ったのだ。

 修整が甘かったのか多くの砲弾が敵艦を潜り抜けてしまったが、先ほどよりもずっと近くを通過している。また三発が上方を通った。〈生駒〉が距離を目標より遠くに設定してしまったようだ。

 その間目掛けて射撃すれば命中弾を期待できる。西田は砲撃を待った。

 第二艦隊が撃つ前に、敵艦数隻が燃え上がる。西田はそれが敵艦の発砲だと瞬時に理解した。

 上からの砲撃が〈鞍馬〉の周りを押し包む。〈コネチカット〉級の集中砲火を浴び、〈鞍馬〉の姿が水柱に隠された。

 距離は一二〇〇〇。至近といっていい。空中艦は第二艦隊の頭上を突破し、空母を討ち滅ぼさんと、無謀とも思える突撃を続けていた。

 三番艦の〈コネチカット〉級に向けた砲撃が、四発目にして実を結ぶ。艦首に命中した砲弾は船体を砕き、艦首に向かって優美に降る坂道状の甲板を台無しにした。

 さらに後続の艦からの射弾が次々と命中し、炸裂の炎が上がる度に形を歪ませた。

 左に傾け射撃していた三番艦は、その傾斜を大きくしていき、ほぼ横転した状態で海面へと墜落していった。

 海面には既に全身を燃やし尽くされた〈アラモ〉級が三隻、その身を横たえている。

「残り四隻……」

「〈鞍馬〉炎上中!」

 西田の呟きに被せるように、不意の凶報が艦橋にもたらされた。反射的に背後を振り向くも、そこには光学測距儀があるだけだ。


「〈鞍馬〉より入電!我被弾するも損害軽微」

 艦長の人見錚一郎が気を利かせたのか、〈鞍馬〉のことは問題ないと伝えてきた。小澤司令長官はどう判断なさるか。

 小澤は〈鞍馬〉を下げずに、そのまま単縦陣を維持した。人見の思いを汲み、戦闘に参加させたのだ。

 西田も戦闘途中での離脱を命じられたならば、似たような電信で残りたいと上訴しただろう。しかし純軍事的には、損傷艦は下げるべきで、沈んでは如何ともし難いからだ。

 残存する空中艦は〈鞍馬〉の後方を抜ける針路で進む。司令塔から小澤が指示する。

「左一斉回頭、反転する」

〈天城〉を先頭とした単縦陣が一八〇度回頭し、〈鞍馬〉を先頭とする陣形となる。徐々に離れつつあった第二艦隊は、再び空中艦隊の鼻先を抑えた。

「敵艦隊、離れます」

 電探室から報じられたのは、空中艦が撤退し始めたことを示す内容であった。

 三三ノットを軽々と出す空中艦は、あっという間に距離を稼ぎ、水平線の向こうへと避退していく。


 五水戦と六水戦も敵水雷戦隊を撃破し、空母は無事だ。

 戦闘終了を告げられた時、既に日が東から顔を覗かせていた。夜明けによって海面に浮かぶ残骸が姿を現し始めた。

「艦長、〈鞍馬〉が……!」

 副長が声を戦慄かせて、双眼鏡を西田に差し出す。不審気に受け取り〈鞍馬〉に向けた西田は、直後顔から血の気が引く。

 西田が双眼鏡から見た〈鞍馬〉は、戦闘前とは大きく違うものだった。

 煙突や後部艦橋は倒壊したのか、影も形もない。雛段のように重ねられた高角砲も、黒く焼け焦げて甲板にへたり込んでいる。

 艦尾の航空兵装は砕かれ、クレーンの残骸らしきものが山積みになっているだけだ。

 伝令に〈鞍馬〉の様子を報告するよう命じる。戻ってきた若い兵は、震えていた。

「〈鞍馬〉は現在、副長が指揮を執っているそうです」

「人見はどうした!」

「航海艦橋への直撃弾により、戦死なされました!」


 後から聞くところによると、〈天城〉司令塔では早くから〈鞍馬〉の被害が重いことは分かっていたそうだ。

 反転直後から統一射撃管制に必要な、射撃盤の情報が途切れていたという。

 艦長が報告した時点では後艦橋と航空兵装が破壊されたのみで、戦闘は継続できた。火災の原因は航空機用燃料だったらしい。

 だがしかし、反転直後に喰らった砲弾が前艦橋を襲い、夜戦のために視界のいい航海艦橋にいた艦長らを殺傷した。

 人見は片腕を吹き飛ばされるも意識を保ち、戦闘が終わるまで自分のことを言うなと、応急長に伝えて事切れた。

 西田は〈鞍馬〉に向け敬礼し、曳航する際は〈天城〉が行いたい旨を小澤に伝えた。小澤もアメリカ軍の撤退が確実になり次第、曳航することを許した。

 三月一二日、アメリカ軍は撤退。「MM作戦」の終了を嶋田繁太郎連合艦隊司令長官は宣言したのだった。



「間も無く硫黄島です」

 航海長の報告に、西田はほっと一息ついた。硫黄島まで二度ほど潜水艦の接触を受け、〈天城〉は〈金剛〉の盾として被雷した。

 魚雷一本で沈むような艦ではないが、潜水艦からの奇襲は乗員の神経を酷く磨耗させる。不眠不休の努力の末、この硫黄島まで来られたのだ。

「どうにかここまで」

 西田の言葉は後ろから響いた轟音と、それに続く見張員の怒鳴り声に中断させられた。

「〈鞍馬〉被雷!」

 マリアナで〈間宮〉による突貫修理の末、自力航行で本土に戻ってきた〈鞍馬〉。その艦首に二本、水柱が現出していた。


「グレナディアーズ」作戦の失敗によりアメリカ軍は、多数の艦載機と軽空母〈プリンストン〉を喪失。さらに空中艦隊による夜襲で〈コネチカット〉〈ダズル〉〈フォートレブンワース〉〈ゴライアス〉が撃墜される。

 水雷戦においても数的不利や「青い殺人者」酸素魚雷の威力により敗北。軽巡〈ミルウォーキー〉〈シンシナティ〉〈デトロイト〉、他駆逐艦多数を失った。

 ロイヤル・インガソル総司令官と第三三任務部隊司令官フランク・フレッチャーは更迭。

 中部太平洋方面は太平洋艦隊司令長官のジョン・ヘンリー・タワーズが兼任。TF33の後任にはレイモンド・スプルーアンスが着任した。

 対する日本軍はマーシャル諸島の航空兵力の多くを喪失。クェゼリン環礁では、コンクリートで固められた待避壕のおかげで、人員の被害は抑えられたが、単純な建屋しかない航空機用のバラックや整備小屋は爆砕された。

 目下無事な土木機械で滑走路を復旧しているが、頼りになるのは砲撃を免れたウォッゼの航空隊だ。

 夜戦を繰り広げた第五、第六水雷戦隊も無傷ではなく、駆逐艦に損害が出た。

 そして〈鞍馬〉は硫黄島近海で潜水艦により被雷。病み上がりの〈鞍馬〉はその攻撃に耐え切れず、副長は硫黄島に座礁させることで乗員を救った。

 この〈鞍馬〉喪失は、アメリカによる通商破壊、潜水艦による本格的攻撃の始まりであった。


 損害表

 ※軽巡以上のみ


 小破

〈長良〉〈由良〉

 中破

〈五十鈴〉

 大破

〈多摩〉

 撃沈

〈鞍馬〉〈球磨〉〈名取〉


 小破

 軽空母〈インディペンデンス〉

 中破

 空中艦〈オレゴン〉〈アラモ〉重巡〈ニューオーリンズ〉

 大破

 戦艦〈サウスダコタ〉〈マサチューセッツ〉正規空母〈エセックス〉〈ヨークタウンⅡ〉

 撃沈

 戦艦〈アラバマ〉空中艦〈ダズル〉〈フォートレブンワース〉〈ゴライアス〉軽空母〈プリンストン〉重巡〈シカゴ〉軽巡〈オマハ〉〈ローリー〉〈ミルウォーキー〉〈シンシナティ〉〈デトロイト〉



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