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空中軍艦  作者: ミルクレ
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クリークスマリーネ

 一九四二年三月。〈ビスマルク〉〈ティルピッツ〉を主力とする艦隊は、ノルウェー沖で激戦を繰り広げていた。

 相対するのは〈プリンス・オブ・ウェールズ〉〈フッド〉〈レパルス〉を主力とした北海艦隊。ドイツ海軍の〈グラーフ・ツェペリン〉による被害を嫌い、ソ連への輸送船団を護衛していた艦隊だ。

 エーリッヒ・レーダーらドイツ海軍首脳部は、補助艦艇の優位や空母の不在から、北海艦隊への攻撃を決定。ヴィルヘルム・マルシャルにフィヨルドからの出撃を命じた。

〈ビスマルク〉〈ティルピッツ〉を直率し、〈シャルンホルスト〉〈グナイゼナウ〉が重巡の代わりに運用。八隻の駆逐艦は日本風に駆逐隊を組み、水雷戦隊を構成していた。

 対するイギリス艦隊は〈プリンス・オブ・ウェールズ〉を旗艦とし、〈フッド〉〈レパルス〉がそれに付き従う。船団の近くでは〈サフォーク〉〈コーンウォール〉〈ドーセットシャー〉とH級駆逐艦四隻、タウン級駆逐艦四隻が守っていた。

〈プリンス・オブ・ウェールズ〉では艦隊司令官としてアンドリュー・カニンガムが、ドイツ艦隊の接近を察知。

 付近の艦艇に伝えるとともに、空母部隊に応援を要請した。

 この時〈グローリアス〉〈カレイジャス〉が対応可能であったが、ジェフリー・レイトン本国艦隊司令長官はこれを拒絶。〈キング・ジョージ五世〉と〈デューク・オブ・ヨーク〉が合流してからの応援を命じた。

〈グラーフ・ツェペリン〉が行動している海域に、少数での派遣は危険だと判断したのだった。

 カニンガムは応援を待つことを諦め、タウン級を船団に残して反転。マルシャルの艦隊を迎え撃つ姿勢を取った。

 マルシャルは〈ビスマルク〉の艦上でほくそ笑む。彼の目的は輸送船団ではなく、護衛であるのだから。

〈ティルピッツ〉では一四時四〇分にイギリス艦隊を視認したと記録されている。

 ドイツ水雷戦隊は遠巻きに戦艦を回り込もうとする。イギリス駆逐艦も同様に動き、駆逐艦同士の衝突が起こる。

〈ドーセットシャー〉を旗艦とした重巡戦隊は〈シャルンホルスト〉〈グナイゼナウ〉に突撃する。巡洋戦艦である彼女達が、戦艦同士の砲戦に介入するのを妨害するためだ。

 だが〈ドーセットシャー〉と〈ノーフォーク〉が早々に被弾し、建造当初から薄過ぎると言われていた装甲が撃ち抜かれた。そもそも二八センチ艦砲を受け止められる巡洋艦は存在しないので、〈ドーセットシャー〉と〈ノーフォーク〉は相手が悪かったとしか言いようがない。

〈ドーセットシャー〉はバルジが浮力を保っていたが大破しており、本国艦隊によって雷撃処分された。

〈ノーフォーク〉は弾薬庫を撃ち抜かれ轟沈。両艦の生存者はタウン級駆逐艦に救助された。

〈サフォーク〉は二隻が叩かれている間に接近、雷撃を敢行して直ちに後退を開始した。

 魚雷は最大戦速で放たれたために、海面に強く叩きつけられ破損。それでも〈グナイゼナウ〉目掛けて直進した一本は、見事に水面下で船体にキスをする。

 鈍い衝突音が右舷に響いたが、艦長達が恐れていた事態はいつになっても起こらない。

 魚雷の不発に、ドイツ側は先ほどまでの恐怖を叩きつけられるかのように、〈サフォーク〉は二隻に集中砲火を受ける。

〈サフォーク〉は艦橋を爆砕され、通信士官の指揮でスカパ・フロー泊地まで逃げ延びた。

 一方イギリス駆逐艦は倍の敵艦に対し、過去の戦術と思われていたネルソン・タッチをやってのける。

 単縦陣で砲撃を繰り返すドイツ水雷戦隊に、同じく単縦陣で切り込むイギリス駆逐艦。

〈Z1〉と〈Z2〉の間に距離が開くと、その隙間にねじ込むように四隻の駆逐艦は突入した。

 分断された駆逐隊は統制を失い、針路を塞がれた駆逐艦〈Z2〉以下はばらばらに散開してしまう。

 前側の五隻が後ろに回り込んだイギリス駆逐艦を攻撃しようと急回頭。その艦首に白い雷跡が吸い込まれた。

 相次いで爆発した〈Z6〉〈Z7〉に恐れをなし、魚雷を半ば捨てるように発射した残存の駆逐艦。

 イギリス側も魚雷を使い切ってしまい、日本のような再装填装置を持たない故に、戦艦同士の戦いには介入できなくなった。

〈ビスマルク〉と〈ティルピッツ〉の最初の目標は、旗艦である〈プリンス・オブ・ウェールズ〉であった。最新鋭であり、四連装と連装を混載した独特のシルエットは、防御力も優れていた。

 カニンガムは自らが座乗する戦艦を囮とする覚悟を決め、残りの二隻に突撃させた。

〈ティルピッツ〉がそのまま〈プリンス・オブ・ウェールズ〉を狙い続けたのに対し、マルシャルの〈ビスマルク〉は、〈レパルス〉に目標を変更した。

 巡洋戦艦の防御力を強化した〈レパルス〉だが、攻撃力では一五インチ連装三基と侮れない。

〈フッド〉を先導する〈レパルス〉に対し、距離一五〇〇〇で〈ビスマルク〉が斉射した。

〈ビスマルク〉の放った砲弾は〈レパルス〉に二発が命中。艦首と主防御区画を貫通した。

 艦首に当たった一五インチ砲弾は、高初速の強みである貫通力を発揮し、錨鎖庫や居住区画を吹き飛ばした。誰の持ち物か区別なく全てが瓦礫となり、大きく抉れた艦首からは、海水が流れ込み始めた。

 主防御区画を突き抜けた一発は、巡洋戦艦の命である高速性を発揮させる機関部、その内のボイラーを破壊した。

 蒸気と火焔が通路を席巻し、機関部にいた兵士達を焼き尽くした。断末魔が響くが、燃え盛る通路ではどうしようもない。

〈レパルス〉の船足はがくんと落ち、艦橋では数名がつんのめった。

 機関科士官と連絡を取るべく電話に怒鳴る艦長は、不意に響き渡る轟音に天井を見上げる。何かが裂ける音と赤い光を感じた直後、艦橋に詰めていた者は意識を消失した。

 二撃目によって潰された艦橋と折れ曲がったマストを引き摺り、被弾箇所から煙を吐き出す〈レパルス〉。瀕死の彼女から放たれた反撃(レパルス)は〈ビスマルク〉の舷側を捉えるが、分厚い舷側装甲はそれを受け止めた。

〈フッド〉は〈レパルス〉を避けつつ、〈ビスマルク〉目掛けて打ち掛けた。

 命中精度は低いが、それでも反撃されずに放った砲弾は三発が命中した。

 舷側に並べられた副砲や機関砲を屑鉄へと変え、一発が主防御区画を貫いた。

 副砲を根元から砕かれ、副砲弾薬庫に注水が間に合うまでの間、誘爆の危険が発生した。

 煙を引き摺る〈ビスマルク〉に歓声を上げる〈フッド〉乗員。その頭上から圧するような風切り音が降り注いだ。

 誘爆原因は不明。後部弾薬庫が火種。乗員の大半が戦死。

〈フッド〉を襲った〈ビスマルク〉の砲弾は後部弾薬庫を誘爆させ、〈フッド〉を真っ二つに引き裂いた。熱された海水が沸騰したように泡を立て、〈フッド〉の船体を海へと引きずり込んだ。轟沈であった。

〈プリンス・オブ・ウェールズ〉も〈ティルピッツ〉との撃ち合いで悲劇が起こっていた。艦橋を襲った砲弾が貫通し、司令塔に詰める人間の大半を殺傷したのだ。

「ネルソン提督の再来」と呼ばれたカニンガムは幕僚が盾になり即死を免れた。衝撃に殴り飛ばされたカニンガムは、両足を骨折。失血により意識を保つことも困難になり、〈プリンス・オブ・ウェールズ〉は指揮系統を喪失。最大戦速で退避を開始した。

 マルシャルは戦果拡大を狙い追撃を企図したが、〈ティルピッツ〉の対空電探が飛行物体を確認する。

〈カレイジャス〉を飛び立ったソードフィッシュ攻撃機であった。位置は判明していたため、発艦可能な機体から五月雨式に押し寄せたソードフィッシュ。

 空襲に対しマルシャルは追撃を断念。

 この海戦の結果、本国艦隊司令長官は極東艦隊に派遣される予定であったジェイムズ・サマーヴィルが臨時に交代。輸送艦隊はより北方に航路を移動するなどの対応に追われた。

 対するドイツ側では〈ビスマルク〉が中破、〈ティルピッツ〉〈シャルンホルスト〉が小破。水雷戦隊の被害が特に大きく、駆逐艦の半数が撃沈された。ドイツ海軍は力不足を見せ付けられる形となり、枢軸側に付いたフランス海軍に力を借りて、再建することになる。


 一九四二年四月。ドイツ海軍は海軍戦力として〈ダンケルク〉〈ストラスブール〉〈ジャン・バール〉の戦力化を発表。更には空母〈ジョッフル〉〈パンルヴェ〉の建造を終え、進水式を終えたことも報じる。

 ピエール・ラヴェル率いるヴィシーフランス政府はドイツにより編入され、フランス本国は遂に全領土を名目上失った。

 フランソワ・ダルランを首魁とするヴィシーフランス艦隊は「我々を攻撃したのはドイツではなくイギリスだ」と敵意を煽り、自由フランス艦隊旗艦〈リシュリュー〉艦上で、シャルル・ド・ゴールはその事を報じた電信を見て激怒したと言われる。

 自由フランスの海軍が枢軸に内通することを不安視し、イギリスは艦艇の補助を惜しんだ。そのためにアメリカからの支援を巡り、イギリスとフランスで争いが起こってしまい、アメリカ海軍のロイヤル・インガソルは仲裁に追われ、一時期交代するほどの苦労を強いられた。

 ドイツ海軍の拡大は止まるところを知らず、レーダーは停止された建艦計画であるZ計画を改訂した上で復活。空母四隻、戦艦二隻を軸とする計画を立てた。

 空中軍艦はフランスのものを接収して建造続行。またロストックでは陸海空と親衛隊の協力という通常ではありえない体制により、空中軍艦が建造されつつあった。


「これぞ、大洋艦隊の復活だ……」

 レーダーが感極まった様子で、その艦隊を見下ろしていた。

 ヴィルヘルムスハーフェン軍港はまさしく軍艦で溢れており、レーダーがかつて見た大洋艦隊(ホッホゼーフロッテ)を思わせる風景だ。

 彼が乗るシュトルヒは陸上観測機で、短距離離着陸能力と安定性が高い。また戦術偵察機としても優秀で、高翼故の視界の広さは申し分ない。

 レーダーはその視界で艦隊を見るために、陸軍からこの機体を借りたのだ。

 戦艦の〈ビスマルク〉と〈ティルピッツ〉は先の戦闘の傷跡も痛々しいが、実戦を経た勇姿を誇っているようにも見える。

 巡洋戦艦〈シャルンホルスト〉〈グナイゼナウ〉は独立した戦隊を組み、通商破壊に出撃すべくバルト海に進んでいく。

 装甲艦〈ドイッチュラント〉級は〈アトミラール・ヒッパー〉級重巡洋艦と共に襲撃部隊を構成し、艦隊戦の際は水雷戦隊の血路を啓く役割を与えられている。大損害を受ける役目のためか、獰猛な獣を思わせる雰囲気に覆われている。

 彼等の普段の任務は、優美なシルエットを誇る空母〈グラーフ・ツェペリン〉〈ペーターシュトラッサー〉を守ることだ。この空の守護者は軍港の最奥で、六〇機の海軍機と共に、一時の休憩時間を楽しんでいる。

 これだけでもレーダーの夢は叶ったも同然だ。海軍に冷淡な伍長に、ここまでの艦隊を許されたのだから。しかしレーダーの夢を超えた風景が、そこには存在した。

 明らかにシルエットに差異がある軍艦が、〈ビスマルク〉とは反対側に鎮座している。

〈ジャン・バール〉〈ダンケルク〉〈ストラスブール〉の姿がそこにはあった。

 彼女達はイギリスの謀略を辛くも脱し、我々ドイツに付いてくれたのだ。

 また〈シュフラン〉級重巡洋艦など多くの艦艇は、レーダーが熱望していたもので、彼の感謝や厚遇により、ドイツへの不信を払拭した者もいる。

 イギリスは本国艦隊を強化。〈キング・ジョージ五世〉〈アンソン〉〈ハウ〉に加え、新型戦艦を突貫で建造。航空戦力もアメリカからの護衛空母や改装空母を溜め込んでいるらしい。

「我が艦隊をやらせはしないさ」

 レーダーは独語した。

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