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空中軍艦  作者: ミルクレ
14/41

マーシャル諸島沖海戦

 一九四二年、三月。第一艦隊の旗艦〈長門〉の艦橋では、この艦が就役してからGF長官が座っていた椅子に、腰掛ける近藤信竹大将がいた。その様子は極めて落ち着いている。少なくとも参謀長三川軍一にはそのように見えた。

 二式一号電探と一式三号電探からの報告は周囲に敵影無しと報告していたが、電探の性能を疑問視する三川は見張員の報告のほうが安心でき

 た。彼らは満月の夜空であれば電探のカタログスペックを上回る能力を発揮するからである。

 無気力で書類に目をあまり通さないと評判であった近藤だが、三川が部下として配属されてから、そのうわさが嘘であったと知った。むしろ細部まで目を通し、疑問があれば参謀に説明を求める意欲的な司令官であった。

 更には勇猛果敢な指揮を行う、三川には心強い上司に見えていた。

 時刻は五時過ぎ。夕暮れに染まる水面には第一艦隊所属の艦船が停泊している。

「今日も来ないか」

 ぼそりと呟いた近藤は立ちあがり、

「電探の調子はどうだ」

「海防艦から敵潜発見の報告はあったか」

 など仔細を聞いてくる。

 このクェゼリン泊地、マーシャル諸島に何故米軍は襲来しないのか、と。


「何故マーシャルに来ないのだ」

 クェゼリンの西方にあるエニウェトク泊地、そこに碇泊する〈加賀〉の第三艦隊司令部ではそのような重苦しい空気が漂っていた。

 特に司令長官である塚原二四三は、表にこそ出さないが、内心ひどく焦っていた。

 米軍がこのままマーシャルを無視して南方に直接襲来した場合、敵方は大兵力の派遣は困難だがそれでも南方派遣艦隊を上回る兵力は送り出せる。それを打ち破るには第三艦隊を派遣しなければならない。だが航空母艦と戦艦を分派した第一艦隊だけでは米艦隊を防ぎきれるか怪しい。〈長門〉〈陸奥〉〈扶桑〉〈山城〉〈伊勢〉〈日向〉の六隻ならば可能だろうが、〈扶桑〉〈山城〉を南方派遣艦隊に分派している現状では、最大五隻で攻めてくるアメリカ艦隊を押し留められない。

〈赤城〉〈加賀〉を直率する塚原と〈蒼龍〉〈飛龍〉を率いる山口多聞がマーシャル諸島防衛の要なのだ。無論基地航空隊もいるが、その多くが陸軍の防空隊で、戦闘機一〇〇機程度と九九式双発爆撃機のような軽爆撃機が三〇機ほどしかいない。

 海軍航空隊は一式陸攻と深山を装備していたが、マーシャルではなくトラックとマリアナ諸島に分散していた。直接そのどちらかに襲来する恐れもあるからだ。零戦もそちらの護衛のために三〇〇近くが配備されている。

 マーシャルにここまで戦力が少ない理由。それはこの第三艦隊なら守り抜けるとの期待であった。

 南方では航空戦で圧倒的優位に立ち、フィリピン以外では増派された連合軍の航空機を殲滅している。

 それらの勝利は中部太平洋方面から絞り出した戦力によるものだと信じている塚原だが、戦力はいくらあっても足りないくらいなのだ。この時ばかりは、戦力をこちらによこしてもらいたかった。



 トーマス・ハートは不安だった。

 自分がこの作戦の司令官であることも、マーシャル諸島への攻勢作戦もだ。

 元々この作戦は中部太平洋方面司令長官であるヘンリー・タワーズが第三艦隊を直接指揮するはずだったが、土壇場で作戦を提案したハートにお鉢が回ってきたのだ。

 作戦は大きく分けて三つ。

 マーシャル諸島の敵艦隊の殲滅、敵基地の破壊、海兵隊による占領だ。

 敵艦隊の殲滅に当たる打撃部隊には〈コロラド〉〈メリーランド〉〈ウェストバージニア〉の十六インチ艦砲を装備する三隻と〈ペンシルベニア〉〈ニューメキシコ〉と太平洋に残っている戦艦全てをつぎ込んだ。

〈ヨークタウン〉〈エンタープライズ〉〈ホーネット〉を本隊の護衛に回し、上陸部隊には〈サラトガ〉〈レキシントン〉による防空網を付けた。

 それでも不安は多く、ハートは作戦を新型戦艦を加えてからに延期を求めた。

 解任を匂わせた命令により彼は作戦を開始したが、それは当初の予定より二ヶ月も遅い時期であった。



「多いな」

 横田稔は〈伊二六〉の潜水艦長で、マーシャル諸島東方に網を張る一隻であった。

 開戦前、第四艦隊の防潜機動や海防艦の襲撃により技量を上げた潜水艦乗りは、演習で〈長門〉と〈陸奥〉を沈める判定を得た。これにより水上艦隊は全て潜水艦に対する防御法を抜本的に見直し、第四艦隊参謀の大井篤による「護衛機動の勧め」を取り入れた。

 この時助言者として木梨鷹一や横田稔などの潜水艦長が呼ばれており、特にふたりはそれぞれ戦艦撃沈の上無事脱出という判定から、大井に熱心に助言を求められたのだった。

 その同僚である木梨だが、同じ海域には彼が乗る伊二〇一という新型潜水艦がいるはずだ。しかし新兵器の常で伊二〇一には不具合が多いらしい。先日マーシャル諸島で会った時は、異音や潜水不可などの致命的な損傷はないが、単殻式など慣れない部分で熟練者がいないことが原因と言っていた。

 そのような状況の伊二〇一に期待するのは酷だ。ここは自分しか見つけていないと想定すべき、と横田は考えた。

「奴らが通り過ぎるのを待って司令部に電信。我クェゼリンの東方五〇〇にてアメリカ艦隊を発見、戦艦五、空母二、重巡四、駆逐艦多数」

 不満そうな副長をちらりと見ると、横田は安心させるように笑いかけた。

「電信の後反転。奴らに食い付くぞ」



 日本軍の電信を傍受したアメリカ艦隊では、速攻派と慎重派に分かれて激論が交わされていた。

 速攻派は主に本隊護衛を任された第三九任務部隊司令官ウィリアム・ハルゼー大佐や海兵隊直衛の〈レキシントン〉艦長マーク・ミッチャー大佐であった。

「こちら側は見つかったんだ。先に空母を前進させてマーシャルの航空基地かコンドウの艦隊を叩くぞ」

 ハルゼーの目論見では空母だけで、航空基地と日本軍の空母を同時に相手することは出来る。しかしその場合二個に分けた空母群を統合運用しなければならない。そして統合運用には速度が違いすぎる戦艦は邪魔なのだ。

 しかしハートや〈ニューメキシコ〉などを指揮下に置く第三五任務部隊のチャールズ・パウナル少将らは空母の独立運用に否定的だ。

「総兵力で優る我々が艦隊を分裂することは戦力の逐次投入になる恐れがある。故に艦隊をひとつに纏めるべきだ」

「ジャップは艦隊をふたつに分けてる。数ではこっちが勝ってるが、向こうは二体。基地を含めりゃ三体だ。その全部にフクロにされるぞ!」

 ハルゼーはその別名である牡牛(ブル)のように鼻息荒く怒鳴った。古くからの友人であるキンメルをフィリピンに助けに行けなかったことから、日本に対して強い怒りを感じているのだ。

「ミスターハルゼー。戦艦でも空母でも我々は優っているが、こちらには海兵隊というウィークポイントがあるのだ。その防備である空母を分離するわけにはいかない」

 パウナルが冷静な声で反対する。

「ならば戦艦を付ければいい!ジャップは空母に任せろ、島ごと潰してやる」

「空母は攻撃の要でもある。分離させるわけにはいかない」

 ハートはうんざりした表情でハルゼーを見た。

「それに決定しただろう。ポイントに到達してからの分離活動はよいが、それまでは独立行動は許さないと。

 それに分離したとしても、補給切れを起こすぞ。集結ポイントで補給するタイミングを失する危険は犯せん」

 クソッタレの分からず屋が!

 ハルゼーは怒鳴りつけるのを辛うじて堪えると、最大限に不機嫌さを撒き散らしながら部屋を辞した。

 ミッチャーが後ろから声を掛けると、ハルゼーは歯をむき出しにして唸りながら、

「いざとなったらタワーズの『自己責任にて艦隊に取っての最善を行え』のお墨付きを利用する。準備をしておけ、ミッチャー」

 と耳打ちした。

「分かっている」

 ミッチャーは頷く。

「俺たちは沈められに来た訳じゃない。沈めに来たんだ。ハートの命令じゃ空母は全滅、手塩にかけて育てたパイロットも無駄死にしてしまう」

 航空の雄二人が決意した時、西では第三艦隊が動き始めていた。



 潜水艦からの電信から二日後の昼間。第二艦隊はマーシャル北方二〇〇キロほどにいた。

〈最上〉艦上では、木村昌福少将が水上偵察機の連絡を待っていた。

〈鈴谷〉〈熊野〉〈三隈〉からも偵察機は発進しており、空母から飛ばした偵察機を含めれば二〇機ほどになる。

〈最上〉の艦橋には鉄骨の網のような二式一号電探が設置されており、万が一の砲戦を防ぐべく鈍い音を立てて稼働していた。

 固定型の一式三号電探の方が精度や稼働率は高いが、〈最上〉のそれは真空管の破損で修理中だ。使用を控えていたために破損を免れた二式を使っているという、皮肉な状況だ。

 木村の指揮下には乙型駆逐艦が間に合わなかったために、丁型駆逐艦と旧式の〈神風〉型駆逐艦の合計一〇隻が周囲を固め、潜水艦に目を光らせている。

 三〇分ほど経った頃、不意に〈赤城〉の甲板上が慌ただしくなったのが見て取れた。

〈最上〉艦橋に電信員が駆け込んでくる。

「〈赤城〉偵察機より入電!敵艦隊発見、方位九〇度距離二七〇海里(五〇〇キロ)!」

「近いな。攻撃範囲だ」

 参謀のひとりが呟く。

「〈赤城〉〈加賀〉増速!」

「司令部より艦隊速度二八ノット!」

「二航戦、発艦開始した模様」

 塚原は素早く攻撃を決心したようだ。次々に零戦が発艦していく。

 木村はその周囲を守るべく増速を命じ、零戦が飛び上がり始めた〈赤城〉を見守った。


「ミッチャーに急いでこちらに向かうように伝えろ!本隊が暴露バレたぞ!」

 偵察機から接触を受けた直後、ハルゼーは指揮下の空母三隻に発艦を命じた。

 飛行甲板の攻撃隊をすぐさま退けなければ、直衛機も出せない上に、一発の被弾が致命傷になる。

 敵の空母艦隊を先に潰そうと欲をかいたのが失敗だった。攻撃範囲に入ったらすぐ基地を潰すべきだったのだ。

 ハルゼーは後悔の念を掻き消すと〈エンタープライズ〉の飛行甲板に目を向けた。

 TBD雷撃機もSBD爆撃機もまだ動けていない。F4Fが全機発艦出来たのは〈ヨークタウン〉だけで、〈ホーネット〉に至っては戦艦部隊に近すぎたために迂回せざるを得ず先ほど発艦を開始したばかりだ。

 輸送艦部隊は一旦下げるとハートは決定。直衛に駆逐艦を残し空母をハルゼーの指揮下に置く指示を出した。

 しかしミッチャー率いる〈レキシントン〉〈サラトガ〉は東方にあり、到着には半日を要する。

〈エンタープライズ〉の艦載機を送り出し切ったとき、既に空では戦闘機による巴戦(ドッグファイト)が始まりつつあった。


 第一攻撃隊の指揮を執る江草隆繁大尉は、己の駆る九九艦爆のプロペラ越しに、三隻の空母が戦艦から離れるのを見ていた。

「松永、俺たちも空母を叩くぞ」

 後ろに詰める偵察員にそう伝えると、元気の良い声で返された。

「戦艦を叩かないんですか!」

「下を見ろ!空母は発艦作業のために分離行動している。しかも護衛もほとんど戦艦に張り付いたままだ」

 少数の駆逐艦が煙を吐き出しつつ空母に追従する以外は、戦艦も巡洋艦も直進を続けている。船足が足りない戦艦だけでなく巡洋艦までもが動かない理由はわからないが、これは好機だ。

「各隊に電信。〈加賀〉隊、目標敵空母三番艦。〈赤城〉隊、目標敵空母二番艦。〈蒼龍〉隊〈飛龍〉隊、目標敵空母一番艦」

「分かり……!下方より敵機!」

 松永の声が裏返る。

 咄嗟に江草は愛機の翼を翻し、下から突き上げる敵機を躱す。

 群青色に染まった機体が、火線を吐き出しながらすぐ横を通り過ぎ、零戦が慌てて追いかける。一瞬しか見えなかった敵機は太い胴体を振り回し、勢いよく突っ込んできたが、ぎりぎり躱すことができた。

 敵機はグラマン鉄工所ワークスが誇るF4Fワイルドキャットだ。その樽を思わせる機影は、猫というより猪を髣髴とさせるスタイルで襲い掛かってきた。

「全機突撃せよ」

 これ以上ぐずぐずしていられない。江草は急ぎ命令を下す。

 松永が電信を飛ばしながら、麾下の艦爆を窺う。

「打電完了。〈加賀〉全機付いてきてます!」

「よおし」

 ここからが本番だ。タイミングは最高に近い。ここで外すのは切腹ものだ。

「甲板に機体が残ってるのをやる」

 三隻の内〈加賀〉隊に近い三番艦は、甲板に士の字を多く並べている。士の字に見えるそれは、発艦が間に合わなかった艦載機だ。これを叩けば誘爆が期待できる。

 緩やかに回頭する空母に狙いをつけ、急降下を開始した。

「高度一五〇〇……」

 操縦桿を倒し、身体が浮き上がる感覚に寒気を感じつつ、

「ついてきてるか!」

 と松永に後続の様子を報告させる。

「敵機が突入してきました!ああっ、味方機被弾!」

「………っ」

 ここまで〈加賀〉の艦載機が無傷なのは運がよかっただけのようだ。松永からの悲痛な声が続く。

「〈赤城〉艦爆隊に被弾!」

「第二小隊長機被弾!」

「第三小隊機被弾!」

「急降下に入る。報告は〈加賀〉所属だけでいいぞ」

「了解!〈加賀〉所属追従しています!」

 どうにかコースに乗った〈加賀〉艦爆隊は、空母を目掛けて降下する。

「九〇(九〇〇メートル)、八五……」

 高度を読み上げつつ、江草は同時に目標を睨む。

 降下開始から更に二度、被撃墜の報告を受ける。被弾されずとも投弾コースから外された機もあるはずだ。

 しかし江草の隊は対空砲火にも戦闘機の火線にも捉われずに、順調に敵艦に向け降下した。

 敵空母は江草らから逃げるように、取り舵に転舵していた。航跡が大きく白波を立てている。

「五五(五五〇メートル)、五…」

 そして高度が四〇〇メートルを示した瞬間、

「テェーッ」

 と爆弾を切り離す爆弾索を引いた。

 二五〇キロの爆弾が切り離されたため、急に機首を振り上げようとする九九艦爆を御しながら、目標の空母を掠めるようにして避ける。

「命中!」

 機銃に取り付く松永が爆音に負けじと大声で報告する。

 松永が対空砲目掛けて機銃を連射する音が収まるまで、江草は海面をこするように退避し続けた。

 安全圏に脱すると高度を上げ、戦果を確認する。

「よし」

 三番艦の飛行甲板に何発命中したかは不明だが、発着艦の用は為さないことは明らかだった。

 艦載機が残っていた後部は煙に塗れ様子は窺い知れない。噴煙を吹き飛ばす爆炎が一瞬、甲板の惨状を露出させる。

「こりゃひでえや……」

 伝声管からつらそうな声が響く。

 発艦を今か今かと待っていた艦載機は、その身に抱いた兵器の誘爆によって吹き飛ばされていた。それを準備した整備員も丸焦げのなにやら分からない塊になって転がっているだろう。

 巨大な煙突と一体になっていた艦橋は黒くひしゃげた形に変化していた。司令部も恐らく全滅だろう。

「艦攻隊、突入します!」

 止めとばかりに、八〇〇キロの魚雷を抱えた九七式艦攻が突入する。

 直衛のグラマンが気が付くも、四〇機以上の零戦との戦闘に忙殺されており、攻撃の機会を失ったまま雷撃を許す。

 護衛艦艇が必死に砲撃銃撃を繰り返すが、それに絡め取られるのはほとんどいない。被弾が酷い艦に至っては砲か被弾による火災か、判断できないほどに心細い対空砲火だ。

「三本命中を確認。二番艦も両舷に水柱が上がった。一番艦は魚雷命中無しだが、甲板に爆弾命中。発着艦は不可能の模様」

 戦果の確認をしながら、江草は退避する僚機を窺う。

 敵の護衛機は満足に高度を取れず、総数でも上回っていたはずだ。しかし攻撃隊には煙を曳いたり、よろよろと揺れながら飛んでいる機体も多い。

 零戦の護衛が下手だったわけではないが、やはり守りながらの戦闘は難しいらしい。

 以前、陸軍戦闘機隊との合同演習で戦闘機掃討戦法というものを試したことがあったが、実際の戦闘でも有用かもしれない。

 帰還したら戦果と共に上申することを、江草は内心で決意した。


 第三艦隊の各空母では、予備機の零戦が慌ただしく組み立てられていた。

 第二次攻撃隊が発艦した直後、第三艦隊の上空に敵偵察機が現れたのだ。

 直衛機が急ぎ撃墜したが、司令部ではその機から発せられる電信を傍受していた。

 現在艦隊上空を守れるのは〈加賀〉から六機、〈赤城〉から五機、〈蒼龍〉〈飛龍〉から各三機に護衛専門として〈龍驤〉に用意していた三六機だ。その内五機が既に直衛に入っていた。

〈龍驤〉は安定性を欠くほど大きな艦上構造物を持つ。そのため排水量一ニ〇〇〇トンの小柄なれども、三六機もの艦載能力を誇る。

 司令官である塚原はその全てを戦闘機で埋め、防空専任とする判断を下した。搭載するのは零戦でも加速性能に優れた三三型だ。

「〈最上〉より入電!我より方位約一〇〇度、敵味方不明機多数!」

 航空参謀である源田実は急ぎ意見具申する。

「戦闘機隊を前進させましょう。〈最上〉以下の巡洋艦は防空能力が高いですが、駆逐艦が不安です」

「丙型の主砲は高角砲だ。それに空母自体も高角砲と機銃を多く積んでいる。それでも無理か?」

 参謀長の松田千秋少将が反論する。彼は艦隊防空の分野では第一人者だ。彼が鍛え上げた艦隊の防空能力なら大丈夫という自信があるらしい。

「それに低空から忍び寄る敵機がいた場合、艦隊上空は丸裸になる。少数でよいから艦隊に残すべきだ」

 それでどうかと、松田は塚原に目配せをした。

「うむ。艦隊の防空能力を疑うわけではない。がしかし、空母は無事でも、護衛が被害を受けるかもしれん。それに駆逐艦は乙型ではない。〈加賀〉の零戦を備えに残し、残りを〈最上〉の探知した目標に向かわせろ」


 第三艦隊上空に現れたのは、第三九任務部隊の機体であった。

 本隊が接敵を受けたため、ハルゼーによりマーシャル空襲に向かっていた。その途上で偵察機からの連絡を受けた司令部より、目標を第三艦隊に変更したのだった。

 スペック上は燃料に余裕はある。しかし緊急発艦や空中集合にもたついたために、燃料がぎりぎりな機体も多い。

 結局ばらばらに敵艦隊へ向け進撃する攻撃隊は、どうにか目標を捜し出すことに成功したのだった。

 ドーントレスの爆弾は即発では無く対艦用だが、魚雷を載せられるデヴァステーターは攻撃隊にはいない。航続距離の不足から、ミッチャーの指揮する〈レキシントン〉〈サラトガ〉に向かったのだ。

 ハルゼーは、

「ジャップの空母を使えなくできればいい。ミッチャーが来るまでの時間稼ぎだ」

 と撃沈を放棄したのだった。


「〈龍驤〉隊は攻撃隊を喰らえ。他は直衛を引っ掻き回せ」

 赤松貞明少佐率いる四空母の直衛がカリカリと引っ掻くような通信の後、敵編隊に突入する。

 編隊が混乱するのを待ってから、〈龍驤〉隊の南郷茂章中佐は隊長無線で命令を下した。

「全機突撃!」

 零戦三三型が栄より力強い金星エンジンを唸らせて、敵編隊だった集団に突撃する。

 先行した零戦により低空に押し込まれた直衛のF4Fは、不利な格闘戦に巻き込まれている。縮こまったように小隊程度でばらけている攻撃隊に向け、南郷は翼を翻した。

「太田!行くぞ!」

 小隊無線に切り替え怒鳴ると、元気のよい僚機はバンクする。

 後方から接近すると、SBDドーントレスは機体を揺すりながら回避しようともがく。しかし回避により速度が落ちた所為で、二○ミリの間合いに入ってしまった。

 最後尾の一機目掛け七.七ミリと二〇ミリの銃弾を吐き出す。斜め上方から降り注いだ銃弾は、エンジンから風防までを砕き、ドーントレスは真っ逆さまに海面に墜落した。

 二番機の太田敏夫飛行兵曹長は撃墜確実と目標を変え、七.七ミリを叩きつける。風防に直撃するときらきらとガラスが飛び散り、赤く染まった操縦席を傾けて墜落した。

 残る二機は後部機銃を必死に撒き散らしながら、しかし一〇〇〇ポンド爆弾を捨てずに飛び続けた。空母への投下を諦めない強い意志を、南郷はその敵機に感じていた。

「だが、ここまでだ」

 四本の火線が尾翼を捉えると、後ろ半分近くを砕かれたドーントレスは錐揉みに陥った。

 もう限界だとばかりに一番機が爆弾を捨てるも、太田は少し離れた位置から二〇ミリを放った。放つ寸前に頭を上に一瞬上げて放たれた銃弾は、いつものようなションベン弾と呼ばれる放物線を描かずに、ドーントレスの主翼に吸い込まれた。

 二〇ミリ機銃は初速が遅く弾が直進しにくい欠点があるが、今回のような撃ち方をすると若干だが弾の伸びがよくなる。

 土壇場でそれを実践してみせた太田の技量を内心賞賛した南郷だが、下から突き上げる影を見つけると再び気が引き締まる。

「下方から敵機」

 ワイルドキャットだ。どうやら直衛が遅ればせながら、攻撃隊の危機に舞い戻ったらしい。

 プラットアンドホイットニー製の爆音を響かせて上昇してくるワイルドキャットは二機。

 重防御のために撃墜が困難という評判だが、なるほど樽のような機影は猪武者の如しだ。洗練されたというより、隙間無く防備を固めた機体という感想を抱かせる。

 南郷はくるりと旋廻すると、ワイルドキャットの突撃をかわす。そのまま水平旋廻で敵機の尾部に喰らいつこうとした。

 向こうもそれを承知で、同様に水平旋廻に入る。と思いきや、大きく蛇行を繰り替えし始めた。

 金星エンジンのスロットルを開き増速すると、あっという間に追いつくが、ここで太田機から叫び声が届く。

「隊長、罠です!」

 後方を急いで振り返ると、そこには突進する三つ目の機影があった。

 しまった。前の二機は囮だったか。

「機織戦法……!」

 インドネシア方面などで発明された戦術で、一機が蛇行しおびき寄せて僚機が隙を突くというものだ。

 今回は三機でそれを行ってきた。変則的だが効果的だ。

「だが、甘い!」

 南郷はさらにスロットルを開く。二機のワイルドキャットが照準をはみ出す。

 驚愕したように機を揺らす一番機に二〇ミリを叩き込むと、素早くラダーを操作して二番機目掛けて連射した。

 あっという間に囮を喰ったジークに復仇すべく本命が追い縋るが、アメリカ人はここで大きなミスを犯していた。

 動力降下(パワーダイブ)して加速する南郷機の背後で、大きな火球が弾けた。先程まで南郷を追い詰めていたはずのワイルドキャットだ。

 太田が忍び寄りつつあるのに気がつかず、南郷の降下に合わせて腹を晒してしまったのだ。

 南郷は太田に礼を言い、再び上昇して新しい獲物を探した。だが周囲を飛ぶのは零戦のみで、アメリカ軍は退いたようだった。

「艦は守りきったか……」


「一戦目は勝てた、か」

 塚原はひとまずの勝利に溜息を吐いた。

 第三艦隊は駆逐艦〈榧〉が至近弾で損害を受けた以外、艦艇に被害はなかった。

 それに対して太平洋艦隊は〈ヨークタウン〉級二隻の撃沈確実、一隻の撃破が報告された。攻撃に加わらなかった偵察機からの報告も、同様に空母三隻の撃沈破なので、報告の正確さは高い。

「第二次攻撃隊の報告は?」

「現在、戦果の精査を行っております」

 源田の答えに、長官席に座り直す塚原。まだ時間が掛かると判断したため、少しでも疲労を回復したいのだろう。

 源田は第二次攻撃隊が戦艦を沈めるか、それが気になっていた。

 第一次はすべての空母を潰したため、第二次では直衛はごく少数か皆無だろう。

 作戦前の情報では敵空母は五隻だが、上陸部隊に空母を付けているとの判断だ。少なくとも直ちに駆けつけられる距離にはいない。

 となれば、第二次攻撃隊の獲物は戦艦だ。南方で第二艦隊が「航空攻撃のみによる戦艦の撃沈」という偉業を成し遂げた。それに続くべく、第三艦隊もマーシャルに来寇する戦艦を沈めるのだ。


 第二次攻撃隊からの報告は戦艦の撃沈は報じておらず、それどころか凶報を伝えてきた。

「空中艦だと……!」

 司令部が低くどよめく。

 ハワイからこのマーシャル諸島まで空中軍艦は来られないはずだ。作戦前にはそのような判断の下、水上艦のみの来寇を想定していた。しかしここに来て、戦艦隊の上空に大型の空中軍艦を確認したのだ。

「我々も〈秋津洲〉という空中艦用の補給艦を建造しております。アメリカ軍が同様の判断を下していたとしても、なんら不思議なことはないかと」

 冷静に述べる参謀長の松田だが、眉間に皺を寄せて苦り切った表情だ。

「空中艦は艦隊上空に占位し、攻撃隊を妨害したと報告が。戦闘機こそ出現しませんでしたが、空中艦の妨害により〈ヨークタウン〉級の残存に止めを刺せず、戦艦一隻の撃破にとどまっております」

 首席参謀の城英一郎大佐も悔しげだ。城は源田同様、航空の道を志しており、第三艦隊の実力ならば戦艦撃沈は確実だと知っているからだ。

「体当たりの精神で突入しようにも、ちょこまかと動き回る空中艦では……」

「体当たりは認めん。だが首席参謀の言うことも分かる」

 これではいけない。源田は挙手した。

「第三次攻撃ですが、マーシャル基地にも支援要請してはどうでしょうか」

「マーシャルは戦闘機ばかりだぞ」

 疑問符を浮かべた松田に向き直り、源田は述べる。

「マーシャル基地の第一五航空艦隊は戦闘機のみの編成ですが、空中艦の脆弱部ならば損害を与えられます。空中艦運用の上で最も対抗し難いのは、戦闘機による脆弱部への攻撃と、空中艦乗組の同期が言ってました」

 塚原は頷き、笑顔を見せた。しばらく見せていなかった表情だ。

「実際に空中艦の運用をした儂が、空中艦に慌て過ぎたな。ひとまず第三次攻撃は待て。マーシャル基地に連絡を取る」

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