ダメです、人前じゃ!?
01
春の宵。
寝静まった人家に忍び込んで、お雛様ごっことしゃれ込む。
長い時を生きる者にとってこういう無駄な遊びは退屈しのぎにちょうどいい。
ふわふわとやわらかい髪を結い上げ、十二単を着こんで乳母に薄化粧を施してもらった睡蓮は、本物のお雛様さながらだ。
対して、束帯をだらしなく着崩した朱鷺は、柄の悪いお内裏様に見えないこともない。
柄の悪いお内裏様は、脇息に頬杖を付いてだらりと体を伸ばして手酌で酒を楽しみ、お雛様は三人官女に扮した女たちとくすくす笑いあっている。
のどかな春の夜の宴。
「ほら、呑めよ」
朱鷺はご機嫌な調子で、傍らの睡蓮に向かって白酒の入ったとっくりを差し出した。
睡蓮はぶんぶんと首を振り、
「ううん、私、お酒は呑めな…」
「固いこというなって、なんなら口移しにすっか?」
とっくりに直接口をつけて酒を含み、華奢な手首を握って睡蓮を引き寄せると、覆いかぶさるようにして強引に口を合わせる。
「や…。ん。んん…」
舌先でくすぐって睡蓮の唇を割ると、含んだ酒を口移しにする。
嚥下するまで、許さない。
睡蓮がこくんと酒を飲み込むと朱鷺はようやく唇を離し、ぐいっと手の甲で拭った。
「どうだ、うまいだろ?」
にやりと笑ってとっくりに口をつけ、自分も酒を煽る。
睡蓮は、唇を尖らせて、
「ひっく。朱鷺様ひどぉい。くすん。お酒は呑めないっていってるのに。…なんか、顔が熱くなってきた…」
言っている間に、頬がほんのり赤く染まってくる。
困ったような顔と朱に色づいた肌が妙に艶かしく、見えない部分を見たくなってくる。
「そっか、暑いなら俺が脱がしてやる」
楽しそうに言い、睡蓮の襟元に手を差し入れる。
「駄目~!! お雛様はそんなことしちゃ駄目です! 朱鷺様のえっち!」
睡蓮は慌てて朱鷺の手を押し戻し、ぷんっとそっぽを向いた。
「怒ってんのか?」
朱鷺はくすりと笑い、
「あのなぁ、男がすけべぇじゃなかったら、俺たちみたいな先細りの種族、真っ先に滅びちまうだろ? 子をなすのが務めだってババァに言われなかったか?」
「だ、だけど、みんないるし…」
ひな壇に神妙な顔をして座っている、官女や囃子の扮装をしたお付の者たちにちらりと視線を向ける。
「んなもん、気にすんな。壁か置き物だと思えよ。いいから、いいから。な、こっち来いって」
「や、やぁん…もぉ! 朱鷺様のばかぁ」
構わず小さな身体を抱き寄せて押し倒し、胸元をくつろげる。
酒気のせいか紅潮した肌を舌でなぞり、軽く歯を立てて悪戯に跡をつけると、睡蓮はぴくんと身体を震わせた。
「あんッ。や、朱鷺…さまぁ」
艶やかな声に気をよくして、逃げようと悶える身体を押さえて更に攻め立てる。
何度も抱いて、彼がすべてを教え込んだ身体だ。弱い場所はよく知っている。
「ん…ん…」
「ふ、うぅ」
睡蓮は、泣き声に似た引き攣れた甘い吐息を漏らした。
「こんなの、駄目ぇ。あ、あぁん。朱鷺様、もうやめ…。あッ…んん…」
朱鷺は攻める手を緩めず、
「可愛い啼き声してんじゃねぇの、あいつらにもっと聞かせてやれよ」
「え…。あ」
睡蓮は、はっとした様子で息を飲んだ。
お酒のせいではなく、恥ずかしさで頬が熱くなる。
「や…」
「ほら、どうした。もっと啼けよ」
楽しそうに言い、弱い部分をもてあそぶ。
「あぁ…あッ。いやぁ」
睡蓮は朱鷺の胸に手を当てて腕の中から抜け出そうともがきながら、
「ね、恥ずかしいの。お願い、止めて、朱鷺様」
「どこが? 嫌がってるようにはみえねぇぞ」
ことさら意地悪な口調。
睡蓮は、両手でどんっと朱鷺の胸を打った。
目にいっぱい涙を溜めて、
「ひど…い。すん。朱鷺様なんか嫌い!!」
「え、嫌い」
一瞬驚いて腕の力が抜ける。
今まで、朱鷺がなにをしても「もぉ」「いやぁん」「駄目ですよぉ」と言葉では抵抗しながら、でも、睡蓮の瞳の奥はいつも笑っていた。
愛情に忠実な小さな動物のようにきらきらと目を輝かせて、朱鷺にまとわりついてきた。
いつ、どんな時でも。
朱鷺が動揺している隙に、睡蓮は腕の中から抜け出して、はだけた着物の襟を合わせて肌を隠すと、ひな壇から飛び降りた。
ぽんっと小さな音とともに人家のひな壇に合わせて縮めていた体が元の大きさに戻る。
「…嫌いだもん」
うついたままくすんと鼻を鳴らすと、振り返りもせずに部屋から出て行く。
開いた障子の隙間から、妖狐がふわりと空を跳ねるのが見える。
背中には睡蓮の華奢な姿。
朱鷺は半ば呆然と、睡蓮が遠ざかっていくのを見送った。
(嫌いって言われた…)
「んだよ、それ」小さく呟く。
多分、なにをしても許されると思っていた。なにをしてもいいと思っていた。
許されなかったことを、裏切りと感じてしまうほどに。
「さすがにやりすぎですぞ。殿。悪ふざけにも程がありますじゃ」
五人囃子の中に紛れ込んでいた爺が、珍しく諌める口調で朱鷺に話しかける。
朱鷺は動揺を隠してそっぽを向いた。
「んでだよ、女のイヤは“もっと”じゃねぇか。喜んでただろ、間違いなく」
「殿は女心というものが分かっておられぬ」
「お前に言われたくねぇよ」
「姫君もおかわいそうに。泣いておられましたぞ」
「……」
「こういうときは早めに“ごめんなさい”がよろしいかと」
「俺は悪くねぇ」
「殿……。父である水神殿の反対を押し切って、自ら望んで殿に嫁いできた姫様じゃ。もう少し大事にして差し上げねば、罰が当たりますぞ」
「うるせぇよ。ああ、なんか興がそがれちまった。寝る」
くるりと背を向けて腕をまくらにごろんと横たわる。
爺のため息は聞こえないふりをして目を閉じると、季節にはまだ早い薄紅色の景色が朱鷺の瞼の奥に広がった。
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