■第四章 彰久の陰謀?
回想である。那月がまだ小学生だった頃のこと。
たぶん冬休み中……だと思うのだが、違うかもしれない。
作業場の隅で、祖父に竹トンボの作り方を教わっていた。千榛と彰久もいつの間にか混ざっていて、にぎやかな雰囲気になった。
姉は昔から手先が器用で、祖父の手にあるものを見ただけでさっさと竹を削り、いとも簡単に飛ばして見せた。
彰久もへらへらと、竹トンボの原点と言われてるオモチャは奈良時代に発掘されたのが最古らしくてどうのこうのとくっちゃべりながら、いつの間にかそれなりの物をこしらえた。
さて、那月はとかく不器用である。
まず小刀が巧く扱えない。
見本どおりに削っていたつもりなのに、出来上がったものはなぜだかひねりの入る方向が違っていたりする。ある意味、ミラクルだ。
祖父にいろいろ教えてもらってどうにかこうにか形にはしたが、できたと思った代物は、まったく飛ばずに地面に特攻。バランスが悪いのかと再び削りはじめれば、妙なところから割ってしまう始末だ。
それでもせっせと竹を削っていたのだが、ついに見かねた彰久が、手早く作って渡してくれた。那月は素直に嬉しかったのだが、姉はそれを見咎めた。
「甘やかすな。最後まで自分の力でやらせなきゃダメだ」
「そんな堅っ苦しく考えなくても。だいたい、陽が落ちてから竹トンボが出来上がったって遊べないだろ? 電球つけて飛ばすのか?」
見解の違いはあっという間に口論へと発展し、内容もいつの間にやらお互いの人生観についての批判にすり替わっていて、やがて手が出る足が出る。
取っ組み合いのケンカになった頃、祖父がどっこいしょと腰を上げた。那月の手をひき、事務所の台所へと連れて行く。
「……ちーちゃんとアキ兄ちゃんは?」
「ありゃあ、ほっとけ」
「でも」
「那月は、爺ちゃんのためにスルメをあぶってくれんかの」
表の喧騒は気になったが、祖父の頼みどおりコンロに火をつけ、スルメをあぶった。
祖父は安酒で熱燗をつけている。
背伸びして、窓の外をうかがってみたのだが、様子はよくわからなかった。
「ちーちゃんと兄ちゃんは、なんで喧嘩ばっかりするのかなあ」
酒にちょっぴり口をつけ、祖父はほんのり桃色顔で笑った。
「そりゃ、仲が悪いからだな。性格があわないんだろう」
「仲が悪いなら、なんでいつも一緒なの」
「そりゃ、仲良くしたいからだな。なにか惹かれるものがあるんだろう」
「そっか」
口では納得してみせたが、やはりおかしいような気がする。骨の髄まで平和主義の那月には、仲良くしたくて喧嘩する、の意図がさっぱり理解できない。トムとジェリーじゃあるまいし。
ううんと首をかしげる孫娘の傍で、祖父はしばらく自分の顎を撫で回していたが、やがて頷き、目を細めた。
「那月は、千榛と彰久君、どっちが好きだ?」
突然聞かれて、平和な子供は面食らう。
「どっちも好きだよ」
「そうか?」
早く答えすぎたかも……と、よく考えてみたが、やっぱり答えは同じになった。
「……二人とも大好きだよ? だけど、どっちか選ばないとダメ?」
「いいや。それでいいんだよ」
そう、だから。
たまに、那月が言ってやるといい、両方に。
私はどっちも好きだって。
「……あのね、爺ちゃんも好きだよ」
言うと、祖父は声をたてて笑った。
工場の創設者でもあるその人が亡くなったのは、それから数年後。千榛が大学に入学した年の、春のことである。




