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風船と時計と夜空

 

 掴まる物がなかったから、ただ必死ですがりついていた。

 蛍光灯のコードのような、そんな細い糸でよかったのだ。

それさえあれば、こんなにも必死にすがりつく事なかったのに。

 

 

 空を仰ぐと星が見えた。ちかちかと輝くソレは、手を伸ばせば掴める…。

 ワケねぇ。

「歳は取りたくねぇなぁ…。」

 俺は溜め息をついて、また空を見上げた。

 月が追い掛けてくると怖がったのは、何歳までだったか。


 この世の全てが未知なもので満ちていた。

自分で自分の事が分からずに、怖がっていたものだ。

「自分が宇宙人じゃないかと疑ってたなぁ。」

 自然に口元に笑みが溢れた。

 そんな事あるわけないのに。

「何でそんな事考えたのかなぁ…。」

 子供の考えは理解出来ない。

 昔を思い出しながら、一人にやにやと道を歩く。そんな俺の姿はえらく不気味だろう。

 だが、子供の頃を考えてみたら、不思議と色んな事を思い出して来た。

 始めて一人で寝た夜。

 友達との語らい。

 ザリガニを取りに近所の川まで遊びに行ったし、そこら辺を走り回った。

 鬼ごっこにけんけんぱ。

 新聞紙を丸めてちゃんばらごっこなんていうのも流行ったなぁ。

 

 思い出せば、かなり時が流れたように感じるし、僅か二・三年前の事のようにも感じられる。

 

 俺は生まれた時から、多分ずっとこの町で過ごしている。

 変わらない町並み。見慣れた風景。

 だが確実に町は変わって、人も変わった。

 緩やかに訪れる変化は、俺達にそうと気付かせない。

 それがなんだか寂しくもあり、愛しくもあった。

 少なくとも今は、その変化の過程は昔を振り替えれば思い出せるのだ。

 なら別にいいじゃないか。何を不安がる?

 

 俺は何を忘れた気になっているのだろうか?

 

 気が付いたら、家の前を通り過ぎていた。

 思い出に浸りすぎたのか。考えすぎだ。ぼんやりしている。しっかりしなくては…。

 すぐに踵を返して、歩きだした。

「あんたって、肝心な所でいつもそう」

「え…?」

 どこかから少女の声が聞こえた。俺は慌てて振り返ったが、誰もいない…。

 気のせいだろうか…?

「でも、私はあんたの事。あんたのそういう所。かなり好きよ?」

 気のせいでもいい。

 夢でもいい。

 それでも、なんでもいい。

 この声は…。

「だから、忘れないで。約束だよ。」

 忘れていた。

 あんなに一緒に居たのに。絶対に忘れないと誓ったのに。

 指先に、ふわりと暖かいものが触れる。俺は知らずにそれを握りしめた。

 頬に冷たい物が流れる。

 風の冷たさと重なり、その一筋を痛く感じた。

 

 

 彼女の名前を覚えているかい?

 焼けた肌に、黒く艶々とした美しい髪。

しかし、生まれもってのくせっ毛で、それが嫌だと。何度も口にしていたのを覚えている。

 だが俺は、その髪が好きだった。

 からかうようにその髪を触ると、ふくれたように彼女は頬を膨らませた。

 そしてすぐに微笑むと、頬を赤くして殴りかかってきた。

「気にしてんだからやめてよっ!!」

 殴られた頬が痛かったが、それでもやめたりはしなかった。


「どうして忘れてしまったかなぁ?」

 いつも一緒に居たね。

 好きとか、愛してるとか、そういう気持ちはよく分からなかったけれど。あの時君に感じたこの気持ちはそれに近かったんだと思う。


「大きくなっても一緒にいようね」


 なんの保証もなかったけれど、子供心にそう約束した言葉に嘘や偽りはなかった。あたりまえみたいに毎日一緒にいたものだから、大きくなってもずっと一緒にいると思っていた。


 自然と二人でいつも遊んでいた公園に、辿りついた。時計を眺めたら21時をまわっていた。


 いつまでも一緒に居たかったなぁ。

 いつかの4月。桜満開の公園で、泣きながら君から別れを告げられた。

 大丈夫だよ、泣かないで。絶対また会えるから。

 それは叶えられてはいないけど。

「こんな所でなぁにしてんのさ?」

 一人感傷に浸っていた俺に、恋人が声をかけてきた。

「べっつに」

 俺は笑って彼女を見つめた。

「なんだよ、それ。」



 あの時君は、俺が一人になると言って泣いていたね。

 大丈夫だよ。

 今はもう大丈夫になったから。一人じゃないから。君が居なくて寂しいけど、でも一人じゃないから。



「つうかお前こそ何してんだよ。」

「…それがねぇ、不思議なのよ。」

 彼女はいささか眉尻を下げて頭を掻いた。

「私にもよく分からないんだけど…。」

「え?」

 彼女は俺の正面に来て、にんまりと笑いながら俺を見上げた。

「急に会いたくなっちゃったっ…じゃあダメ?」

「…まったく。」

 恥ずかしい事を。

 それでもそう言ってくれた事が嬉しくて、彼女の手を取る。

「帰ろっか。」

「そうね。」


 あの子は元気だろうか?

 おそらく俺の初恋で、ずっと一緒にいられると思ってた。ずっと一緒にいると思ってた。


 君に会いたいんだ。


 その時君が一人じゃないといい。

 想い出話を沢山しよう。

 聞い欲しい話が沢山あるんだ。聞きたい話が山程あるんだ。沢山話をしよう。

 会えたなら。


 風が吹いて、桜の花びらが空に舞った。




去年の暮れに提案された三つのお題にて。遅くなりましたが…(汗)


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― 新着の感想 ―
[一言]  どうも、でん助です。  作品全体に感じるセピア感と、主人公の心情が重なってなかなかに哀愁を感じました。  主人公は初恋の彼女を忘れられないんですかね。女々しい感じもしましたが、初恋は忘れ…
2008/04/28 16:16 退会済み
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