第七.五話 二人の想い ‐十六夜視点‐
汀がふらふらしながらシャワールームへと入っていく。
悪夢のせいで汗を掻いていたようだから、出てきたら飲めるように水でも用意しておくか。
「なぁいざちゃん。そろそろ言った方がいいんじゃないか?」
ソファに座った紅蓮が台所にいる俺に話しかけてくる。その顔には、いつもの軽薄さがない。
俺はコップに水と氷三つを入れ、テーブルに置いた。
こうしておけば、汀が出てくる頃には程良く冷えていることだろう。
「みぃちゃんも、もう十六だろう?自分の生まれとか、知っても―――」
「知ったとして、その後あいつに何かメリットはあるのか?」
紅蓮がぐっと押し黙る。…俺はいたたまれなくなり、天井を見上げた。
真っ白な壁紙。
のっぺりとしたそれは、俺にある場所を連想させる。一瞬忌々しい記憶が蘇るが、紅蓮の呟きに断ち切られた。
「…あんな辛そうなのに、…俺たちは何も出来ないのかッ…!」
ぎり、と紅蓮が歯を食いしばる。
膝の上にある拳から足へ、血が一筋垂れた。
その気持ちは、俺だって同じだ。…自分の無力さに、ほとほと呆れている。
俺も、紅蓮も…汀を、救ってやりたいのに。
何も、汀のために、出来ない。
ただ、己の情けなさを呪うしかない。
俺たちに出来るのは、ただ、見守るだけだ。
紅蓮が耐えきれなくなったように顔を上げ、俺を睨みつける。
そして、彼にしては珍しく怒鳴り始めた。
「いざちゃんはどうしてそんなに冷静でいられるんだよ!ホントに汀の事、大事だと思ってる!?」
「…思ってる。ただ、お前の持ってる感情とは、少し違うかも知れないな。」
俺の言葉に、紅蓮がはっと何かを思い出した。…おそらく、昔二人で話した内容を。
…しばらく二人の間に沈黙があって、やがて紅蓮が口を開く。
「…そうだったね。俺らの気持ちは、根本的には一緒だけど…少し、違うんだったよな。思い出したよ。」
俺は頷き、ダイニングの椅子に体を投げ出した。
木の椅子が、ギシリと軋んだ音を立てる。
紅蓮は「あはははっ」と笑い、
「そうだそうだ、思い出した。いざちゃんも俺も、みぃちゃんを大事に思ってる。ごめんごめん。あははははっ」
と言った。
乾いた笑いだった。
紅蓮が飽きたように笑いをやめ、また沈黙が続く。
次に口を開けたのは俺だった。
「紅蓮。…手の血をどうにかしろ。汀が不審がる。」
「…ん?あぁ、悪い。」
紅蓮にティッシュを渡し、ついでに消毒液も渡しておく。
俺は紅蓮の隣に座り、汀が出てくるのを待った。
そして三分後。
「はふぅ。」
湯気とせっけんの香りを漂わせながら、汀が出てきた。
…素肌にバスタオルのみという、少々刺激的すぎる格好で。
「あ、水用意しといてくれたんだ。ありがとー。」
こくこくと水を飲む汀をよそに、俺と紅蓮は顔を見合わせ、頷きあう。
そして。
「「とっとと服着ろ!」」
半分怒り、そして半分懇願で同時に怒鳴った。
…いくら小学生みたいな身長でも、女は女だ。だが残念なことに、本人にはそんな自覚はないようで。
「ごぶっ!?にゃ、何なのよ、いきなりっ」
文句を言う汀を見て、俺たちは盛大にため息をつくのだった。
二人のそれぞれの想いについては後々。