第三話 名前と紅ちゃん
私達は人と妖の間に生まれた。
私の母は水に潜む"濡女"だ。
地上に上がって休んでいた彼女を父が見初め、周囲の反対と嫉妬(母と父はその頃双方の種族でモテていたと聞く)を押し切り、結ばれた。
よく父が自慢げに話していたので覚えている。
「…おい?汀?朝飯いらねぇのか?」
「ふえぇっ!?」
いつの間にか黒髪の男―――十六夜が私の顔を覗き込んでいた。
ご察しの通り、こいつも半人半妖である。ちなみに汀とは私の事だ。
私達は親となった妖の特徴――私だったら水の妖=汀――を名前にもらっている。
もちろん十六夜も。あまり良くは知らないが。
…これは、私の好みの話だが。
欲を言えば、もう少し可愛い名前が良かった…。水面とか。
そんな事をぼんやりと考えていたら、不意に頭上に十六夜の手がポスっと置かれ、
「………聞いてる?あ・さ・め・し。」
頭を彼にぎぎぎぎぎぎと握りつぶされそうになる。あだだだだだだ。
「た、たた食べます!食べるから離してえぇぇぇ!」
頭蓋骨が変形するんじゃないかという力で頭を30秒ほど掴まれ続け、じたばたと暴れていると、十六夜が一言。
「ちゃんと食べないと、大きくなれないぞ」
………。
「い~ざ~よ~い~~~~!!!」
怒鳴る私の後ろ襟をつかみ、ひょいと持ち上げた彼は、そのまま私をリビングまで連れて行ってぽいと投げた。
元々体が小さく、加えてかなりの童顔と高い声のせいで、私はしばしば小・中学生に間違われる。これでも、16歳なのに…うぅ。
これでも毎日牛乳飲んだりしているのに…何故。
しかも十六夜は事あるごとにそのことを無表情でからかってくる。こいつ…絶対サディストだ。間違いない…。
しばらくして、ようやく二人で朝食。ハムエッグとチャーハンって組合せとしてどうなのか。
まあ私が作ったんだが。だって今日買い出しに行くんだもの。食糧不足なんだ。
この家には私と十六夜、それともう一人住人がいる。今日は帰ってきてな―――
「たっだいまー!」
――かったけど、今帰ってきた。タイミング良過ぎだろう。
「おかえり、紅ちゃん。」
そう声をかけると、紅ちゃん――もとい、紅蓮はにぃっと笑った。