第1話 佐佐木少尉と木材商の謝さん
港庁から南へ伸びる、美しき中仙道平野の山路。
東の空がようやく、ほのかに白み始めた頃。
花蓮港庁から南へ伸びる縦谷平野の山路には、まだうっすらと朝霧が立ち込めていた。遠方にそびえる中央山脈の稜線は薄い雲気の中に隠れ、田野はまだ完全には目覚めていない。時折、どこからか聞こえる鶏の鳴き声や犬の遠吠えが、早朝の静けさをより一層引き立てていた。
その朧げな朝色の中を、普段は見かけることのない日本軍の軍用小自動車が一台、うねる山路に沿って猛スピードで疾走してきた。車内には運転兵のほかに、助手席に一人の若い将校が座っている。軍帽を端正に被り、軍服をびしりと着こなした彼の肩章には、朝光の中で少尉の階級が隠れもなく見て取れた。道中、彼は車窓をかすめ飛ぶ山々や田野を、沈黙のまま、专注かつ沈着な面持ちで見つめ続けていた。
車が山裾にある貯木場へ近づいたその時、運転兵が不意にアクセルを踏み込んだ。軍用車は激しく土煙を巻き上げながら、貯木場の表門の前へ滑り込むようにして停車した。
車が止まるやいなや、若い少尉は鮮やかな身のこなしで車を降りた。まず軍帽と腰の軍刀を整え、すぐさま大股で工寮(飯場)のほうへと歩き出す。まだ距離があるというのに、彼は敬意の籠もった声を張り上げ、高らかに呼びかけた。「謝さん!謝さん!謝さん!」その声が、早朝の山谷に木霊する。彼が呼ぶ「謝さん」とは、この貯木場の主人のことであった。
謝さんは三十代前半で、がっしりとした頑健な体つきをしている。ちょうど工寮の中で帳簿を整理していたところ、外から自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、思わず耳を疑った。
聞き覚えのない見知らぬ声だ。しかも、日本語の敬称で自分を呼んでいる。
彼は早足で木板の壁際へと歩み寄り、扉の隙間から外を覗き見た。その瞬間、心臓が跳ね上がった。そこに立っていたのは、完全武装した日本軍の将校ではないか。
謝さんは一瞬にして眉をひそめた。駐在所の巡査が訪ねてくるだけでも十分に緊張するというのに、今ここにいるのは大日本帝国陸軍の将校だ。事態は尋常ではない。彼は脳裏で思考を巡らせた。近頃、何一つ法を犯すような真似はしていない。それに、もし本当に引っ立てるつもりなら、とっくに工寮へ踏み込んできて連行しているはずだ。外でわざわざ丁寧に呼びかける理由がない。そこまで考えると少し冷静さを取り戻し、慌てて「はい!」と応じ、扉を押し開けて外へ出た。工寮を出ると、製材職人たちがすでに手を止め、一様に強張った面持ちでその場に立ち尽くし、様子を窺っているのが見えた。貯木場全体が、まるで水を打ったかのように静まり返っていた。
謝さんの心は再び沈んだ。一体、何が起きたというのか。
しかし、その場にいた誰もが予想だにしなかった光景が広がった。若い少尉は謝さんの姿を認めるやいなや、即座に足を揃えて直立不動の姿勢をとった。土黄色の長靴(乗馬ブーツ)が「カツン!」と硬い音を立てて合わさる。そして、厳粛な面持ちで右手を挙げ、謝さんに向けて非の打ち所のない、堂々たる敬礼を捧げたのである。「初めまして!自分は佐佐木建太少尉と申します。花蓮港庁軍部の命を帯び、お訪ねいたしました」
謝さんは呆気に取られた。三十年の人生で、日本軍の将校から敬礼を受けるなど、これが生まれて初めての経験だった。普段、田舎者は警察の巡査を見かけるだけで、這う這うの体で遠回りして避けるというのに、今、目の前の軍校は自分に対してこれほどまでに礼を尽くしている。一体どういう風の吹き回しだろうか。
疑問が胸に渦巻き、問い質そうとしたまさにその時、佐佐木少尉の表情が一段と引き締まり、口を開こうとした――。




