甘さと放課後
放課後のチャイムは、僕にとって「孤独」ではなく「仕事」の合図だ。クラスメイトが部活や遊びに散っていく中、僕は一人、校舎の隅にある図書室へと向かう。 重い引き戸を開けると、埃の舞う夕光の中で、彼女が座っていた。 窓際のパイプ椅子に、背筋を真っ直ぐに伸ばして。
「遅いですね、風間くん。予定時刻から百二十秒の遅延です」
彼女――冬花は、感情の乗らない声で言った。 整いすぎた顔立ち。透き通るような肌。光を反射しない瞳。 彼女は、この学校で唯一の『不完全』だ。精巧な身体に、感情というOSをインストールし忘れたアンドロイド。
「悪い。掃除当番だったんだ」
「謝罪は不要です。それより、今日の楽しみを提示してください」
冬花は無機質な瞳で僕を見る。僕の役割は、彼女に「人間らしい放課後」を教えること。
「今日は……これ。昨日コンビニで見つけた、新作のイチゴオレ」
僕がパックを差し出すと、彼女は細い指先でそれを受け取った。彼女の指先が僕の手に触れる。驚くほど冷たく、硬い。
「成分分析を開始します。……糖分が過多です。人間はこれを『美味しい』と定義するのですか?」
「成分じゃなくて、味だよ。もっとこう、放課後っぽいだろ?」
冬花はストローをくわえ、ごくりと喉を鳴らした。 一秒、二秒。 やがて、彼女は小首を傾げた。
「……甘い。ですが、胸のあたりが少しだけ、ザワザワします。これは故障ですか?」
「それは故障じゃない。たぶん、『好き』に近い何かだよ」
僕が笑うと、冬花は不思議そうに自分の胸元を触った。 そこには鼓動なんてない。精密な機械の駆動音がするだけだ。
「『好き』。未学習の概念です。もっと詳しく教えてください、風間くん」
ぐい、と彼女が顔を寄せてくる。 西日に照らされた彼女の横顔は、一瞬だけ、本当に恋を知らない普通の女の子に見えた。
「……ああ。放課後はまだ長いからな」
僕は、自分の心臓が少しだけ速く打つのを、彼女に悟られないように窓の外を見た。




