第6話:カワイイの墓標 ――N国のガラパゴス進化
世界がNT国家連合の提供する「洗練された美」に統一されつつあった頃。東方の島国・N国だけは、主流派とは全く異なる、理解不能な進化を遂げていた。
当時の容姿スキンは、まだ「素の顔」をベースに、鼻筋を整え肌を滑らかにする程度の「デジタル整形」が主流だった。過度な加工は不自然だと忌避される、かつてのSNS文化の名残がそこにはあった。
しかし、N国のユーザーたちは、そのリミッターを軽々と踏み越えた。
彼らが発明したのは、生身の自分とは完全に無関係な虚像を纏う『アバタースキン』という狂信的な文化だ。
ある朝、通勤電車のドアが開くと、そこには正気を疑うような光景が広がっていた。
吊り革を掴んでいるのは、無機質なスーツを着たビジネスマンではない。
身長二メートルの巨大な二頭身キャラクターであり、瞳の大きな美少女アニメの偶像であり、あるいは発光するスライムのような不定形の「ナニカ」だ。
「……おはよう、ミク」
「おはよう、キティ」
可愛らしい合成音声が車内に飛び交う。だが、そのスキンの内側にいるのは、加齢臭を漂わせ、充血した目で現実の不満を飲み込む中年男性だったりする。
ネット上では、この現象を指して『スカマ(スキン・オカマ)』という蔑称が生まれた。
外見も、性別も、年齢も、声さえも好きなキャラクターに差し替えたまま、満員電車に揺られて会社へ向かう。その光景が世界に同時配信されると、NT国家連合の幹部たちは「認知の自殺だ」「彼らの精神性を疑う」と辛辣なコメントを寄せた。
だが、N国の人々にとって、これは切実な『救済』だった。
ボロボロのインフラ、低迷する経済、出口のない閉塞感――。そんな「一階」の泥臭い現実を生き抜くために、彼らは人間であることを辞め、記号になることを選んだのだ。
「誰が本当の俺かなんて、どうでもいい。可愛ければ、それでいいじゃないか」
新宿の街角では、巨大な恐竜のスキンを被った若者が、仮想のキャンディを空中で弾きながら笑っている。
他セクターの住民たちが「より美しい人間」を目指していたのに対し、N国の人々は「人間からの脱却」を目指した。
この『N国のガラパゴス進化』は、後にNT国家が個性を完全にマニュアル化し、管理下に置くための貴重なサンプルケースとなった。
人々が自ら進んで「自分」を捨て、安価なキャラクター・テンプレートの中に立てこもる姿は、究極の統治モデルを提示していたからだ。
「カワイイ」のヴェールの下で、N国の本来の顔は、誰にも思い出されないまま静かに朽ち果てていった。
◇
第6話解説:重い回が多いVeillenseなので、少し趣向を替えてコメディ回的な内容にしてみました。N国(日本)で起きた、ガラパゴス携帯ならぬ独自の【アバタースキン】文化。中年男性さえも記号化された美少女として通勤する、面白おぞましい世界です。
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