理由
「さあさあ、遠慮しないで食べて! ここのラスク、お砂糖たっぷりで疲れが吹き飛ぶから!」
彩苑芸術学院の女子寮にある談話室。赤木美月が天真爛漫に笑いながら、瑠璃と光莉のコップにジュースを注いでいく。
「……ありがとう。いただくわ」
瑠璃は丁寧に礼を言い、砂糖のまぶされたラスクを一枚手に取った。白嶺では常に一線ひかれた対応をされることが多い瑠璃にとって、境界線を軽々と飛び越えてくる美月の無邪気なもてなしには、どうにも勝手が狂うらしい。
「そういえばさ、ずっと気になってたんだけど。二人はどういう経緯でペアになったの?」
美月が身を乗り出し、好奇心に瞳を輝かせて首をかしげた。
「……えっ、経緯、ですか?」
不意を突かれた光莉がまごつくと、瑠璃もコップを口元へ運ぼうとして、その手を止めた。
「うん。だって、瑠璃ちゃんって言ったら白嶺どころか、この島でも有名人でしょ。前の選挙にも出てたしさ。そんな人が、今度はどんなパートナーと選挙に出てくるのかな、っていうのはやっぱり執行委員の間でも話題になってたよ」
「……きっかけは、わたくしの直感よ。入学生の様子を眺めていて、どこか違う雰囲気を感じたの。今思えば、この選択は間違いなかったと思うのだけれど」
瑠璃はそう言って、光莉をチラリと盗み見てから、すぐに視線を伏せた。
頬には微かに恋を知った色が含まれていた。
「へぇー! あの瑠璃ちゃんから声をかけるなんて意外! もっとこう、一年生からどんどんアピールされて、それをバッサバッサ切り倒していくのかと思ってた」
「……わたくしを何だと思っているのかしら」
瑠璃がわずかに唇を尖らせて視線を逸らす。白嶺ではありえないような遠慮のない会話のテンポに、彼女の鉄壁の余裕が少しずつ解されていくのが、光莉には心地よい「音」として伝わってきた。
「あはは、純ちゃんも同じようなこと言ってたなぁ」
美月が可笑しそうに笑い、和泉純の名を出した。
「和泉委員長が……ですか?」
光莉が尋ねると、美月は自慢げに胸を張った。
「そうだよ。私と純ちゃんは執行委員会関係の会合で会うようになったんだけど、最初は純ちゃんすごいトゲトゲしてて……。だから、アタシがずっと構ってたんだ。お菓子あげたりして、そしたら最近は『私のこと、子どもか何かだと思ってるの?』って言ってくるようになってさ。でも、それも仲良くなれたってことだよね」
美月と純。正反対の二人が、どうして対面したときから仲が良さそうだったのか不思議だったのだが、光莉はどこか納得してしまった。美月の明るさは、みんなの心の壁をゆっくりと崩し、隠れた素顔を引き出してしまうのだろう。
そんな賑やかな会話の傍らで。ソファの端に深く腰掛けていた真白霧子が、大きな欠伸を一つした。
「……ふぁ。限界。……電池、切れた」
そう言うと、霧子の頭ががくんと傾いた。
あらら、と美月が呟くと同時に隣に控えていた藍染恵夢が、音もなく立ち上がった。用意していたかのように柔らかなブランケットを取り出し、眠る霧子の肩にそっと掛ける。
「……おやすみなさい、霧子様」
恵夢の指先が、霧子の無造作な髪を愛おしそうに撫でる。その眼差しは、静かで深い慈愛に満ちていた。
(……藍染さん)
光莉は、恵夢に興味を抱かずにはいられなかった。現役のモデルとして、自分自身が主役になれるはずの彼女が、なぜこれほどまでに黒子のように霧子に付き従うのか。
美月と瑠璃が、交流会や純の話で盛り上がり始めたタイミングを見計らい、光莉は思い切って恵夢の隣へと近づいた。
「藍染さん」
「……小林さん、どうしたのですか」
恵夢は視線を霧子に固定したまま、静かに応じた。光莉は、ずっと胸に抱いていた疑問を、言葉の形にする。
「藍染さんは……どうして、霧子さんとペアになったんですか? その、お二人はぜんぜん違うキャラというか……」
光莉の問いに、恵夢はゆっくりと顔を上げた。色素の薄い瞳が、光莉を真っ直ぐに捉える。
「……知りたいのですか? 私が、霧子様に見つけられた時のことを」
恵夢の唇が、わずかに弧を描いた。
それで霧子のことが少しでも知ってもらえるのならば、と語り始める。
「私は、空っぽだったのです。あの日、あのアトリエで、あの方に出会うまでは――」




