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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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黄昏

 彩苑芸術学院の2日目。実技と座学、そして慣れない環境での刺激的な時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

 夕闇が迫り、空が紫とオレンジのグラデーションに染まる頃。

  授業終了のチャイムが鳴った後も、この学園の熱気は冷めるどころか、むしろ温度を上げているようだった。


「……飽きない人たちね」


 校舎から寮へと続く道を歩きながら、西園寺瑠璃がポツリと漏らした。

 彼女の視線の先には、薄暗くなりかけた中庭で、黙々と手を動かす生徒たちの姿があった。

 投光器を点けて巨大なオブジェを削り続ける者。芝生の上で、ダンスを踊るペア。 誰に強制されたわけでもない。教師の監視もない。けれど、彼らの瞳は、獲物を狙う獣のように鋭く、真剣そのものだった。


「最初は、ただの無秩序な場所だと思っていたわ。……好き勝手に振る舞い、衝動を撒き散らすだけの場所だと」


 瑠璃は足を止め、一心不乱に筆を走らせる生徒の背中を見つめた。


「でも……違うのね」


 その声には、以前のような刺々しい拒絶の色はなく、ある種の「敬意」が滲んでいた。


「彼らは、……自分の中にある何かを形にするために、身を削っている。その必死さは、わたくしたちがテストで一点を争うのと、何ら変わりはないのだわ」


 どこからか、サックスの音が聞こえてくる。 たどたどしい旋律。けれど、そこに乗せられた「音」は、光莉の鼓膜を心地よく震わせた。


(……楽しそう)


「上手くなりたい」

「この音を届けたい」


  そんな純粋な熱と、没頭できることへの喜び。白嶺のような「評価への不安」や「他者との比較」によるノイズが、ここにはほとんどない。

 ただ、自分の世界に潜り込み、何かを掴み取ろうとするひたむきな音色。


(何かに没頭できるって、いいな)


 自分には、あんな風に夢中になれるものがあるだろうか。 光莉は少しだけ羨ましく思いながら、その旋律に耳を傾けた。


「ふあぁ……。退屈だ」


 そんな感動的な空気をぶち壊すように、背後から大きな欠伸が聞こえた。

 真白霧子だ。 彼女はポケットに手を突っ込み、不満げに唇を尖らせていた。


「ねえ美月。もういい加減、解放してくれないかな」


「だーめ。今日はホスト役の仕事をちゃんとしてもらうって話でしょ」


 先頭を歩く赤木美月が、ぴしゃりと却下する。


「ちぇっ。……せっかく今、いい『赤』のイメージが湧いてきたのにさ」


 霧子は恨めしそうに、隣を歩く藍染恵夢を眺めた。


「あの夕日の色が消える前に、恵夢の背中にナイフで切り裂いたような赤を乗せたかったんだけどな……」


「……申し訳ありません、霧子様」


 恵夢もまた、残念そうに眉を下げた。


「私も……霧子様の色を浴びられなくて、肌が乾いてしまいそうです」


「うわぁ、また始まったよこの人たち……」


 美月は呆れたように肩をすくめ、瑠璃と光莉に向き直った。


「ごめんね二人とも。こいつら放っておくと、いつの間にかどっかに行っちゃうからさ」


「ふふ。……芸術家というのは、業が深いのね」


 瑠璃は困ったように、けれどどこか楽しげに笑った。 かつては眉をひそめていたその「狂気」さえも、今の彼女は一つの個性として受け入れ始めているようだった。


「さ、着いたよ! ここが彩苑の女子寮!」


 美月が指差した先。 木立を抜けた先に現れたのは、白嶺と変わらない形の建物だった。ただ違う点があるとすれば、その外壁はには巨大な壁画が描かれ、各部屋のバルコニーからは色とりどりの布や植物が溢れ出しているというところだろうか。


「……寮まで、賑やかなのね」


「昔の卒業生が制作していったものらしいよ。今は禁止されちゃってるから、あたしはできないんだけど。残念!」


 美月が笑いながら、玄関の扉を開けると、中からは小さな喧騒と光莉が漏れ出してきた。

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