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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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留守番

「……はぁ。やっとおわったぁ」


 放課後、生徒の気配が消えた空き教室。 西日が長く伸びる中、九条ねねは長机に突っ伏して、わざとらしく大きなため息をついた。


「なんなのよぉ、この予算案。……どこもかしこも、客足の見積もりが甘すぎるせいで損益計算がちっとも正確じゃないわ」


 ねねは、手元のタブレットを放り投げ、天井を仰いだ。 瑠璃たちが彩苑へ「留学」に行くかわりに、白嶺側の交流会準備を一手に引き受けているのは彼女たちだった。


「……文句を言っても仕事は減りませんよ、ねね先輩。これまでの学園祭の予測が通じないせいで、どこも計算が難しくなっているんです。外部から来る彩苑の生徒が、どのくらいの数でどのくらいの金額を使ってくれるのか、未知数なのですから」


 隣で淡々と書類を整理していた常盤奏が、冷えたペットボトルをねねの頬にピタリと押し当てた。


「ひゃっ! ……もう、冷たいじゃない」


「頭を冷やしてください。……各所には私が推定した客足のパターンを送ってあります。これで再検討するようにと」


「……さすがねぇ、奏ちゃん」


 ねねは満足げに口元を緩めた。 そして、ふと思い出したように顔をしかめる。


「それにしても、あの風紀委員長……聖良ちゃんには参ったわぁ。エリアの境界線をどこに引くかで、一歩も譲らないんだもの」


 今回の交流会は、白嶺と彩苑の間の公道で行われる。 「自由」な彩苑と、「規律」の白嶺。そのゾーニングについて、御鏡聖良は徹底的な分離を主張していた。


「ですが、先輩が『ゾーニングを緩やかにすることで、むしろ白嶺の規律正しさが際立つショーケースになる』と持ちかけたのは効果的でした。あの一言で、御鏡先輩の態度が軟化しましたから」


「んふふ、そう? 聖良ちゃんみたいなタイプはね、どこにプライドがあるのかを理解して、そこを守れるように懐に入り込んじゃえばイチコロよぉ」


 ねねは悪戯っぽく笑い、奏がまとめた風紀委員の巡回シフト表を指先で弾いた。


「それに、この完璧なシフト表があったからこそよ。……ここまで用意しているのを見せたら、さすがの堅物委員長もぐうの音も出なかったみたいね」


「……効率を突き詰めれば、自然とこうなるだけです」


「はいはい、照れないの」


 その時、教室の扉が開き、執行委員長の和泉純が顔を出した。


「……遅くまでご苦労様。進捗はどう?」


「純ちゃん。……概ね順調よぉ。聖良ちゃんとの調整も終わったし、出店の予算も……まあ、優秀な奏ちゃんのおかげで、なんとかなりそう」


 ねねが手を振ると、純はタブレットの資料を確認し、ほう、と小さく感嘆の声を漏らした。


「……手際がいいわね。あの御鏡を説得して、この短期間でここまでプランを詰めるとは」


 純は、ねねと奏を交互に見て、淡泊な口調ながらも認めるように頷いた。


「……あなたたちにこの件を任せたのは正解だったわね」


「あら、褒めても何も出ないわよぉ? ……強いて言うなら、合同生徒会選挙で私たちにもなにかいい情報でも回してほしいものね」


「ふふ、検討しておくわ」


 純は軽く受け流し、「引き続き頼むわね」と言い残して去っていった。


「さてと……」


 ねねは伸びをして、立ち上がった。


「今日のお仕事終了! 帰りましょ、奏ちゃん」



 外はすでに宵闇に包まれていた。 街灯がポツリポツリと灯る並木道を、二人は寮に向かって並んで歩く。


「……疲れたぁ。ねえ奏ちゃん、充電させて」


 人通りのない道に入った途端、ねねが甘えた声を出し、奏の腕にギュッと抱きついた。


「……先輩。歩きにくいです」


「いいじゃない、……ほら、私、今日は頑張ったでしょう?」


 ねねは全体重を預けるように密着し、上目遣いで奏を見上げる。 甘い香水の匂いと、柔らかな感触。 以前なら「鬱陶しい」と即座に引き剥がしていた奏だが、今は小さくため息をつくだけで、その腕を振りほどこうとはしなかった。


「……重いです」


「あら、失礼ねぇ。愛の重さだと思いなさいよ」


「物理的な質量の話をしています」


 憎まれ口を叩き合いながらも、奏の歩調は、ヒールを履いたねねに合わせてゆっくりとしたものになっている。


「……ねえ、奏ちゃん」


 ねねが、腕に頬をすり寄せながら、甘く囁いた。


「お腹、空いちゃったわぁ。……このまま一緒に、食堂でご飯食べない?」


「……ええ、構いませんよ」


「やった! ……そのあとは?」


「そのあと?」


「お風呂も。……一緒に入りましょ?」


 ねねの誘いに、奏は一瞬だけ足を止めた。 熱に浮かされた記憶が蘇り、耳が微かに熱くなる。


「……まぁ、それも構いませんけど」


 奏が視線を逸らして答えると、ねねはパァッと花が咲くように笑った。


「ふふ、やったぁ! 大好きよ、奏ちゃん!」


「はいはい。……声が大きいです、ねね先輩」


 奏は小さく囁くと、少しだけねねの身体に身を寄せた。

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