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先輩、私にだけ心の声がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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9/10

ティータイム

 別棟の廊下は、やはり静まり返っていた。

 光莉は、自分の心臓が刻む速い鼓動を深呼吸で落ち着かせ、重厚な扉の前に立つ。


 コン、コン。


 ノックの音は、乾いて響いた。


「どうぞ」


 中から返ってきた声は、やはり「氷」のように冷たく、透き通っていた。

 光莉は意を決してドアを開ける。


「……失礼します」


 部屋の中央、デスクで一人タブレットを操作していた和泉純が、顔を上げた。

 その切れ長の瞳が、光莉の姿を捉え、わずかに見開かれる。

 部屋に、西園寺瑠璃の姿はない。それだけで室内は驚くほど呼吸がしやすい。


「……小林さん」


 純は、意外な来訪者に驚きつつも、タブレットを置いた。


「あなたの方からここに来るなんて思わなかった」


「あ、あの……西園寺先輩は……」


「瑠璃? 彼女なら、今日は来ていないわよ。統合生徒会の方で仕事があるから」


 その答えに、光莉は張り詰めていた肩の力を、無意識に抜いてしまった。 そのわずかな弛緩を、純の氷のような瞳は見逃さなかった。


(……なるほど。瑠璃がいるなら帰るつもりだった、という顔ね)


 純の口元が、ほんのかすかに緩んだ。


「……それで、なんの御用かしら。まさか、世間話をしに来たわけではないでしょう?」


 純が静かに問う。光莉は口ごもった。

 勢いで来てしまったけれど、何と言えばいい。

「先輩のトラウマを教えてください」なんて、あまりにも無神経だ。


 言葉に詰まり、立ち尽くす光莉を見て、純はふぅ、と小さく息をついた。


「……せっかく来ていただいたのに、この距離感での会話は尋問みたいで良くないわね」


 純は無言で席を立つと、部屋の隅にある給湯セットへと向かった。

 カチャリ、と陶器が触れ合う音が、静かな部屋に心地よく響く。その手際は、無駄がなく洗練されていた。お湯が注がれる音さえも、一定のリズムを刻んでいる。

 光莉は、その規則正しい音を聞いているうちに、ささくれ立っていた神経が少しずつ鎮められていくのを感じた。


「そこに、座っていて」


 純が示したのは、部屋の隅にあるソファセットだ。

 光莉がおそるおそる腰掛けると、すぐに湯気の立つティーカップが置かれた。アールグレイの清涼な香り。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 純も対面のソファに深く腰掛け、優雅にカップを口に運ぶ。一口、紅茶を含む。その所作だけで、場の空気が「対話」のモードへと切り替わった。この人は、場の空気をチューニングする術を心得ている。


「……さて」


 カップを置き、純の氷のような瞳が、光莉を射抜いた。

 そこには以前のような威圧感はない。だが、放たれた言葉は鋭く、シンプルだった。


「あなたは瑠璃のこと、どう思ってる?」


 その問いは、あまりにも唐突で、そして光莉が一番触れたかった核心だった。

 光莉はカップを両手で包み込み、その温かさを指先に感じながら、慎重に言葉を選んだ。


「……先輩は、すごいです。綺麗で、完璧で」


 口に出してみるが、その言葉は上滑りする。

 光莉は、首を振った。違う。私が感じている音は、そうじゃない。


「……でも、近くにいると苦しそうな音がするんです」


「音?」


 純が片眉を上げる。光莉は頷いた。


「……誰かに助けを求めているのに、誰もそれに気づいていない。自分でも気づかないふりをして、必死で叫ぶのを我慢しているような……そんな、ギリギリの音がします」


 光莉は、純の目を真っ直ぐに見た。


「私は、その音が怖いです。巻き込まれたら、私も潰れそうで。……でも、知りたいとも思いました。どうして、あんなに苦しい音がするのか」


 静寂が落ちた。変なことを言ってしまった。そんな自覚はある。光莉はカップの水面に映る自分の顔を見つめた。純は、しばらく無言で光莉を見つめていたが、やがて、もう一度紅茶を口に含み、深く、満足げな息を吐いた。


「……そういうことか」


「え?」


「あなたのその感覚、正しいわ。小林さん。瑠璃の『直感』は、やはり間違っていなかった」


 純は、どこか遠くを見るような目をした。


「あの子の悲鳴が聞こえるのは、今のこの学園で、おそらく私と……あなただけよ」

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