顔合わせ
「美月に呼び出されたから来てやったけど……。わざわざ僕たちを呼ぶなんて、何の用だい?」
少年のような一人称。霧子は、純たちが座るソファの対面にある空席に、ドカッと行儀悪く腰を下ろした。恵夢もまた、無言のまま霧子の隣に座る。
「……じゃあ、改めて自己紹介するわね」
純が居住まいを正し、白嶺のメンバーを代表して口を開いた。
「白嶺女子高等専門学校、執行委員長の和泉純よ。……美月とは合同生徒会がらみでよく話す仲よ」
「えへへ、 純ちゃんとはもう長いもんね!」
美月が嬉しそうに机にあるクッキーを齧る。純は苦笑しながら、隣に座る二人へと手を向けた。
「そしてこちらが、副委員長の西園寺瑠璃。それから、彼女の合同生徒会選挙パートナーの小林光莉さんよ」
「……初めまして」
光莉が緊張して頭を下げると、瑠璃も会釈をした。すると、美月が「あ」と小さく声を上げ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「あのさ、瑠璃ちゃん。……ごめんね?」
「え?」
「この前の、合同生徒会の懇親パーティの時。ウチの生徒がキミに絡んで、騒ぎを起こしたでしょ?」
美月はしゅんと肩を落とした。
「ちゃんと監督できなくて悪かったなーって。ごめん」
「ふふ、気にしないで」
瑠璃はほほえみ、首を横に振った。
「被害はなかったもの。……こちらの聖良が、対処してくれたおかげでね」
瑠璃の視線が、ソファの端に座る聖良へと向けられる。聖良は腕を組んだまま、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……当然の務めを果たしたまでだ。それに」
聖良の鋭い視線が、対面に座る霧子と恵夢を射抜く。
「ちょうどいい。……真白霧子、貴様だな?」
「ん?」
霧子が気だるげに顔を上げる。
「以前、学園裏の森の中で……『制作』と称して、先ほどのような破廉恥な行為をしていたのは」
聖良の声に、隠しきれない怒気が混じる。
「私とすずが巡回中に目撃した。……人気のない森の奥で、その藍染恵夢の服を脱がせ、素肌に直接絵具を塗りたくっていたな?」
その光景を思い出したのか、聖良の顔が朱に染まる。森の緑の中で、白磁のような肌を晒す恵夢と、それに執拗に色を乗せていく霧子。それは芸術と呼ぶにはあまりに扇情的で、背徳的な光景だった。
「公衆の目に触れぬ場所とはいえ、屋外であのような痴態を晒すなど……言語道断だ」
聖良の詰問に、場が静まり返る。しかし、霧子は「あぁ」と、思い出したように軽く頷いただけだった。
「あの時の風紀委員か。わざわざ他校にまで出張ってきてお説教かい」
「……なんだと?」
「仕方ないだろ。あの時は、森の光と影のコントラストが最高だったんだ」
霧子は悪びれもせず、肩をすくめた。
「その時の恵夢があの場所の空気を一番吸い込むと思ったから描いただけさ。……場所なんて関係ない。僕の衝動を止める権利なんて誰にも――」
「――霧子」
冷たい音が、空気を切り裂いた。
霧子がビクリと肩を震わせる。声の主は、美月だった。
先ほどまでの甘く無邪気な響きは消え失せていた。
「……キミたちの活動は自由だと言ったよ。でも、学外でやる時は事前に申請を通して、って言ったよね?」
美月の赤い瞳が、冷徹に霧子を見据えていた。そこには笑顔も愛嬌もない。ただ、ルールを破ったメンバーを見咎める鋭い視線があった。
「近隣に迷惑をかけたり、通報されたりしたら、ウチの活動自体が制限されるかもしれないんだよ。……みんなの居場所を守るためにも、最低限のルールは守ってもらわないと困るんだけど」
「……チッ」
霧子はバツが悪そうに視線を逸らし、ふいっと顔を背けた。
「……わかったよ。次は気をつける」
「よろしい」
美月はすぐ笑い、「はい、クッキー美味しいよ!」といつもの調子に戻った。美月に釘を刺された霧子は、つまらなそうに唇を尖らせ、ソファの背もたれに深く沈み込んだ。
その子供っぽい拗ね方を見て、聖良は溜息をつき、矛先をその隣に座る恵夢へと向けた。
「……藍染恵夢と言ったな」
聖良の鋭い視線が、美しい金髪の少女を射抜く。
「貴様もだ。されるがままになっているが、お前も止めるべきではないのか? ……あのような公衆の面前で服を脱ぎ、身体を汚されることを、恥ずかしいとは思わんのか」
しかし、恵夢はきょとんとして瞬きをした後、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「……止める?」
恵夢は、隣でふてくされている霧子の横顔を、熱のこもった瞳で見つめた。
「どうして私が、霧子様の芸術を止めなきゃいけないの?」
「……は?」
恵夢の頬が、微かに桃色に染まる。それは恥じらいではない。陶酔の色だった。
「私はキャンバスだもの。……霧子様のインスピレーションを受け止める器になれるなら、肌を晒すことなんて些細なことだわ」
恵夢はうっとりと自身の腕を抱いた。
「私は、霧子様の筆が走る瞬間を、一秒たりとも邪魔したくないのです。……あの方の色に染まる瞬間だけが、私が私でいられる時間なのだから」
「……っ」
そのあまりに重く、狂気じみた献身。論理や倫理を超越した言葉に、規律の徒である聖良は二の句が継げず、口をつぐんだ。理解できない。理解してはいけない世界がそこにある。
「……はぁ」
その場の空気を変えるように、美月がわざとらしく大きな溜息をついた。
「愛が重いねえ、キミらは。……ま、そういうことだから、恵夢に言っても無駄なんだよ」
美月はやれやれと肩をすくめ、恵夢に視線を流した。
「とはいえ、恵夢も今後は気をつけるように。……管理責任を問われるのはアタシなんだからさ」
「……はい、委員長」
恵夢は微笑んで頷いたが、その瞳は相変わらず霧子しか映していない。美月が「絶対聞いてないな、これ」とボヤくのが聞こえた。
(……すごい。綺麗だけど、変な人)
光莉は、目の前の恵夢の異質さに背筋が寒くなった。ただ美しいだけではない。中身が空っぽで、そこに「霧子」という他者を注ぎ込むことで成立しているような危うさ。そんな恵夢の横顔に、光莉がつい見入ってしまっていると。
「……っ、痛」
太ももに鋭い痛みが走った。驚いて隣を見ると、瑠璃が冷ややかな笑顔で、光莉の太ももをつねっていた。
「……光莉?」
「は、はい」
「人に見惚れているのかしら? ……わたくしというパートナーがいながら」
「い、いえっ! 違います! ただ、びっくりしただけで……!」
瑠璃が頬を膨らませてそっぽを向く。その小さな嫉妬が、今の光莉には少し嬉しく、そして愛おしかった。




