儀式
眼下で繰り広げられる光景は、さらに熱を帯びていった。真白霧子の手によって、藍染恵夢のボディスーツ、そして露わになった肌に、次々と色が重ねられていく。
恵夢はされるがままに腕を広げ、恍惚とした表情で空を仰いでいる。冷たいペンキの感触を楽しんでいるのか、それとも霧子の熱を感じているのか。その姿は、背徳的であると同時に、神々しいほどに完成されていた。
「……綺麗」
光莉の口から、小さく言葉が漏れた。先ほどまでの嫌悪感や戸惑いは消え失せていた。そこにあるのは、理屈を超えた圧倒的な色彩の暴力。隣を見れば、すずも瞬きを忘れ、食い入るようにその光景を見つめている。聖良でさえ、軽蔑の言葉を飲み込み、目の前の異常な光景から目を逸らせずにいた。
やがて、霧子の手が止まる。彼女は肩を大きく上下させながら、極彩色に染め上がった恵夢を見つめた。霧子自身の顔や髪にもペンキが飛び散り、彼女もまた作品の一部のように見えた。
「……これで、終わりか?」
聖良が、張り詰めていた息をふうっと吐き出す。しかし、窓辺で頬杖をついていた美月が笑う。
「ううん。まだだよ」
その言葉と同時だった。霧子がゆっくりと目を開け、恵夢に歩み寄る。そして、その耳元で、何かを囁いた。
瞬間。恵夢が弾かれたように顔を上げた。その瞳に、強い光が宿る。
恵夢が地面を強く踏み鳴らした。音楽はない。けれど、彼女の身体から溢れ出すリズムが、空気の波となって伝わってくる。
恵夢が踊り始めた。優雅な舞ではない。獣のようにしなやかに、炎のように激しく。飛び散った汗とペンキが、太陽の光を受けてきらきらと輝く。ペンキの色が動きによって混ざり合い、まるで彼女自身が一個の虹になったかのように見えた。
「……っ」
五人は息を呑んだ。描く霧子と、踊る恵夢。二つで一つ。互いが互いの魂を触媒にして燃え上がっている。
やがて、恵夢が最後のステップを踏み、霧子の足元に崩れ落ちるようにポーズを決める。
一瞬の静寂。 次の瞬間、中庭を揺るがすような熱狂的な歓声と拍手が巻き起こった。
「……あはっ、すごいねぇ」
美月は、興奮する群衆を見下ろしながら、小さく笑った。
「悔しいけど……今のこの学校で本当のトップは、間違いなくあの二人だよ」
その言葉には、目の前の光景と、そして自分自身への冷徹な評価が混じっていた。
*
「ま、とりあえず座りなよ」
美月は窓から離れると、部屋の中央にあるソファセットを勧めた。光莉たちが腰を下ろすと、美月は手際よくティーセットを運んでくる。トレイの上には、形も色もバラバラなマグカップが八つ、並んでいた。
美月がカップをテーブルに置いていく。
(……あれ?)
光莉は違和感を覚えた。この部屋にいるのは、光莉たち白嶺の五人と、美月の一人。合計六人だ。 しかし、テーブルに置かれたカップは八つある。
(二つ、多い……?)
コン、コン。
「お、ちょうど良かった」
美月はタイミングを計っていたかのように笑うと、跳ねるような足取りで扉へ向かった。
「はーい、どうぞー!」
ガチャリ、と扉が開く。そこには二人の少女が立っていた。
一人は、真白霧子。制服のスカートの上に、サイズ違いかと思うほどブカブカのブレザーを羽織っている。その生地には、幾重にも重なった絵具の染みがサイケデリックな模様を描いている。白と赤のメッシュの髪はかすかに湿り額や頬に張り付く。その隙間からは鋭い瞳が覗いている。
もう一人は、藍染恵夢。 こちらは対照的に、制服を素直に着こなしている。長い金髪はやはりわずかに湿っているのか、光を反射する。その表情は陶器の人形のように静かで、どこか人間離れした神格的な美しさを放っていた。
先ほど見ていた絵具に染まっていないところを見ると、どこかでシャワーでも浴びてきたのだろう。
「……失礼するよ」
口を開いたのは、ブカブカのブレザーの袖をまくりながら入ってきた霧子だった。彼女は、まるで興味がないといった様子で、気だるげに五人を見渡した。




