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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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彩苑藝術学院

 美月の案内で校舎の中へと足を踏み入れた五人は、すぐに圧倒されることになった。廊下には油絵具の匂いが充満し、あちこちの教室から楽器の音や、演劇の台詞を叫ぶ声が響いてくる。 すれ違う生徒たちは、ペンキで汚れたツナギや奇抜な衣装を身にまとい、目の前の「何か」に没頭していた。


「……今日は土曜日よね? どうしてこんなに人がいるの」


 純が、信じられないといった様子で呟く。白嶺であれば、休日は外に遊びに行ったり、そうでなければ部屋で自分の時間を過ごしたりしているはず。これほどまでに全校生徒が殺気立って活動している光景は異常に映る。すると、先頭をぴょこぴょこと歩いていた美月が、振り返って笑った。


「んー? そうだなあ。例えば、 ……ウチには『テスト』なんてないんだよ」


「……え?」


 きょとんとする光莉たちに、美月は廊下の壁を指差した。そこには、天井まで届くような巨大な抽象画や、前衛的なパネルが所狭しと飾られている。


「彩苑にあるのは『作品』と『評価』だけ。……ここではね、良いモノを作った生徒だけが、こうやってイイ場所に飾ってもらえるの」


 美月は、説明を続ける。


「ペーパーテストで百点を取っても意味がない。人を感動させるか、衝撃を与えるか。……それができないヤツは、いつまで経っても壁の隅っこにも居場所がない。『何者』にもなれないんだよ」


「……何者にも、なれない」


 光莉は、その言葉を反芻して息を呑んだ。白嶺のエリート主義とは違う、もっと野性的で残酷な実力主義。創らなければ、存在していないのと同じ。そのヒリヒリするような焦燥感が、この学園の熱気の正体なのだ。


(……すごい。私とは正反対だ)


 空気のように透明でありたいと願う自分と、色を放たなければ死んでしまう彼ら。光莉は、自分とは違う生物を見るような畏怖と、微かな憧れを感じていた。


「……ということは」


 そこで、瑠璃が冷静な声で尋ねた。


「執行委員長であるあなたが、この学園で『最も評価されている』ということかしら?」


 その問いに、美月は足を止め、パーカーのフードを直しながら、悪戯っぽく笑った。


「あはっ、まあ一応……ね! 」


 美月は目の前の大きな両開きの扉を押し開けた。


「とーちゃく! ここがアタシの部屋だよ!」


 招き入れられた執行委員会室は、白嶺の重厚な執務室とは対照的だった。家具は少なく、ガランとしている。その代わり、壁の一面が巨大なガラス張りになっており、外光がさんさんと降り注ぐ開放的な空間だった。


「わぁ……明るいですね」


「でしょ? ここからの眺めが最高なんだー。……ほら、ちょうどいいや。みんな見て!」


 美月が窓辺に駆け寄り、手招きをする。五人がガラス窓に近づき、眼下の中庭を見下ろした瞬間――聖良の肩がピクリと跳ねた。


「……あ、あの女たちは」


 中庭には、黒山の人だかりができていた。その中心、ぽっかりと空いた円形のスペースに、二人の女子生徒が立っている。一人は、長い金髪を揺らす、人形のように美しい少女――藍染恵夢あいぞめ めぐむ。 そしてもう一人は、赤と白に短い髪を染め分けた、鋭い目つきの少女――真白霧子ましろ きりこ


 聖良が、窓ガラスに食らいつくように身を乗り出す。


「おい……なんだあの格好は!?」


 聖良が指差したのは、霧子の服装だった。彼女は制服ではなく、肌の色に近い、極めて薄手のボディスーツを身にまとっていたのだ。遠目にはまるで裸のように見えるし、身体の起伏やラインが露骨に浮き出ている。


「は、破廉恥な……! 公衆の面前で、あのような恰好を晒すなど!」


 顔を真っ赤にして憤慨する聖良に対し、美月は「んー?」と不思議そうに首を傾げた。


「破廉恥? 違うよ聖良ちゃん。……あれは『キャンバス』だよ」


「……キャンバス、だと?」


「うん。見てればわかるよ。……始まるから」


 美月の言葉と同時だった。眼下で、真白霧子が足元の濃紺の液体が詰まったバケツに入った筆を取り出す。


 霧子は、その筆を恵夢の身体へと伸ばした。霧子のボディスーツに、青い指跡が荒々しく刻み込まれていく。それはまるで、純白の彫像を汚す背徳的な儀式のようだった。

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