本当の言葉
光莉の問いかけに、瑠璃の瞳が大きく見開かれた。
「……え?」
時が止まったような静寂。瑠璃の唇が小刻みに震え、視線が彷徨う。
「……ごめん、なさい」
瑠璃が、震える声で漏らした。
言葉にはしてなかった。けれど、通じ合っていると思っていた。あんなに近くで熱を感じ合ったのだから。けれど、それは思い上がりだったのか。
「わたくし……勝手に、わかったつもりで……あなたを、不安にさせて……」
みるみるうちに瑠璃の瞳が潤み、涙が頬を伝っていく。いつもの気丈な姿はどこにもない。ここで言葉一つ間違えれば、愛しい存在を失うのかもしれない。そんな恐れが肩の震えと、頭の中に響く甲高い音で光莉に伝わる。
「あ……」
光莉は慌てる。拒絶するために聞いたわけじゃない。ただ、確信が欲しかっただけなのに。
光莉は咄嗟に瑠璃の身体を引き寄せ、強く抱きしめた。
「ち、違います! 先輩」
「……っ!」
光莉は、震える瑠璃の背中に腕を回し、その華奢な身体を包み込んだ。
「……嫌いになったわけじゃないんです。……むしろ、逆で」
光莉は、肩に乗る瑠璃の重みと体温を感じながら、必死に言葉を紡いだ。
「私は……静かに、一人で生きたかったんです。誰とも関わらず、空気みたいに透明なまま、卒業したかった」
「……光莉」
「でも、先輩が私を見つけてくれた。……私のことを必要としてくれた」
最初は迷惑だった。強引で、高圧的で、騒がしい『音』をまき散らす先輩が、面倒くさくて仕方なかった。
けれど。
「先輩が私を気にしてくれるのが、いつの間にか嬉しくなって……気がついたら、ここまでついてきていました」
光莉は、腕に力を込めた。
「『面倒くさい』が、『心地よい』に変わって……今はもう、それだけじゃないんです」
瑠璃は顔を上げる。
「先輩みたいな素敵な人が、私なんかに好意を向けてくれているのは伝わってます。……でも、不安なんです。私は臆病だから、言葉にしてくれないと、信じきれない」
光莉は、瑠璃の手を取り指を絡める。
「だから……教えてください。先輩の本当の気持ちを、言葉で」
それは、光莉からの精一杯の懇願だった。
瑠璃は、真っ赤に充血した瞳で光莉を見つめた。
その瞳の奥で、何かが揺らぎ、そして決壊した。
瑠璃は、震える唇を開いた。
「……好きよ」
小さな、けれど確かな声。
その瞬間、光莉の鼓膜に流れ込んでくる「音」が変わった。
それは今まで聞いたどんな音とも違っていた。
まるで、温めた蜂蜜が鼓膜に垂らされたような、ねっとりと甘く、濃厚な音色。
「光莉……あなたのことが、好き」
瑠璃が言葉を紡ぐたびに、その甘い音色は重なりを増していく。
「好きで、好きで……たまらないの」
瑠璃の手が、光莉の手に食い込むように力を増していく。
「愛してる。大好きよ、光莉」
脳が痺れる。言葉と音が重なり合い、光莉の胸に染み込んでくる。甘い。あまりにも甘くて、頭がクラクラする。
「もう、絶対に離さない」
瑠璃の瞳に力強い光が灯る。
それは一方的で絶対的な宣言だった。
「あなたはわたしのものよ。……死ぬまで、わたくしの隣にいなさい」
強烈な独占欲の言葉。けれど今の光莉には、その重ささえもが心地よかった。全身に電流が走ったような、甘い痺れ。
「うれしい、です。やっと、聞けました……」
光莉もの頬にも一筋の涙が流れる。
ああ、私はこの人に捕まったんだ。そして、二度と逃げられないんだ。
その事実が、たまらなく嬉しい。
「私も、大好きです。……るり、せんぱい」
光莉が熱に浮かされたように名前を呼んだ、その時だった。瑠璃が顔を寄せた。今度は、迷いも、躊躇もなかった。
唇が重なる。
はじめてのキスは少ししょっぱい。
唇が離れると、すぐにまた重なる。
角度を変えて、もう一度。 何度も、何度も、互いの存在を確かめ合うように、唇を重ねていく。
「……光莉、好きよ」
合間に名前を呼ばれるたび、光莉の心臓が甘く跳ねる。
瑠璃は光莉の頬を両手で包み込み、まるで愛しい宝物を慈しむように、キスを繰り返す。
触れるたびに、二人の境界線が溶けていく。
あふれるほどの愛おしさが、唇を通して直接心に流れ込んでくるようだった。
夕闇の庭園で、ようやく二人は本当の気持ちを交し合った。




