論理の飛躍
ねねの震えと涙は、しばらく止まらなかった。
奏の頬は、落ちてくるねねの涙で濡れていたけれど、不思議と嫌ではなかった。
やがて、ねねがゆっくりと身体を離した。至近距離で目が合う。ねねの目は真っ赤に腫れていたが、その表情は晴れやかで、いつもの「強さ」が戻っていた。
「……私、もう決めたわ」
ねねが、鼻をすすりながら、けれど自信たっぷりに言った。
「……計算とか、駆け引きとか、奏ちゃんにはもう全部やめる」
ねねは大きく深呼吸をすると、奏の瞳を射抜くように見つめた。
「奏ちゃん」
起き上がったねねが奏を引き上げる。
2人は真っ白なシーツの上に座り込んで、互いの瞳を見つめた。
「私、奏ちゃんのことが好き」
ストレートな、飾り気のない言葉。
「……こんなのおかしいってわかってる。気がついたのも昨日だし、そもそも最初はただのパートナーだと思ってた」
ねねは早口でまくし立てる。照れ隠しのように、視線があちらこちらを行き来する。
「でも、今は違う。……奏ちゃんと一緒に戦って、勝ちたい。でも、それ以上に……」
ねねは、奏の肩をだき、顔を近づけた。
「ただ、一緒にいたいの。……私は面倒くさい女よ。わがままで、独占欲強いし、あなたのことなんてお構いなしに振り回すわ」
それは脅し文句のようでありながら、この上ない愛の告白だった。
「それでも、私の隣にいなさい。……これは命令じゃなくて、私からのお願いよ」
奏は、呆気にとられ、そして吹き出した。
「……ふっ」
「な、なによ! 人が真剣に……」
「いえ……、先輩がこんなに色んなことをお構いなしに来るのは想定外で」
奏は、熱を帯びた瞳でねねを見つめ返した。
未来のこと、周りからの目、選挙。
そのどれをとっても、ここで私に気持ちを伝えるなんて、九条ねねの戦略にはマイナスでしかないのに。
「……ずっと、一緒にいてくれるんですよね?」
弱いくせに強がって、泣き虫のくせに傲慢で。
面倒で美しく、可愛らしくて手間のかかる。
敬愛する先輩の横で傅けるのならば、私は。
「当たり前でしょ。逃がさないわよ」
ねねが奏の頰に手を当て、にっこりと微笑んだ。
いつも通りのスキンシップが戻ってきた。
そんな顔を見て、奏の中で何かが弾けた。
(……ああ、もう)
少しくらいは、この愛おしい人を驚かせたい。手玉に取られてばかりなのは癪だ。
そこで使える方法を、奏は既に知っていた。
奏は、不意にねねの肩に腕を回した。
「え……?」
ねねが目を丸くする。
奏は強く肩を引き寄せると、無防備に開いていたねねの唇を、自分の唇で塞いだ。
さっきの触れるだけのキスではない。互いの体温を確かめ合うような、確かな圧力を持った口づけ。
「……!?」
奏の腕の中で、ねねの肩がビクリと跳ねた。
かわいい、と心の中で呟きながら、奏は薄目を開けると、頬を真っ赤にして目を閉じるねねの姿が眼前にあった。
小刻みに震える唇から伝わってくるのは、体温よりも熱い情熱だった。
奏の吐息が、ねねの鼓膜を、そして脳を甘く揺らす。いつも受け身だった奏からの、初めての「攻撃」。
数秒後。奏がゆっくりと唇を離すと、そこには顔を真っ赤にして、金魚のように口をパクパクさせているねねがいた。
「……か、奏ちゃん……?」
「……これからも一緒にいてくれるなら」
奏は、とろんと熱っぽい瞳で、悪戯っぽく微笑んだ。
それは、ねねが今まで見たことのない、妖艶な表情だった。
「今、ここで風邪をうつしても、構いませんね? ……ねね先輩」
その言葉の意味を理解した瞬間、ねねの顔がボンッと音を立てそうなほど赤くなった。
「……っ! も、もう、バカ! いきなりなんて卑怯よ!」
ねねが嬉しそうに叫ぶ。
奏は、そっと手を伸ばし、ねねの濡れた頬に触れた。
「泣いている顔も、驚いている顔も……素敵です」
奏はそう囁くと、もう一度顔を寄せた。




