表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先輩、私にだけ心の声がダダ漏れです。  作者: 如月白華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

亀裂

 完璧なツアーは、島の中心にある庭園で終わろうとしていた。

 入学式の後に連れられてきたところだ、と光莉は思い出す。だとすると、次の説明はきっと――。


「……そして、あれが、島のすべてを司る管理塔。わたくしたちが目指す場所よ」

 

 瑠璃は塔を見上げ、満足げに光莉を振り返った。


「これで、だいたい案内できました。どうだったかしら?」


 どう、と聞かれても。

 光莉は言葉に詰まった。


「すごかったです」と言えば、この時間は円満に終わるのだろうか。

 また明日から「安寧」に戻れるかもしれない。


 けれど。


(……この人は一生、この窒息しそうな箱の中で生きていく気なの?)


 瑠璃と半日歩いてわかった。この人には、隙が無い。

 まるで、光すら入る隙間のない密室に閉じ込められたようで。

 けれど時折、瑠璃が言葉に詰まる瞬間だけ、あの一瞬の「ゆらぎ」が聞こえる。

 そのわずかな不協和音が聞こえるたびに、光莉の心臓はトクン、と奇妙なリズムを刻んだ。

 

 もっと聞きたい。

 この完璧な旋律が乱れ、その下にある本音が溢れ出す瞬間を。


「……あの、西園寺先輩」


 光莉はポケットの中で手をを強く握りしめた。


「案内、ありがとうございました。すごい場所だっていうのは、わかりました」


 光莉は顔を上げ、瑠璃の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「でも、私は、先輩のことが知りたいです」


「……え?」


 瑠璃の笑顔が、一瞬だけ停止した。一時停止のボタンを押したように。


「先輩は……どうして、そんなに、『完璧』なんですか?」


 それは、純粋な疑問であり、悲痛な叫びでもあった。どうして、そんなに隙間なく壁を作って、自分を閉じ込めているんですか。苦しくないんですか。私はその「音」を聞いているだけで、こんなに苦しいのに。


「……っ」


 瑠璃の顔から、表情が抜け落ちた。風が止まる。

 光莉の耳に届いていた「完璧な」音が、ブツリと途切れた。後に残ったのは、ただの沈黙。


 瑠璃は、無意識に半歩、後ずさった。

 その瞳が、激しく揺れる。怒り、恐怖、動揺?

 さっきまでの「ガイド音声」の裏に隠されていた、生身の感情の濁流が、一瞬だけ決壊したダムのように溢れ出した。


(……やっぱり)


 光莉は確信した。こっちだ。この震えている姿こそが、この人の本当の「音」だ。


「……なにを」


 絞り出すような、か細い声。


「なにを、言って……」


 だが、その露呈は一瞬だった。

 瑠璃は唇を強く噛み締め、大きく息を吸い込んだ。

 次の瞬間、彼女の周囲に、再び分厚い壁が出現した。


「……おかしなことを言うのね」


 戻った。

 けれど、さっきまでの余裕はない。人を拒絶するための、冷徹な「仮面」。


「『完璧』でいること。それは、この神輝島で、西園寺の人間として求められる最低限のこと」


 声の温度が、氷点下まで下がる。


「わたくしが『完璧』でなければ、誰も、ついてはこないでしょう?」


 それは答えのようでいて、これ以上の侵入を許さない「拒絶」だった。

 光莉が触れようとした本質を、頑丈なシャッターで遮断する音。


「……ごめんなさい。用事を思い出しましたわ」


 瑠璃は、もう光莉と目を合わせようとしなかった。


「案内はこれで終わりです。寮までは一人で戻れますわね?」


 言うが早いか、瑠璃は光莉に背を向け、学園の方角へと早足で歩き出した。

 その背中は、見えない棘があるようで、手を伸ばすことができなかった。



 一人、広場に取り残された光莉は、遠ざかる白い背中を見送った。


(……私、また)


 胸の奥が、ずきりと痛む。

 踏み込みすぎた。 「知りたい」というエゴで、あの人が必死に守っていた領域を荒らしてしまった。


(また、人の距離に土足で入り込んで、壊しちゃった……?)


 執行委員会室で言った「邪魔になる」という言葉が、ブーメランのように戻ってきて突き刺さる。


 結局、邪魔しちゃってる。


 私が近づくと、あの人は動揺し、傷つき、そして余計に分厚い壁ができてしまう。

 私の存在そのものが、あの人の呼吸を乱すノイズになっているんじゃないか。


(……やっぱり、私なんかが触れちゃいけなかったんだ)


 光莉は、重い足取りで寮への道を戻った。

 今日、ずっと見せられた素敵な景色は、今やすべて色あせて見えた。


 寮の部屋に戻ると、隣室から智香が飛び込んできた。


「どうだった!? どうだった!? デート!」


 その無邪気な声が、今は少し痛い。


「……ごめん、智香ちゃん」


 光莉はベッドに倒れ込んだ。


「……ダメだった。私、多分、あの人を怒らせた」


「ええっ!?」


 智香の驚く声を聞きながら、光莉は天井を見上げた。

 耳に残っているのは、最後に聞いた、瑠璃の拒絶の音。あれは、怒りの音じゃなかった。自分の弱さを守るために、必死で扉を閉める音だった。


 その扉をこじ開ける資格は、きっと私にはない。

 光莉は、深く目を閉じて、再び自分だけの「静寂」の中に閉じこもろうとした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ