第一試験
九条家への旅行から戻った後、光莉たちの夏休みは穏やかに過ぎていった。
午前中は智香や奏と涼しい図書室で課題をこなし、午後は時間があれば瑠璃と他愛ない話をして、夕方は海沿いを散歩する。
父には返事を返してから、また音沙汰がなくなった。
それは少しだけ心に棘を残したけれど、瑠璃の存在が精神的な支柱となり、光莉は以前よりも前を向いて過ごせていた。
『明日、島に戻るわ。生徒会から次の試験についての通達があった。執行委員会室で共有する』
和泉純からのメッセージ。その短い文面が、平穏な日々の終わりを告げていた。
*
翌日の午後。久しぶりに冷房の効いた執行委員会室に、三人のメンバーが揃った。
「……あら。純、あなた」
入室するなり、瑠璃が目を丸くした。
光莉も驚いて、まじまじと純の顔を見てしまった。
「……少し、焼けました?」
いつも雪のように白い肌をしていた純の顔や腕が、薄い小麦色に染まっていたのだ。
クールな印象はそのままに、どこか活動的な雰囲気が加わっている。
「……ええ。笑いたければ笑いなさい」
純は気まずそうに視線を逸らし、自分の腕を見た。
「実家に戻った途端、両親に連れ回されたのよ。別荘だの、クルージングだの、ガーデンパーティだの……。日傘を差す暇もありはしない」
「ふふ。和泉家のご令嬢も大変ね」
瑠璃がクスクスと笑う。
家には家ごとの事情があるんだ、と光莉は小さく笑う。
純は「まったくだわ」とため息をつき、いつもより少し乱暴にソファに腰を下ろした。
「……まあ、私のバカンスの話はどうでもいいわ。本題に入りましょう」
純がタブレットを取り出し、テーブルの上に置く。
その画面には、幾何学的なロゴマークが表示されていた。
「第二試験の出題担当が決まったわ。……『天穹理数化学研究学院』よ」
「天穹……」
光莉はその名前を反芻した。
あの合同生徒会のホールと説明資料で見た名前だった。
無機質でどこか冷たい印象の校舎。学術界やハイテク企業を支援母体とするその学園には、次世代の英知が集うとされていてマッドサイエンティストの集まりだなんて言われたりしている。
「あそこが担当となると……筆記試験、でしょうか?」
光莉が尋ねると、純は首を横に振った。
「ただのペーパーテストなら、対策は容易いわ。でも、この試験においてそんな単純なことをするはずがない」
純が画面をスワイプする。そこに表示された試験のタイトルは――。
『双星の演算』
「……演算?」
「ええ。天穹からのメッセージにはこうあるわ。『我々が求めるのは、知識の蓄積ではない。未知の事象に対する論理的解決能力、そして――ペアとの思考の同期である』とね」
純が説明を続ける。試験会場は、天穹が誇る最新鋭の仮想空間シミュレーター。
そこでペアは、強制的に分断された極限状況に放り込まれる。
「知恵を問うパズル。けれど、一人では絶対に解けない仕組みになっているそうよ。……仮想空間にダイブするのはペアのうち片方。そちらには目の前の『問題』しか見えず、もう片方には『解答のヒント』しか見えない。それを音声のみで伝え合い、論理を組み立てる……といった具合にね」
「なるほど……」
瑠璃が真剣な表情で顎に手を当てた。
「単なる知識量だけではなく、相手がどう考え、どう動くかを予測する力……まさに『絆』を試す知恵比べということね。あの学院が考えそうな趣味の悪いこと」
「時間切れになれば即失格。下位2つのペアが脱落する仕組みとのことよ」
純は、小麦色の顔を引き締めて二人を見た。
「瑠璃、光莉さん。あなたたちががどこまで噛み合うかが、勝敗を分けることになるわ」
未知の領域からの挑戦。
光莉は瑠璃と顔を見合わせ、力強く頷いた。
「やりましょう。……私たちなら、大丈夫です」
瑠璃もまた、笑みを浮かべた。
夏休み後半戦。知性と絆を懸けた、新たな試練が幕を開ける。




