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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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現実への帰還

「……そろそろ、みんなのところへ戻りましょうか」


 カフェを出て少し歩いたところで、瑠璃が足を止めた。

 彼女は、何気ない仕草で左側の髪を指で梳き、先ほどつけたばかりの星のイヤリングを髪の下に隠した。


「……」


 言葉にしなくても、その意味は痛いほど伝わった。

 まだこれは、二人だけの秘密。みんなには内緒の、特別なもの。


「……はい」


 光莉もまた、右側の髪を少し撫で、銀色の星を隠した。

 隠すことで、逆にその存在感が際立つ。肌に触れる冷たい金属の感触が、二人の心を密やかに繋いでいるようで、光莉の胸は高鳴った。



 モールの広場で合流すると、そこには対照的な二人の姿があった。


「あ〜、楽しかったぁ! いい買い物したわぁ!」


 満面の笑みで大きな紙袋を抱えるねね。その横で、奏は魂が抜けたようにベンチにぐったりと座り込んでいた。


「……疲れました。まさか、十二着も試着させられるとは……」


「あら、文句言わないの。どれも似合ってたわよぉ?」


「……はぁ」


 奏は深々とため息をついたが、その表情は不思議と嫌そうではなかった。

 彼女は、ねねの持つ紙袋――自分宛ての服が入った袋――をちらりと見上げ、ボソリと言った。


「……でも。私のことを……そこまで気にしていただいたことは、その……嬉しかったです」


「……っ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、ねねの動きが止まった。

 次の瞬間。


「キャーーーーッ! 奏ちゃん大好きぃ!!」


「ぐぇっ……!」


 ねねは紙袋を放り出し、ベンチの奏に飛びついた。

 周囲の視線も気にせず、ねねは愛しいパートナーを撫で回す。


「もうっ、可愛すぎる! 結婚しよ!? 今すぐ役所行く!?」


「同性で結婚できるわけないでしょうが。く、苦しいです……離れてください……」


 いつもの光景に、光莉たちは苦笑しながらも温かい気持ちになった。


「あ、光莉ちゃん! 私はね、これ買ったんだ!」


 智香が、自分の手首を見せてきた。そこには、小さなチャームがついた控えめなブレスレットが光っていた。


「なんか記念に欲しくて。……この旅行の、思い出に」


 智香は愛おしそうにブレスレットを撫でた。

 その笑顔を見て、光莉はここに来てよかったと思う。

 みんな、それぞれにこの時間を大切に思ってくれている。それが何より嬉しかった。



 二見の運転で港に戻る頃には、空はオレンジ色に染まり、海風が涼しくなり始めていた。


「……ありがとう、二見さん。今回もワガママばっかり言ってごめんね」


 ねねが、車の前で二見に向き直る。

 そこには、九条家の令嬢としての顔ではなく、心を許した姉を慕う妹のような素顔があった。

 ねねは、躊躇なく二見に抱きついた。


「また、連絡するから」


「……はい、お嬢様」


 二見もまた、優しくねねの背中を叩いた。

 その瞳が、夕日に照らされて少し潤んでいるように見えた。


「お身体に気をつけて。……私はいつでも、ここから応援しておりますよ」


「うん……! 行ってきます!」


 二見に見送られ、五人は高速船に乗り込んだ。

 タラップが外され、船が岸を離れていく。遠ざかる二見の姿。

 楽しい「旅行」が終わる。


 船内に入り、光莉は座席に深く座り込んだ。ドッと疲れが出た気がした。

 ふと、ポケットのスマホが振動した。


(……誰だろう)


 和泉先輩かな、と思って画面を見る。

 液晶画面に表示された名前を見た瞬間、光莉の中から「旅の浮遊感」が一気に抜け落ちた。

 冷水を浴びせられたように、背筋が凍る。


『父』


 短く、事務的なメッセージ通知。光莉は震える指でロックを解除した。


『夏休みの予定はどうだ。至急、連絡を寄越しなさい』


 たったそれだけの、短く、事務的な命令形。

 「元気か」とも「楽しんでいるか」とも聞かない。

 ただ、娘を管理しようとする冷たい鎖のような文面。

 光莉はスマホの画面を伏せ、深く息を吐いた。胃のあたりに鉛を飲み込んだような重さが広がる。

 

 エンジンの振動が、光莉の鼓動と不協和音を奏で始めていた。

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