現実への帰還
「……そろそろ、みんなのところへ戻りましょうか」
カフェを出て少し歩いたところで、瑠璃が足を止めた。
彼女は、何気ない仕草で左側の髪を指で梳き、先ほどつけたばかりの星のイヤリングを髪の下に隠した。
「……」
言葉にしなくても、その意味は痛いほど伝わった。
まだこれは、二人だけの秘密。みんなには内緒の、特別なもの。
「……はい」
光莉もまた、右側の髪を少し撫で、銀色の星を隠した。
隠すことで、逆にその存在感が際立つ。肌に触れる冷たい金属の感触が、二人の心を密やかに繋いでいるようで、光莉の胸は高鳴った。
*
モールの広場で合流すると、そこには対照的な二人の姿があった。
「あ〜、楽しかったぁ! いい買い物したわぁ!」
満面の笑みで大きな紙袋を抱えるねね。その横で、奏は魂が抜けたようにベンチにぐったりと座り込んでいた。
「……疲れました。まさか、十二着も試着させられるとは……」
「あら、文句言わないの。どれも似合ってたわよぉ?」
「……はぁ」
奏は深々とため息をついたが、その表情は不思議と嫌そうではなかった。
彼女は、ねねの持つ紙袋――自分宛ての服が入った袋――をちらりと見上げ、ボソリと言った。
「……でも。私のことを……そこまで気にしていただいたことは、その……嬉しかったです」
「……っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、ねねの動きが止まった。
次の瞬間。
「キャーーーーッ! 奏ちゃん大好きぃ!!」
「ぐぇっ……!」
ねねは紙袋を放り出し、ベンチの奏に飛びついた。
周囲の視線も気にせず、ねねは愛しいパートナーを撫で回す。
「もうっ、可愛すぎる! 結婚しよ!? 今すぐ役所行く!?」
「同性で結婚できるわけないでしょうが。く、苦しいです……離れてください……」
いつもの光景に、光莉たちは苦笑しながらも温かい気持ちになった。
「あ、光莉ちゃん! 私はね、これ買ったんだ!」
智香が、自分の手首を見せてきた。そこには、小さなチャームがついた控えめなブレスレットが光っていた。
「なんか記念に欲しくて。……この旅行の、思い出に」
智香は愛おしそうにブレスレットを撫でた。
その笑顔を見て、光莉はここに来てよかったと思う。
みんな、それぞれにこの時間を大切に思ってくれている。それが何より嬉しかった。
*
二見の運転で港に戻る頃には、空はオレンジ色に染まり、海風が涼しくなり始めていた。
「……ありがとう、二見さん。今回もワガママばっかり言ってごめんね」
ねねが、車の前で二見に向き直る。
そこには、九条家の令嬢としての顔ではなく、心を許した姉を慕う妹のような素顔があった。
ねねは、躊躇なく二見に抱きついた。
「また、連絡するから」
「……はい、お嬢様」
二見もまた、優しくねねの背中を叩いた。
その瞳が、夕日に照らされて少し潤んでいるように見えた。
「お身体に気をつけて。……私はいつでも、ここから応援しておりますよ」
「うん……! 行ってきます!」
二見に見送られ、五人は高速船に乗り込んだ。
タラップが外され、船が岸を離れていく。遠ざかる二見の姿。
楽しい「旅行」が終わる。
船内に入り、光莉は座席に深く座り込んだ。ドッと疲れが出た気がした。
ふと、ポケットのスマホが振動した。
(……誰だろう)
和泉先輩かな、と思って画面を見る。
液晶画面に表示された名前を見た瞬間、光莉の中から「旅の浮遊感」が一気に抜け落ちた。
冷水を浴びせられたように、背筋が凍る。
『父』
短く、事務的なメッセージ通知。光莉は震える指でロックを解除した。
『夏休みの予定はどうだ。至急、連絡を寄越しなさい』
たったそれだけの、短く、事務的な命令形。
「元気か」とも「楽しんでいるか」とも聞かない。
ただ、娘を管理しようとする冷たい鎖のような文面。
光莉はスマホの画面を伏せ、深く息を吐いた。胃のあたりに鉛を飲み込んだような重さが広がる。
エンジンの振動が、光莉の鼓動と不協和音を奏で始めていた。




