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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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逃避行

 翌朝。

 九条家の広い居間には、カチャカチャと食器の触れ合う音だけが響いていた。


「……あ、あの、お醤油取ってもらえますか」


「え、ええ。……どうぞ」


「ありがとうございます……」


 光莉と瑠璃は、互いに視線を合わせることができず、醬油を手渡す手つきもどこかぎこちない。

 目が合いそうになると、パッと逸らす。昨夜の布団の中での出来事――触れそうになった唇と、熱っぽい吐息の記憶が、鮮明に蘇ってしまうからだ。


「あらあら、どうしたの二人とも。まだ眠いのぉ?」


 事情を知らないねねが、焼き魚を突きながら不思議そうに首を傾げる。

 横で控えていた二見が、助け舟を出すように口を開いた。


「お嬢様。……帰りの船ですが、夕方の便を手配しております。それまでのお時間はどうなさいますか?」


「そうねぇ……」


 ねねは少し考えると、名案を思いついたように手を叩いた。


「行きたいところがあるわ。……ここから少し行った郊外に、大きなショッピングモールがあるのよ」


「モール、ですか?」


「ええ。島の中にはああいう大型商業施設はないでしょ? たまにはいろんなお店を見て回りたいと思って」



 二見の運転する車で二十分ほど走ると、広大な駐車場を備えた巨大なショッピングモールが現れた。

 吹き抜けの広い店内には、ファッション、雑貨、カフェなど、無数のテナントが並んでいる。


「わぁー! 広い! 久しぶりに来たかも、こういうところ!」


 智香が目を輝かせて駆け出す。

 一行は、まずは若者向けのファッションフロアへと向かった。


「……それで、九条先輩。なぜ私の腕を掴んでいるんですか」


 興味なさげに歩いていた奏が、自分をロックオンしているねねに抗議する。


「決まってるじゃない。……今日は、あなたに服を買うのよ」


「……は?」


 いつも冷静な奏が、間の抜けた声を上げた。


「私、服なら持っています。数も十分ありますし」


「そんなこと言ってあなたの私服、バリエーションがないじゃない。そういう実用性一点張りなのがダメなのよぉ!」


 ねねは、奏の着ている飾り気のない私服を指差した。


「せっかく可愛い顔してるのに、いつも同じような格好ばっかり。……今日は私がトータルコーディネートしてあげるわ」


「いえ、結構です。予算もありませんし」


「お代は私が持つわよぉ。いつも構ってくれてるお礼ってことで!」


「でも……」


「問答無用! ほら、行くわよ!」


 ねねは有無を言わせぬ力強さで、奏をファンシーな洋服店へと引きずり込んだ。

 智香も「わぁっ! 私も選びたいです!」と嬉々としてついていく。


「これなんかどう? ガーリーじゃない!」


「もう少し動きやすい服はないんですか」


「もー、理屈っぽいなぁ! じゃあこっちは!?」


 試着室の前で始まる、賑やかなファッションショー。

 奏が着せ替え人形にされている様子を、少し離れた場所で光莉と瑠璃は眺めていた。


「……ふふ。奏さん、大変そうですね」


 光莉が苦笑すると、隣の瑠璃がそっと近づいてきた。


「……ねえ、光莉」


 耳元で、内緒話をするような囁き声。昨夜の記憶がフラッシュバックして、光莉の肩が跳ねる。


「は、はいっ?」


「……あっちが盛り上がっている隙に、抜け出しましょう」


 瑠璃は、ねねたちに気づかれないよう、目で合図を送った。


「二人で、他のお店を見に行きたいの。……ダメかしら」


 上目遣いの、少し恥ずかしそうな瞳。

 それは、喧騒の中で二人きりになりたいという、明確なデートの誘いだった。


「……いえ! 行きましょう、先輩!」


 光莉は大きく頷いた。

 お互い気まずさは残っているけれど、それでも瑠璃から誘ってくれたのだ、ということが光莉にはうれしかった。

 二人は、試着室で「このスカート短すぎませんかっ!?」と抗議する奏の声を背に、そっとその場を離れた。

 広いモールの中。二人だけの時間が、始まろうとしていた。

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