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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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熱帯夜、その唇までの距離

 お風呂上がりの火照った身体を浴衣に包み、五人はトランプに興じた。ババ抜き、大富豪、七並べ。修学旅行のような夜は更け、時計の針は日付が変わる頃を示していた。


「……ふあぁ。そろそろ、寝ましょうかぁ」


 ねねが大きなあくびをしたのを合図に、お開きとなった。  智香は既に目が半分閉じて船を漕いでいる。


「じゃあ、襖は閉めるわね。エアコンの効きが悪くなるといけないし」


 ねねがもっともらしい理由をつけ、二部屋の間の襖を閉め切った。完全に隔てられた空間。光莉と瑠璃の二人だけの部屋に、静寂が訪れる。


「……それじゃあ、寝ましょうか。おやすみなさい、瑠璃先輩」


「ええ。……おやすみなさい、光莉」


 部屋の明かりを消すと、常夜灯の淡いオレンジ色だけが残った。庭から聞こえる虫の声と、風鈴の音。光莉は布団に潜り込み、目を閉じた。

 楽しかった一日の余韻に浸りながら、意識がまどろみかけた、その時。


 カサッ……。


 すぐ隣で、衣擦れの音がした。え? と思う間もなく、光莉の掛け布団がめくり上げられる。そして、何かが滑り込んできた。柔らかく、温かく、そして良い香りのする「誰か」が。


「……っ!?」


 光莉は驚いて身体を硬直させた。狭い一人用の布団。すぐ目の前に、闇に慣れた目でも分かるほど整った、瑠璃の顔があった。


「せ、先輩……? どういうつもり、ですか……?」


 光莉が掠れた声で問いかける。心臓が早鐘を打つ。瑠璃は何も答えない。ただ、布団の中でごそごそと手を動かし――光莉の浴衣の袖口から手を差し入れ、その掌を強く握りしめた。


「……」


 触れ合う肌。お風呂上がりで、まだ少し湿り気を帯びた瑠璃の手は、驚くほど熱かった。密着した身体全体が、熱を強く帯びている。


「あ、あの……」


 沈黙に耐えきれず、光莉がもう一度口を開こうとした時。  瑠璃が、ゆっくりと顔を上げた。


「……悔しかったの」


 吐息が掛かるほどの距離で、瑠璃がぽつりと呟いた。


「え……?」


「悔しかったのよ。……お風呂で」


「お風呂……?」


 光莉は瞬きをした。何のことだろう。


「なんの――」


 言いかけた光莉の言葉は、途中で遮られた。


 チュッ。


 柔らかい感触が、光莉の額に落ちた。一瞬の出来事。けれど、その熱は火傷しそうなほど鮮烈だった。


「……っ!!」


 光莉は息を飲んだ。瑠璃の方からキスをしてくるなんて、初めてだ。驚愕と恥ずかしさで思考が停止する光莉を、瑠璃は潤んだ瞳で見つめた。そこには、いつもの余裕も、女王としての威厳もない。ただの恋する少女の、切実な瞳があった。


「……わたくしだけを、見て」


 瑠璃の声が震える。


「九条さんのこと、見てたでしょう。……あんな風に見とれて」


「そ、それは……だって、すごかったから、つい……」


 光莉が言い訳をしようとすると、瑠璃がスッと顔を近づけた。鼻先が触れ合う距離。瑠璃の視線が、光莉の目から、唇へと落ちる。


(……っ)


 本能が、理解した。これ以上、何か言葉を発したら――次はその唇で、塞がれる。


 逃げ場のない布団の中。光莉は覚悟を決めたように、ぎゅっと目を閉じた。拒まない。先輩がそうしたいなら、私は――。


 互いの吐息が混じり合う。心臓の音がうるさいくらいに響く。あと数ミリ。あと一瞬で、触れ合う。


 ――けれど。


「……っ、だめ」


 触れなかった。

 瑠璃が、苦しげな吐息とともに、ギリギリのところで動きを止めた。


「……こんなの、違うわ」


 嫉妬に任せて、勢いで奪うなんて。そんな惨めな真似、瑠璃のプライドが許さない。するなら、もっと――。


 瑠璃はハッとして、弾かれたように身体を離した。熱に浮かされていた瞳に、理性の光が戻ってくる。自分のしたことに今更気づき、カッと顔を赤らめて布団を被った。


「……ご、ごめんなさい。わたし……」


 小さく聞こえる謝罪の声。目を閉じて待っていた光莉は、ゆっくりと目を開けた。そこには、亀のように布団に縮こまる、愛らしくも不器用な瑠璃の姿があった。


 ホッとすると同時に、ほんの少しだけ残念に思う自分に気づき、光莉は苦笑した。


「……分かりました。私が、悪かったです」


 光莉は、握られたままの瑠璃の手を、ぎゅっと握り返した。


「先輩のことだけ、見ますから。……だから、許してください」


「……うぅ」


 瑠璃は呻くような声を漏らし、逃げるように自分の布団へと戻っていった。


「……おやすみなさい、光莉」


「おやすみなさい、先輩」


 再び訪れる静寂。けれど、二人の身体に残った熱と、唇に触れそうだった距離の記憶は消えない。天井を見上げる光莉の胸も、隣で布団をかぶる瑠璃の胸も、壊れそうなほど高鳴ったまま、なかなか寝付けそうになかった。

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