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先輩、私にだけ心の音がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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仮面をつけた晩餐

 夕闇が迫る頃、一行は九条の本邸へと戻ってきた。

 客間に荷物を置き、着替えを済ませると、再び静寂が支配する母屋へと足を運ぶ。


「夕食の準備が整っております」


 廊下で出迎えた二見の言葉に、ねねの表情がふっと引き締まった。

 先ほどまでの無邪気な笑顔は消え、どこか冷めた、仮面のような表情が張り付く。

 その様子を見た二見は、そっとねねに近づき、耳打ちをした。


「……お嬢様。旦那様と奥様には、私から『せっかくのご友人との旅行ですので、若者だけで過ごさせてやってください』と進言してあります。……ご挨拶が済めば、すぐに席を外される手はずです」


「……そう。ありがとう、二見さん」


 ねねは小さく息を吐き、強張っていた肩の力を少しだけ抜いた。


「助かるわ。……じゃあ、行きましょうか」


 ねねが先頭に立ち、重厚な襖を開ける。


 そこは、広大な和室だった。

 中央には、漆塗りの長いテーブルが置かれ、豪勢な料理が並んでいる。

 そして上座には、二人の男女が鎮座していた。九条家の当主であるねねの父と、その妻である母だ。


「……ただいま戻りました、お父様、お母様」


 ねねが、その場に手をつき、深々と頭を下げる。

 その声は、学校で聞く甘い声とは違う。感情の籠もっていない、完璧に整形された「娘」の声だった。

 隣で奏が小さく息をのむのが聞こえる。


「本日は、私の友人たちを快く迎えてくださり、感謝いたします」


「うむ。……元気そうで何よりだ」


 父が重々しく頷く。光莉は、その光景を後ろから見つめながら、以前ねねが言っていた「鳥籠」という言葉の意味を理解した。ここは、彼女にとって安らぐ場所ではない。役割を演じなければならない舞台なのだ。


「……それで、そちらが」


 父の視線が、ねねを通り越し、その後ろに控える瑠璃に向けられた。


「西園寺家の、お嬢さんだな」


「はい。初めまして、九条様」


 瑠璃が一歩前に進み出た。

 その所作には一点の曇りもない。倍以上歳が違う相手すら圧倒するような気品。


「西園寺瑠璃と申します。この度は、素晴らしいおもてなしを賜り、心より御礼申し上げます」


「西園寺グループのご令嬢をお迎えできるとは、我が家にとっても光栄なことだ。……お父上は、息災かな?」


「ええ。……父も、九条様の御高名は常々耳にしております。今回の旅行についても受け入れていただき父も感謝申し上げておりました」


 瑠璃は、にこやかに、しかし淀みなく嘘を紡いだ。「父もあなたのことを知っている」と匂わせることで、相手の自尊心を満たしつつ、西園寺家の威光をちらつかせる。


「そうか、あの西園寺の総帥が……!」


 ねねの両親は、満足げに顔を見合わせ、大きく頷いた。

 彼らの目的は果たされたのだ。西園寺家とのコネクションを確認するという目的が。


 そのタイミングを見計らったように、給仕の者が父に耳打ちをする。


「……ふむ。そうだな、我々年寄りがいては、話も弾まぬだろう」


 父が立ち上がった。


「あとは若い者同士、ゆっくり楽しむといい。……ねね、皆様に失礼のないようにな」


「はい、お父様」


 両親が部屋を出て行き、襖が閉まる。 パタン、と乾いた音が静寂の中に響いた。


「……はぁぁぁーっ」


 その瞬間、ねねがその場に崩れ落ちるように座り込み、盛大なため息をついた。


「きっつ……。マジで肩凝るわぁ……」


 それは、紛れもない「安堵」のため息だった。


「……先輩」


 隣にいた奏が、そっと膝を折ってねねの顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか」


 いつもなら「邪魔です」と突き放す奏が、自分から心配の言葉をかけた。

 その事実に、ねねはパチクリと瞬きをし――次の瞬間、ぱあっと花が咲くように表情を輝かせた。


「きゃあぁぁっ! 奏ちゃんが心配してくれたぁ!」


 ねねはガバッと起き上がり、奏に抱きついた。


「もうっ、私の天使! 今の一言でHP全回復よ! 好き!」


「……撤回します。元気そうですね」


 奏が迷惑そうに顔をしかめるが、ねねは離れない。その光景を見て、光莉たちもホッと息をついた。いつもの九条先輩だ。


「さあさあ、みんな座って! ご飯食べましょ!」


 ねねは立ち上がり、先程までの重苦しさを払拭するように明るく声を上げた。


「親はいなくなったし、ここからは宴会よぉ!遠慮なく食べてね!」


「やったー! お刺身すごい!」

「ふふ。では、お言葉に甘えて」


 智香が歓声を上げ、瑠璃も微笑んで席につく。

 ようやく訪れた、本当の夕食の時間。地元の新鮮な魚介と、仲間たちの笑い声が、広い和室を温かく満たしていく。


 九条家の夜は、こうして賑やかに更けていった。

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