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先輩、私にだけ心の声がダダ漏れです。  作者: 如月白華


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6/10

”完璧”なデート

 金曜日の夜。

 寮のベッドでスマホを眺めていた光莉の手が止まった。画面に表示された通知。


『西園寺 瑠璃』


 登録して以来、一度も鳴ることのなかった名前。恐る恐る開くと、そこには簡潔なメッセージがあった。


『次の日曜日、お時間はありますか?』

『よろしければ、わたくしがこの島の主な施設を案内いたします』


 案内? 光莉は眉をひそめた。

 ただの観光案内なわけがない。「ペア」の答えを出す一ヶ月の間、私を取り込むための作戦だろうか。

 断ればいい。

「予定があります」と打てば、それで終わる。


(……でも)


 指が止まる。

 前、食堂で助けられた時の、あの人の顔。智香が言った「かっこいい」という言葉。

 みんなが見ている「完璧な西園寺瑠璃」と、私が見てしまった「脆い西園寺瑠璃」。

 どちらが本当なのか。


(……知らないまま断るのは、やっぱり、違う気がする)


 知りたい。あの音の発生源を。

 その衝動は、光莉の「安寧」を求める心よりも、ほんの少しだけ強く脈打っていた。


「――光莉ちゃーん! お邪魔しまーす!」


 そこへ、智香が部屋に入ってきた。


「うわ、すごい難しい顔してる! どうしたの?」


「あ、ううん……これ」


 光莉は、諦めたようにスマホ画面を見せた。


「えっ!?」


 智香が素っ頓狂な声を上げる。


「瑠璃先輩から!? 『島を案内』……って、これデートじゃん!!」


「違うよ。ただの……散歩、みたいなもの」


「いいえ! 日曜日! 二人きり! これはデートです!」


 智香は大興奮で光莉の背中を叩く。


「行きなよ光莉ちゃん! 最近ずっと目で追ってたじゃん、瑠璃先輩のこと!」


「……!」


 光莉は言葉に詰まった。


「……見てた?」


「うん、バレバレ。だから、行っておいでよ。何か気になることがあるんでしょ?」


 智香の言葉に光莉は観念して、大きく息を吐いた。


(……そうだ)


 逃げてばかりじゃ、何もわからない。

 これはデートじゃない。あの人の本質を見極めるため。

 光莉は覚悟を決めて、返信ボタンを押した。


『よろしくお願いいたします』


 送信完了の文字。

 もう後戻りはできない。光莉はスマホを握りしめ、来るべき日曜日への緊張に身を強張らせた。



 日曜日の朝。

 光莉は、自室の鏡の前で、自分の姿を映してため息をついた。

 クローゼットから引っ張り出した、一番目立たないモノトーンの服。


(……これで、風景に溶け込めるはず)


 約束の時間の五分前。ロビーに降りる。そこには、すでに彼女が立っていた。


「……あ」


 光莉は、思わず息を止めた。

 私服の西園寺瑠璃。シンプルで真っ白なワンピース。

 髪は緩やかに下ろされ、風になびいている。まるで一枚の絵画がその空間に切り出されたようだった。


「……おはようございます、西園寺先輩」


「ええ。おはよう、小林さん。時間通りね」


 瑠璃は微笑みながら頷いた。

 その笑顔に、光莉の耳はまたしてもあの完璧なオーラ、微かな高周波を拾う。

 休日の朝でも、この人は一ミリも緩んでいない。


「では、行きましょうか」


 瑠璃に促されるまま、光莉は寮を出た。二人きりで、休日の島を歩く。


「この島――神輝島は、知っている通り、次世代教育のための実験特区よ」


 瑠璃は、歩きながら説明を始めた。

 その声は、まるでプロのナレーターのように滑らかで、抑揚も完璧だった。


「この島には4つの異なる学園が設立されていて、あちらが芸術系の『彩園』。丘の向こうが理数系の『蒼院』……」


 美しい声だ。けれど、そこには「体温」がなかった。

 まるで、推敲を重ねて完成された台本を、完璧に再生しているだけの音声データ。

 道端に咲く花に目を止めることもなければ、海風の強さに顔をしかめることもない。光莉が相槌を打つ隙間さえ、計算されているかのような精密さ。


(……違う)


 光莉の胸の奥で、違和感が渦を巻く。私は、島の施設について知りたいわけじゃない。私は、この完璧なガイド音声の裏にある、あなたの「声」を聞きに来たのに。


 ガラス張りの中央図書館、最新鋭の研究施設。素晴らしい景色が次々と現れるが、光莉の心は冷えていく一方だった。

 目の前の瑠璃は、「白嶺の宝石」としての振る舞いを、一秒たりとも崩さない。その「完璧な仮面」があまりにも分厚すぎて、先日垣間見た「脆さ」など、最初から幻だったのではないかと錯覚しそうになる。


(これじゃあ、何もわからない)


 完璧であればあるほど、光莉は瑠璃と並ぶ空間が密室のように感じられた。

 この人の隣にいると、窒息しそうだ。

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