side:智香_観客席の景色、観覧車の夕景
家族連れやカップルで賑わう園内を、私たち一行は歩いていた。
私は、少しだけ後ろのポジションをキープして、前を行く四人の背中を眺めていた。
「ほら奏ちゃん、あそこにキリンがいるわよぉ。首が長いわねぇ」
「……見ればわかります。九条先輩、くっつかないでください。暑いです」
右側には、猫のようにじゃれつく九条先輩と、鬱陶しそうにしながらも決して振り払わない奏ちゃん。
「光莉、足元に気をつけて。木の根が張っているわ」
「あ、ありがとうございます先輩。……先輩こそ、ヒールで大丈夫ですか?」
「問題ないわ。……手、貸してあげる」
左側には、自然とお互いを気遣い、当たり前のように手を繋ぐ西園寺先輩と光莉ちゃん。
(……うん。やっぱり、すごいなぁ)
私は思わず心の中でシャッターを切る。
私には友達がたくさんいるし、クラスのみんなとも仲良しだっていう自信はある。でも、目の前の彼女たちの間に流れている空気は、私の知っている「仲良し」とは少し成分が違う気がした。
「戦い」の中で、お互いの背中を預け合い、魂を削って結ばれた絆。
それはどこか、ドラマや漫画の世界を見ているようで。普通の高校生である私には踏み込めない、不可侵領域みたいだ。
(ちょっとだけ、羨ましいかも。……なんてね)
私は、自分がこの物語の「登場人物」ではなく、特等席で見守る「観客」であることを、どこか心地よく受け入れていた。だって、こんな尊い光景を一番近くで見られるんだもの。役得ってやつだよね。
そんなことを考えて、少しセンチメンタルになりかけた、その時。
「あ! 智香ちゃん、こっちこっち」
光莉ちゃんが、私を手招きした。
「ほら。言ってたレッサーパンダ! すごい可愛いよ!」
「えっ! ほんと!?」
駆け寄ると、そこにはモフモフの茶色い生き物が、てちてち歩いていた。
あざとい! 可愛い!
「きゃーっ! ヤバい、こっち見た! 写真写真!」
私は考えるよりも先にスマホを連写していた。
うん、難しいことは一旦なし! 今は全力で楽しまなきゃ損だよね!
*
遊び回っているうちに、空が茜色に染まり始めていた。
私たちは遊園地エリアの奥にある、大きな観覧車の前にやってきた。
「せっかくだから乗りましょうよぉ」
九条先輩の提案で、公平にジャンケンでペアを決めることになった。
その結果――。
「よろしくね、遠山さん」
「は、はいっ! よろしくお願いします、西園寺先輩!」
まさかの、西園寺瑠璃先輩とふたりきり!
私は内心バクバクしながら、先輩と一緒にゴンドラに乗り込んだ。
ガタン、とドアが閉まる。ゆっくりとゴンドラが上昇を始める。狭い密室、なんかいい匂いもするし。 どうしよう、何を話せばいいんだろう。私が迷っていると、先輩は窓の外を見つめていた。
夕日に照らされた横顔。長い睫毛に、透き通るような肌、宝石みたいな瞳。
その姿は、単に「きれい」という言葉では片付けられない、研ぎ澄まされた芸術品のようだった。頂点を目指す重圧と、誇り。それらを背負って立つ人の横顔。
「……きれい」
思わず、景色ではなく先輩に対して、ため息のような声が漏れた。
「……え?」
先輩がこちらを向く。私は慌てて誤魔化した。
「あ、いやっ! その、景色が! 夕日がめっちゃ綺麗だなって!」
「ふふ。そうね、いい眺めだわ」
先輩は優しく微笑んだ。
その笑顔を見たら、先輩が「女王様」であると同時に、等身大の女の子でもあるんだと気づいて、少しだけ肩の力が抜けた。
「……遠山さん。そんなに緊張しなくていいわ」
「えっ、ば、バレてました?」
「ええ。小動物みたいに震えているもの」
うう、恥ずかしい。顔がほてる。
先輩は少し考えた後、私との共通言語を探すように話題を振ってくれた。
「……そういえば。教室での光莉は、どうなのかしら」
「えっ、光莉ちゃんですか?」
「ええ。わたくしの前では気丈に振る舞っているけれど……無理をしていないか、心配なのよ」
ああ、やっぱり。
この人は、いつだって光莉ちゃんのことを考えているんだ。
「 光莉ちゃん、クラスではあんまり目立たないし、そういうキャラでもないんですけど。でも、選挙のことはがんばってるなあって思ってて」
私が手をじたばたさせながら話しているのを、瑠璃先輩は薄く微笑みながら見つめてくる。そのしぐさが余計に私を焦らせて、私はつい口だけが早くなってしまう。
「うちのクラスからは奏ちゃんも……。ふたりも選挙に出るってことになって、最初はみんな距離感つかみかねてましたけど、今はみんなでできることは応援しようって、そうさせてるのも奏ちゃんと光莉ちゃんが頑張ってる姿を見たからなんじゃないか、って私は思ってます」
「そう。……意外とふたりはうまくやっているのね。いえ、あなたも助けてくれて、三人かしら」
先輩の目が、とっても優しく細められた。
私はその表情を見て、少しだけ踏み込んでみたくなった。
「逆に、瑠璃先輩といる時の光莉ちゃんって、どんな感じなんですか?」
「わたくしと? ……そうね。少し控えめすぎるところもあるけれど、真っ直ぐで……一緒にいると、心が安らぐわ」
「へぇ〜! 仲良しなんですね!」
私が茶化すように笑うと、先輩もつられて穏やかに笑った。
その空気が温かくて、私はつい、興味本位で聞いてしまった。
「じゃあじゃあ! 二人きりの時とかはやっぱり 甘やかしたりするんですか。いつもがんばってくれてありがとう、って頭なでたりみたいな」
「えっ……!?」
その瞬間、先輩の動きがピタリと止まった。
余裕のあった表情が崩れ、頬がさっと赤くなる。視線が激しく泳いだ。
「そ、それは……その、あの子が求めてくれば、わたくしも、やぶさかでは……」
先輩は突然、窓の外へ顔を背けてしまった。耳まで真っ赤だ。
「あれ? 先輩、大丈夫ですか? 空調暑いですか?」
「……な、なんでもないわ。夕日が眩しいだけよ」
先輩は手で顔を扇ぎながら、早口で誤魔化した。
変なの。日はほとんど沈みかけてるのに。
(……そっか)
私は、赤くなった先輩の耳を見ながら、心の中で納得した。
詳しいことはわからないけれど、二人には二人にしかわからない、秘密の時間があるんだ。それはきっと、私みたいな「観客」には想像もつかないような、深い世界。
でも、それでいい。
完璧に見える「白嶺の宝石」を、ここまで動揺させる光莉ちゃんは、やっぱりすごい。
約十分間の空中散歩。ゴンドラが地上に降りる頃には、私はこの「美しい先輩」のことが、乗る前よりもずっと大好きになっていた。
「また、光莉の話を聞かせてちょうだいね」
「はいっ! もちろんです!」
扉が開く。
外では、光莉ちゃんたちが手を振って待っていた。 最高の夏休みは、まだ始まったばかりだ。




