部屋割り
砂利を踏みしめる音が、静寂な庭園に響く。
車を降りた五人は、目の前にそびえる九条家を見上げた。
歴史を感じさせる瓦屋根と、手入れの行き届いた木々。それはまるで由緒ある旅館のようだった。
「ご案内します。……足元にお気をつけて」
二見は車を降り、柔和な笑みを浮かべて先導する。
ねねは、すっと二見の横に並び歩き、声を潜めた。
「……ねえ、パパとママは?」
その声には、少しの緊張が混じっていた。二見は歩調を崩さず、ねねだけに聞こえる声量で答える。
「日中は不在にしております。……お嬢様たちが到着されるタイミングと被らないようにいたしました」
「……そう。気が利くじゃない」
ねねは安堵の息を吐いた。二見は、ねねが両親との対面を億劫がっていることを、誰よりも理解していた。だからこそ、まずは友人たちとリラックスできるよう、親たちを遠ざける手配をしてくれたのだろう。
「ただ」
二見は申し訳なさそうに、けれどしっかりと付け加えた。
「今日の夕食は、是非ご一緒にと仰せつかっております。……いかがなさいますか?」
「……うげ」
ねねは露骨に眉間にシワを寄せた。
せっかくの旅行なのに、親の接待付きか。だが、泊めてもらっている以上、その程度の義理は果たさなければならない。
「……はぁ。まあ、仕方ないか」
ねねは気持ちを切り替え、くるりと後ろを振り返った。
「ごめんみんな。夕飯なんだけど、うちの親も同席したいらしいの。……堅苦しい席にはしないって言ってるけど、いいかしら?」
「私は構いません」
奏が即答する。
「あ、私も全然大丈夫です!」
「私もです! 美味しいもの食べられるなら!」
光莉と智香も元気に頷く。そして、最後に瑠璃がふふっと笑った。
「もちろんよ。……九条家の皆様にとって、西園寺の人間との会食は『またとない機会』でしょう? 無下になんてしないわ」
その言葉は、嫌味ではなく、自分の背負う「家」の価値を客観的に理解していた。
(……そっか)
光莉は改めて、隣で微笑む人を見つめた。
普段は忘れそうになるけれど、この人はやっぱり、雲の上の人なのだ。
*
「皆様のお部屋は、こちらにご用意しております」
二見に案内されたのは、母屋から渡り廊下で繋がれた「離れ」だった。
手入れされた庭に面した、静かな空間。引き戸を開けると、畳の香りがふわりと漂った。
「わぁ……! すごい、旅館みたい!」
智香が歓声を上げて上がり込む。用意されていたのは、襖で仕切ることができる二続きの和室だった。
縁側からは庭の池が見え、風鈴がチリンと涼やかな音を立てている。
「お布団は、手前に三組、奥に二組ご用意しております」
二見の説明を聞き、ねねがパンと手を叩いた。
「じゃあ、部屋割りだけどぉ」
ねねの視線が、光莉と瑠璃、そして智香を行き来する。そして、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「智香ちゃんは、私と奏ちゃんの部屋ね。三人で川の字になりましょ!」
「えっ! 奏さんと九条先輩のそばで寝るなんて、そんなお邪魔じゃないですか!?」
「ふふ、そんなことないわよぉ。……それにお邪魔っていうならあっちでも同じ」
ねねは、瑠璃と光莉にウインクを飛ばした。
「だから、そっちの二人は、ごゆっくりどうぞ?」
「……っ」
光莉の顔が熱くなる。
つまり、瑠璃と二人きり。瑠璃もまた、咳払いをして視線を泳がせているが、その耳はほんのりと赤い。
「……九条さんにしては、気の利いた采配ね」
「感謝してよねぇ」
荷物を置き、身軽になった五人は、縁側に座って足をぶらつかせた。
まだ陽は高い。蝉の声が降り注いでいる。
「さて、夕飯まではまだ時間があるけれど……どうする?」
瑠璃の問いに、ねねがスマホを取り出しながら答えた。
「この辺、大した観光地はないんだけどねぇ。……ここから車で少し行ったところに、動物園と遊園地が併設された大きな公園があるのよ」
「へぇ! 動物園!」
智香はすかさずスマホを取り出すと行き先を調べ始める。
「のんびりするには丁度いいわ。……どう?」
「行きたいです! 私、レッサーパンダが見たい!」
智香はスマホを掲げる。そこには愛くるしい動物の写真があった。
光莉たちも頷いた。反対する理由はどこにもない。
「決まりね。二見さん、お願いできる?」
「はい、お嬢様。車をお回しします」
控えていた二見が、心得た様子で一礼する。
重厚な九条家での緊張から解放された少女たちは、夏の午後の日差しの中、新たな遊び場へと向かうことになった。




